第28話 完
ゆさゆさと体が揺すられて、目を覚ました。
上半身だけ起こすと、目の前には蓮城先生の顔がある。
「やったじゃないか! おい! 初勝利だぞ!」
俺の両肩を持って、ゆさゆさゆさと揺らしてくる。
それよりも、
「……初勝利?」
「何キョトンとしてるんだよ! 君は勝ったんだ!」
「…………勝った。……あ、あああッ!」
そうだよ。俺は赤桐君に勝ったんだ。
初めて、勝ち星を得たんだ。
「う、うぉおおおおおおッ⁉︎ 勝った! 俺は勝ったんだ!」
あの時は意識が朦朧としてて、すごく眠くて、まともに喜べなかったけど、今なら存分に喜ぶことができる。
「……俺は勝ったんだ! うぉおおおおおおおおおおおッ!」
「さぁ、私の胸の中に飛び込んで来るんだ! その喜びを共有しようじゃないか!」
ばっと両腕を広げて準備万端の蓮城先生の胸に、
「せ、先生ッ!」
俺は年甲斐もなく飛び込んでいた。色々思うこともあったが、なんかもう本能が飛び込めと言っていた為、仕方ないんだ。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!」
凄い……。俺ってこんなにテンション上がるんだね、今の今まで知らなかった。もう、蓮城先生の体の柔らかさと、勝利の喜びで頭の中がぐちゃぐちゃで、とりあえず雄叫びをあげることぐらいしかできない。というか、雄叫びあげていたい。
「はぁ……。はぁッ! ぁああ! もう、このままベッドインしちゃおうか? はぁはぁ」
まずい、婚期を逃した女が発情し始めた。
でもまぁ、もうアレだ。
ベッドインしてもいいんじゃないかって思えてきた。蓮城先生、美人だし。流れに任せて、やれるとこまでやってもいい気がしてきた。
「はぁはぁ。沈黙は肯定ということだよね。はぁはぁ……んぁああッ!」
ベッドに押し倒されてしまった。
そういえば、保健室の先生と保健室のベッドで…………。というのは、全男子高校生の憧れのシチュエーションじゃないか。
もう、いいや。
俺の本能はストップかけないし。なにより俺の煩悩が、ゴーサイン出してくるし。
「よく短い期間で、ここまで鍛えることができたものだ。随分と逞しくなったじゃないか」
すすーっと、蓮城先生の手が俺の服の中に吸い込まれていき、ペタペタと俺の肉体をイヤラシイ手つきで触っていく。
「ぁあああっ!」
突如、びくんと体が跳ねる。
「ほほう、君は腹直筋と外腹斜筋の間が性感帯なんだね」
更に、
「ひぁっ⁉︎」
「んふふふ。前鋸筋を刺激されるのも好きなのか。これは開発が楽しみだねぇ!」
…………まずくないか?
俺の予想だと、もっとエロティクな感じになると思っていたのだけれど、これは何か違うぞ。俺の予定では、蓮城先生の胸を揉みしだいたりする頃だったのに、逆に大胸筋とかフッキングあたりを中心に俺が揉まれてるんだが?
「いや、あの、蓮城先生」
「なんだい?」
「気が変わったので帰らせていただきます」
「急にどうした⁉︎ いい雰囲気だったじゃないか!」
「…………」
どうして蓮先生に恋人がいないのか、その理由を知ってしまった気がする。そりゃあ、男が寄ってこないよな。
蓮城先生の思考回路が、完全にエロ=筋肉だからね。
エロと筋肉が直結しちゃってるからね。
…………待てよ。だとしたら、大胸筋触らせてくださいって言えばいいだけじゃないか。
「あの、先生。大胸筋を触らせてください」
「すこし脂肪が邪魔だがら、それは無理な話だな」
即答だった。人の体を勝手に触っといて、自分の体を触らせてくれないとはこれいかに。
……その時だった。
保健室のドアが開いて、
「蓮城先生、彼方そろそろ起きましたか?」
暮葉が入ってきた。
保健室のベッドのカーテンは閉めていない。
暮葉からこちらは丸見えだ。
「……え? なにしてんの?」
「いや、あのですね、これはですね。色々とありましてね。だから、助けてくれませんか?」
「……お邪魔しましたー」
くるりと踵を返して、ドアの方へと向かっていく。
「待って! お願いだから待って!」
そう暮葉の背中に投げかけるも、暮葉の歩みが止まることはなく。暮葉は保健室から退出してしまった。
「……さぁ、次は内側広筋を刺激していくとしようか」
ぬるりと絡みつくように俺の体を這う、蓮城先生の手。
もうナニも考えたくなかった。
散々筋肉を弄られた俺は、へとへとになった体を引きずって帰路についていた。にしても、まさか蓮城先生が筋肉フェチの人種だとは思いもしなかった。こんどボディービルダーのコンテストに連れて行ってあげよう。きっと素晴らしい出会いが、先生を待っているはずだから。
そう心に誓いつつ、歩くこと約一時間。
俺の家、ウグイス荘に着いた。
鍵を開けて中に入る。幸い香夏が不法侵入していることもなく、家の中は真っ暗だった。
荷物を居間に置いて、自室のベッドに飛び込む。
決闘のあと散々保健室で寝ていたらしい俺だが、まだ寝足りなかった。初勝利の記念日だから、一人パーティーでも開こうかとも思ったが、生憎まだ頭はクラクラしている。パーティーはいつかやるとしよう。今日のところは仕方なく、泥のように眠った。
◆◆
『両生徒、入場してください』
初勝利の日から、周りの生徒からの俺の評価はウナギのぼりで、順風満帆の学園生活を送っていた。相変わらず授業はサボりっぱなしだったが、トレーニングは毎日欠かさず続けて、昼は暮葉とエリスと一緒に弁当を食べる日々。
そんな幸せな日々だったからなのか、驚くほど時間の経過が早く感じられた。初勝利の日が、今では遠い昔のことのように感じられてしまう。初勝利の日から勝ち星を重ねてきたからか、余計にそう思える。
『それでは決勝戦を始めます』
アナウンスが響き俺は前を向く。
目先には……。
「ここまで来るのが、随分と早いじゃないか」
ニヤけ顏のエリスがいる。
俺も思わず、ニヤける。
楽しみだった。再び、この戦場で彼女に会うことが。
「俺は、エリスに叱られない人間になれたのかな?」
「……うーむ。まだまだ叱りたい所はあるのだが、まあ、及第点としておこう」
「なんだそりゃ」
うはははっと彼女は笑った。
つられて俺も笑う。
『それでは、試合を始めてください!』
試合開始のアナウンスと同時に、俺とエリスは霊装を展開する。
「吼えろ、【双頭ノ月下狼】
「頑張ろうか、【黒夜叉】」
きっと俺はまだ彼女の隣には立てない。
だから、もう少しは彼女の背中を追いかけていようと思う。
いつか彼女の隣に立てる日を夢見て。
【完】




