第2話 「誰よりも、黒くて固い」
「ここに来るのも久しぶりだなぁ……。えっと、何処なら空いてます?」
「一番奥の右上端が空いていますよ」
と、受付嬢。
医療施設をあとにした俺は、学園の中にある施設の中でも二番目くらいに大きな、体育館に足を運んでいた。
視線の先には、黒をベースに青の模様をあしらってある体育館専用のトレーニングウェアを着込み、専用のシューズを履いた生徒が数十人程いる。
当然、俺も着替え済みだ。
ここの施設の受付の人に言われた通り、六つある内の体育館右上端にある能力訓練スペースに向かう。
基本的に大和学園の授業体制は、『個人が自由に頑張りましょう』という生徒に丸投げの面があり、一般の学校になら当然にある『クラス』なんてものは存在しない。
その為、授業の取り方は事前にタブレット型情報機器、俗に言う『学生証』で予約しておく必要がある。
目的の能力訓練スペースに着くと、自分の番が回ってくるまで、ひとまず腰を下ろして壁に寄りかかっておく。
「だいたい五ヶ月ぶりくらいだったかな?」
「そんなわけないでしょ。半年ぶりだよ、不良少年君」
不意に口から出た自問に、突然投げかけられる返答。
声のほうを向くと、……コツンっと、額を指で小突かれる。
目の前には、黒髪ポニーテールを揺らす褐色肌の健康そうな女子生徒が立っていた。
「久しぶりだな、暮葉。……ちょっと大人っぽくなったんじゃない? いや、老けたというべきなのか」
「一言余計だよ! そこは、大人っぽいで止めておけばいいの! ……まぁそれは置いといて、本当に久しぶりだね。隣いい?」
「構わない。それと、それぐらいの事、いちいち確認なんてとらなくていいよ」
「そりゃどうも」
「よっこらせ」と俺の隣に腰を下ろすこの女子生徒は香月 暮葉。入学当時からの友人であり、偶にこうして会うたびに何か他愛ない会話をする程度の仲だった。
「そういえば、この前の対戦は残念だったわね。まさか、あの留学生があんなに強いとは思わなかったわ」
「残念って…………。俺の戦績知ってるだろ?」
トレーニングウェアのポケットから学生証を取り出して、少しの操作の後、暮葉の目の前に画面を突き出してやる。
学生証には、その生徒の戦績や身体的数値、その他の個人情報が詰め込まれている。
「ほら、三◯戦、◯勝、三◯敗。入学した時から一度も勝ってない俺が、今更勝てるなんて俺自身思ってないよ」
…………勝てるなんて思ってない。でも、勝ちたいとは思ってる。
そう続けようと思ったが、あえて口に出すことでもないと思って口を噤んだ。
暮葉に茶々を入れられるのが、少し面倒臭かっただけなのかもしれない。
「ふぅ、相も変わらず清々しい程の負け犬っぷりね。まぁ、負け犬君は私の戦いをみて、今後の参考にするといいよ!」
(……うざっ! )
と、俺が心の中で毒づいているのもつゆ知らず、暮葉は駆け足で模擬戦闘専用室『ルーム』の中に入っていく。
能力強化授業は、生徒同士で執り行われる模擬戦闘がメインであり、すぐにでも自分の力が試せることや、ストレス発散には持ってこいということもあり一部の生徒には人気がある。
受けたダメージは、すべて仮想ダメージへと速やかに変換されるため、最悪でも気絶程度で済む。
『ルーム』は正方形の部屋で、四方が強化ガラス張り、『ルーム』内の音はスピーカーで外に流され、模擬戦闘の様子がよくわかるような作りになっている。
俺は特に立ち上がったりはせず、壁に寄りかかったまま暮葉の模擬戦闘の様子を見つめることにした。
「はぁああああっ!」
『ルーム』内の暮葉は、小太刀型の霊装【大物喰いの蜥蜴】を展開して、対戦相手である男子生徒に突貫する。
対する男子生徒は上に向けた両の手の平から火球を生み出して、暮葉に向けて投げつける。
おそらく、炎系統の異能力者なのだろう。
【大物喰いの蜥蜴】は一度刺せば、即効性の毒を相手の体内に流し込める強力な霊装だったが、小太刀故にリーチが短く相手の懐に入る必要がある。暮葉は火球の弾幕をなんとか避けながら男子生徒にじりじりと近づいていくが、集中力が切れたのか、
ボンッ!
「おぅふっ!」
火球は見事に顔面にクリーンヒット。続けざまに、三発の火球がまたもや顔面に炸裂。
「…………参りました」
完全に戦意を失った暮葉は、両手を挙げてあっけなく降伏してしまった。
ほんの数分の攻防。
降伏後、暮葉は『ルーム』を出てまっすぐ俺の方に向かってくると、
「えへへ、負けちゃったぜ!」
満面の笑みで、ぐっと親指を立てる。
なんだろう、こいつの親指を無性にへし折りたくなった。
「ねえ、何を参考にすればいいんだ?」
「相性が悪かったの! 仕方ないでしょ! ほら、次は彼方の番だよ!」
と投げやりに言って、暮葉は隣に腰を下ろす。
まあ、実際相性が悪かったのもあるだろう。
勝利と敗北が、必ずしも相性だけによって決まるなんてことは絶対にないが、それでも相性の良し悪しは戦闘に大きく関わってくる。
それは俺自身、痛いほどによく知っていた。
立ち上がり、『ルーム』に入ろうとした時。
「なぁなぁ? そこのお前って、もしかして『置物』か?」
髪を灰色に染めた、いかにもチャラついていそうな長身の男子生徒が、物珍しそうな目をしながら近づいてきた。
「……だとしたら?」
「くっははははは! おいおい、ここは能力強化施設だぜぇ?『置物』が来るようなところじゃねえだろ? マジでお前、何しに来てんの? あっ、もしかして隣の子の訓練姿でも見に来たのかなぁ?」
「……俺も訓練だけど」
「マジで⁈『置物』が訓練って……。うははははっ! してもいみねえだろぉ!」
灰色の髪の毛の男子生徒は、腹を抱えて愉快そうに嗤う。
その男子生徒の言っていた『置物』、それは侮蔑と皮肉を込められて考えられた、俺の二つ名だった。
この大和学園では成績上位者や、なにかと目立つ人間は自然と二つ名が付けられようで、入学した時から一度も対戦において勝利したことのない俺は、悪い意味で目立っていたようだ。
しかし、普通に敗北を重ねるだけなら、ここまで悪目立ちすることはなかった。『置物』という二つ名を付けられる程に悪目立ちしてしまったのには俺の能力、【霊装】が深く関係していた。
「まぁ、お前も訓練するってんなら……。俺とやろうぜ。いいだろ? 置物君よぉ」
「いや、すでに訓練相手は勝手に決められてるから」
これで、この場は引いてくれるだろう。
そう思ったのだが、突然チャラ男に首根っこをつかまれ、無理矢理『ルーム』の入り口の前に立たされた。
「んなことは知ってんだよ。別に、お前の訓練相手を追い出しちまえばなんの問題もねえだろ。とっとと『ルーム』に入れ」
言って、灰色の髪のチャラくさい男子生徒は俺の首から手を離すと、もう一つの入り口に向かう。
まあ、誰が相手でも一緒か。
誰が相手だろうと、結果は変わらない。
とりあえず『ルーム』に入る。
『ルーム』の中から見える相手側の入り口では、灰色の髪のチャラくさい男子生徒が、本来の俺の訓練相手だった男子生徒を殴りつけて黙らせていた。
なんか、すまんな。
「それじゃあ早く始めようぜ、置物君」
灰色の髪の男子生徒がルーム内に入ると同時に、
ビーーーと始まりの合図が鳴り、模擬戦闘訓練が始まる。
「俺の名前は倉敷 洛陽。言っとくが、俺の炎はそこらへんのモブ共とは格が違え」
「ご丁寧にどうも。こっちは、洛陽君の言う通り例の『置物』君だよ」
互いに名乗り終えると、洛陽君が先に動いた。
洛陽君の右手が燃え上がり、そこから小さな火柱が立つ。
「そんじゃ、行かせてもらうぜ」
無造作にふるわれる右手。煌々とゆらめく炎。
その炎の揺らめきの中から炎で形造られた蛇が現れ、洛陽君の手間でとぐろを巻いた。
とぐろを巻いた状態で長身である洛陽君の目線の位置に頭があることから、かなりの大きさであることが見てわかる。
「異能力【炎蛇】。俺はこの能力を使って、いつか炎帝という二つ名を手に入れる!」
「二つ名を決めるのは、洛陽君じゃなくて周りの人間だから」
「黙れ『置物』。羨ましがってないで、とっとと俺に負けろ!」
その洛陽君の発言と同時に、手前でとぐろを巻いていた炎蛇がこっちに向かって突っ込んでくる。
「さぁ! ご自慢の霊装を使わなきゃ、何も出来ずに気絶して医務室行きだぜぇ〜」
「言われなくとも、使ってやるさ」
俺は右手を目の前に突き出し、霊装を展開する。
瞬時に顕現した霊装は、激しい金属音を奏でながら俺の全身を包み込む。その霊装は禍々しい程に美しい純黒色であり、整合的な形のせいで一種の芸術品のようにも見えてしまう。
重鎧型の霊装【黒夜叉】
それが俺の霊装の名前であり、俺を『置物』たらしめている最大の要因だった。
「ほらほらぁ! 当たっちまうぜぇ! っと、その状態のお前は避けれないんだっけか? だってお前…………」
「ああ。この状態の俺は…………」
「「動けない」」
言葉が重なると同時に、大きく口を開けた炎蛇が俺の体を霊装ごと飲み込んだ。
そして、炎蛇が俺を飲み込んだままとぐろを巻いているのがわかる。
暑くない。ぬるくもない。
熱は完全に遮断されている。
数十秒経って、その大きな炎はだんだんと勢いが無くなっていき、やがて消えた。
先ほど炎蛇に飲み込まれた位置から、一ミリたりとも変わらない位置に重鎧型の霊装を纏った俺は立っている。
不動。だが、動かなかったのではない。
重鎧型の霊装【黒夜叉】が重すぎて、動くことができなかっただけだ。
「おーい、こんがり焼けちゃったかなぁ? 」
こんがり焼けた俺を思い浮かべてなのか、ケラケラと笑う洛陽君だったが、
「いや、まったく焼けてないよ。火力弱いのか?」
と、少し煽ってみれば、すぐに顔をしかめる。
煽り耐性鍛えた方がいいよ。
「てめぇ、調子にのるんじゃねえぞ。今度こそ焼いてやるよ」
洛陽君は、両の手のひらに大火球を生み出して、俺に向けて勢いよく放った。
当然、霊装が重すぎて避けることはできず、放たれた大火球は衝突し大爆発を起こす。
だが、霊装は赤熱することなく、動じることもなく漆黒を保ち続けていた。
「洛陽君の炎じゃ無理だよ」
「うるせぇっ! だったら今度はもっとデカイのを食らわせて……」
洛陽のが右手を上にあげ、再び大火球を生み出そうとしたその時。
「降参する」
俺は短くそう言って、両手を挙げる。
「は?」
呆気にとられる洛陽君を尻目に、手早く霊装を解いて、次の使用者の邪魔にならないよう、足早に入ってきた入り口から外に出た。
「ちょ⁈ ちょっと待てや、おい! おい! 待てって!」
後を追いかけてきた洛陽君が、力強く俺の肩を掴んだ。
「なんで急に降参しやがった! まだ終わってねえだろ!それともなんだ、俺の力が取るに足りないって言いたいのか⁈」
「そんなんじゃないよ。洛陽君の異能は素直に凄いと思った。それで、どうして俺が降参したのかなんだけど……。それは、俺が絶対に勝てないからだよ」
「勝てないってどう言う…………」
洛陽君はそこまで言って、言葉をきった。
どうやら、俺の言っていることを理解したらしい。
「霊装を展開した状態の俺は動けない。かと言って、霊装を展開しないと太刀打ちできない。だから、洛陽君には今は勝てない。洛陽君、俺の試合見てない?」
これが、今まで敗北し続けてきた最大の理由だった。
霊装を展開して動かないでいると、相手は俺を倒せず、俺も相手を倒せない。
このままでは埒があかないと思った学園側は、霊装を展開したまま動かない俺には戦意がないとして、俺を強制的に敗北させてきた。
最初は納得がいかなかったが、今では仕方のないことだと、理解している。
だからと言って、俺は自分の敗北を自身の霊装のせいにする気は一切ない。
「俺が五ヶ月ぶりにここに来たのは、実戦においての自分の霊装の立ち位置を再確認する為と、霊装の弱点の解決策を得る為。だから今日は負けに来た」
俺はもう逃げない。
「今まで一度も勝ったことがない。でもそれは、自分に自信がないことを言い訳に努力をしてこなかった結果なんだ」
俺はもう、言い訳はしない。
「俺だって勝ちたい」
今に見てろ、俺が最強だ。