第27話「決闘」
決闘当日。
早朝はいつも通り二○キロランニング。
午前は中庭で昼寝をして、午後は決闘前のアップということで少しだけエリスと体を動かした。
そして、放課後がやってきた。
赤桐君から事前にメールで伝えられた時刻、場所に俺は向かう。
決闘の舞台は、闘技場。
学園内にある施設の中で一番巨大な施設だ。
主にトーナメント戦等で使われ、めったなことがない限り学生同士の決闘では使われたりはしない。
赤桐君は、よっぽど筋肉メイドとのツーショット写真が気に食わなかったのだろう。
五分ほど歩いて、俺は闘技場についた。
重厚な扉を押し開くと……。
闘技場の観客席が殆ど埋まっているという、圧巻な光景が広がっていた。
「おせーぞー!」「逃げたかと思ったぜー!」
「今日もいい負けっぷりを見せてくれよー!」
「頼むから、ちゃんと戦ってくれー!」
多方面から投げかけられる言葉。
それらを無視して、俺は足を前に進める。
赤桐君はすでに闘技場の真ん中にスタンバイしていた。
俺は足を前に進め、赤桐君と対峙する。
「ビビって来ないかと思ったぜ」
「そんなわけあるかよ。お前の方こそ、ビビってんじゃねえの?」
「なかなか面白いこと言ってくれるじゃねえか。さて、そろそろ始まるぞ」
俺と赤桐君は互いに数歩後退して、試合開始の合図を待った。
頭上の、闘技場の天井からぶら下がるパネルに数字がうつり、一○からカウントダウンが始まった。
「泣くなよ?」
「泣くのは赤桐君だよ」
三、二、一とカウントが進み、『ヴィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ』と、けたたましい試合開始の合図が鳴り響いた。
瞬間。
「食い尽くせ【タイラント】」
赤桐君の手の平に、槌型の霊装が瞬時に展開された。赤桐君は霊装を手に、こっちに向かって突貫してくる。
「うおらぁああああ!」
雄叫びと共に放たれる横薙ぎ。俺はその攻撃を少し大袈裟に躱す。紙一重で躱して攻撃のチャンスを掴むのは、もう少し攻撃を見てからでも遅くはない。
「避けんじゃねえっ!」
放たれた二撃目は、またもや横薙ぎ。今度は、先ほどより攻撃をよく見て躱す。大丈夫。俺の目には、しっかりと攻撃が見えている。
冷静でいれば、難なく躱すことができるはずだ。
「逃げてばかりかよ。少しは攻撃してこいや!」
「まずお前が攻撃を当ててから言ってくれ」
「っ! てめぇえええッ!」
繰り出される三撃目は、またもや横薙ぎ。いつもの彼なら、こんな単調な攻撃はしない。いつもはサンドバッグの俺に攻撃を躱され、挙げ句の果てには馬鹿にされ、頭に血が上った結果だろう。
赤桐君は、感情に左右されやすい激情型。
彼の三撃目を、俺は紙一重で躱してみせる。そして、彼が再び槌を構える瞬間、一気に距離を詰める。
槌型の霊装では、ゼロ距離の敵には攻撃がしにくい。
「んなっ⁉︎」
「お望み通り、攻撃してやるよ!」
拳を握りしめ、ガラ空きな脇腹を力一杯殴りつけた。手応えを感じると、すぐさま俺は彼のそばから飛び退く。
所謂、ヒットアンドアウェイという戦法だ。
「嘘だろ⁉︎ あいつが一撃入れたぞ‼︎」
「攻撃してる所初めて見たんだが⁈」
ざわざわと、俺に圧倒的敗北を期待していたギャラリーが、予想外の展開にざわざわ騒ぎ始める。どんだけ俺に負けることを期待してるんだよお前ら。少しは応援してくれ。
「……くそがぁあああッ!」
赤桐君は目を血走らせ、荒々しく言葉を吐き出した。
かなり効いたらしい。当然だ。エリスから、効果的にダメージを入れることができる殴り方を教わったのだからな。
「許さねぇえええええええええ!」
本日四度目になる赤桐君の横薙ぎ。
もうその攻撃は見飽きた。
俺は三度目と同じく、回避行動を攻撃のチャンスに変えるため、ギリギリまで攻撃を引きつけて避けることを試みた。
攻撃を回避せんとするその時。
獰猛な笑みを浮かべる赤桐君を見た。
「……膨張しろ」
その言葉を聞いて自分の失態に気がついた時には、すでに俺の肉体は紙切れの如く空を舞っていた。意識が遠のく。目を瞑れば、このまま寝れてしまうんじゃないかというぐらい、意識が朦朧とした。
そんな朦朧とした意識の中、歪む視界で俺は、特等席で俺を見つめるエリスの姿を見た。
「……黒夜叉ッ‼︎」
地面に激突する瞬間、全身に純黒色の重鎧を纏う。俺の肉体は急激に下方向に引っ張られ、ズドンと地面に落ちはしたものの黒夜叉のおかげか、落下のダメージは最小限に抑えることができた。
すぐさま鎧を解除して、ふらつく足で無理矢理立つ。
たった一撃で、このダメージ。
次攻撃を受けたりしたら確実に、ゲームオーバーだ。
流石は脳筋野郎。
「立ってるのも辛いだろう? 今すぐ終わらせてやるから、そこを動くんじゃねえぞぉおおお! しねぇえええええええええ!」
イチローの一本足打法さながらの構えで、五撃目の横薙ぎが繰り出される。さっきから横薙ぎばかりなのは、うまい具合に力が入るからなのかもしれない。
ともかく、このふらついた足では避けれない。
だから、
「……黒夜叉」
右手だけに鎧を纏わせ、横から飛んでくる槌の頭に、上から右手を落下させた。衝突し、激しい金属音が響き、槌の頭は俺に届く前に地に伏した。
「馬鹿なっ!」
馬鹿じゃねえよ。
そう言ってやりたかったが、朦朧とした意識下で、わざわざ口に出そうとは思わなかった。
「くそがぁああッ‼︎」
繰り出される六撃目、
「ふざけんなぁああああッ!」
繰り出される七撃目も同様にして防いだ。
ただ、何度攻撃のチャンスがこようとも、足がふらついて視界がぶれて、攻撃をすることは叶わなかった。
「……おらぁあああつ!」
八撃目、
「どぉらああああ!」
九撃目、
「あああああああッ!」
十撃目も同様に防ぐ。
「……くそっ! くそっ!」
脳筋馬鹿野郎の赤桐君とはいえ、スタミナが無尽蔵なわけがなく、さすがに疲れが見えてきている。対して俺は、腰の上あたりに持ってきた右手、左手に鎧を纏わせ自然落下させて防ぐだけだからか、そこまで疲労はしていない。
ただ、気を抜いたら今にでも顔から地面に倒れてしまいそうではあった。
「……くそがぁあッ!」
赤桐君の怒鳴り声が、聞こえてくる。
さっきまでザワついていた会場が、今ではしんと静まり返っているせいで、よく聞こえる。
「次で終わらせてやるよ」
赤桐君は今までの構えとは違い、槌を上段に構える。
「この攻撃は、腕に負担がかかるから使いたくはなかったが、この状況を打開するにはうってつけだ。今から、お前を押しつぶすように槌を振るう。仮に、全身武装で防いだとしても、衝撃に耐えられずお前は倒れる」
ご丁寧な事に、次に繰り出す攻撃を教えてくれた。
まあ、いまの俺を見て絶対に躱されないと踏んだのだろう。
大正解だ。俺が赤ペン先生なら、景気よく花マルつけちゃうまである。
「膨張しろ。……っぐ‼︎」
赤桐君が上段に構えた槌の頭が、ぐんぐん膨張して巨大化していく。それを支える赤桐君の顔は、少し歪んでいる。
「くははは! これで終わりだな」
赤桐君はニヤリと笑っている。
さて、どうしようか。
俺はこの攻撃をどうやって防ごうか。
どうやってこの窮地を乗り越えようか。
…………ん? どうやって?
どうやって、ってなんだ?
俺は何を言ってるんだ?
どうやるも何も、俺には選択肢は一つしかないじゃないか。
動けないんだ。躱せないんだ。それなら、全身武装するしかないだろう。赤桐君が、衝撃に耐えられないとか言ってたけど、まあ深くは考えるな。
だって仕方ないだろ、俺はこれしか出来ないんだから。
だって仕方ないだろ、唯一これが、俺の【強さ】なんだから。
たの……。いや、そうじゃない。
黒夜叉は、唯一俺の【強さ】なんだから、他人行儀なのはやっぱり筋違いというものだ。
……よし、決めた。
「終わりだァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」
絶叫と共に降り下ろされる、おそらくは最後の一撃。
これを防ぐのに、黒夜叉を頼るのはもう止めよう。
これからは一緒に、
「頑張ってみようよ【黒夜叉】」
赤桐君の霊装と俺の霊装がぶつかり合い、激しい火花を散らした。
その時。
パリンッとガラス細工が割れたような音がして、同時に頭が軽くなったような気がした。少なくとも、衝突して起こる金属音は止んでいた。
「…………う、嘘だろ?」
驚愕に目を見開く赤桐君。何事かと思っていたら、赤桐君の霊装が木っ端微塵に砕け散って、霊粒子となって空中に漂っていた。
赤桐君はその光景に苦渋の表情を浮かべると、その場で片膝を着いた。
「くっ! 食い尽くせタイラン…………あ?」
片膝を着いたまま、赤桐君は再度霊装を展開しようするが、霊装は展開されなかった。
「おい! 出ろよ霊装! おいッ!」
赤桐君が何度も呼びかけるも、霊装は出ない。
最後の一撃に力を使い過ぎたようだ。
俺は霊装を解除し、ふらついた足で赤桐君へと少しずつ歩み寄る。
「……っ⁉︎ く、くるな! 来るなよ!」
力の使い過ぎで、赤桐君自身立つことが出来ない様子だった。
俺は少しずつ歩み寄って、ようやく赤桐君の真正面に立つと、いつかの女医の言葉を思い出した。
『君の重い霊装を、上から叩きつけてやればいい。それだけで威力は十分だ』
というわけだから、俺は赤桐君の頭上でゲンコツを作り、そのゲンコツに黒夜叉を纏わせる。
「……や、やめ……」
黒夜叉の高重量で下方向へと急激に落下したゲンコツは、鈍い音を立てて赤桐君の脳天に直撃した。
赤桐君は、悲鳴をあげることもなく静かに、糸を斬られた操り人形のように、地面に倒れこんだ。
赤桐君が戦闘不能になったということなのか、【ヴィイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!』と、試合終了の合図が鳴り響く。
その瞬間。葬式のように静まり返っていた観客達が、興奮した声で雄叫びをあげた。
その歓声を子守唄にして、俺は静かに眠った。
 




