第22話「メイド譚、閉話」
「そろそろ一時間経つな。もう店から出るか」
「まぁ、まだ行きたいメイド喫茶はあるからね」
「それじゃあ会計を済ませてくる」
メイドに興味のない俺からしたら、メイド喫茶はとてつもなくコスパが悪い。まず、入館料を取られ、その上で一人一品絶対オーダー制。メイド喫茶という形でなければ、誰一人として入ることはないだろう。
そんなコスパの悪い店を五軒もまわってきた俺の財布は、朝に比べて驚く程軽くなっている。
ってか、もう殆ど入ってない。これ以上使うと、帰りのフェリーに乗れなくなる可能性も少なからずある。
「ありがとうございました、また来てくださいね先輩方ー!」
いや、もう来ることはないかな。
俺の後輩は香夏一人で手一杯だ。
手を振ってくれているメイドさん達に、小さく手を振って俺と暮葉はメイド喫茶から出た。
「もっと別のとこに行かないか? さすがにメイド喫茶は飽きたぞ」
「確かに言われてみればそうね。じゃあ、服屋とか?」
「……ここは秋葉だぞ。なんだ、コスプレ衣装でも買うのか?」
「メイド服なら…………って違うよ! いいから、服屋に行くよ!」
「秋葉原に来てまで服屋?」
「いいから行くの!」
ぐいっと腕か引っ張られ、仕方なく俺は暮葉に連れられてその場を離れる。
どうやら暮葉は、事前にタブレット端末で秋葉原の服屋を探していたらしく、暮葉の足取りに迷いはなかった。
ああ、また財布の中の諭吉さんが天に召されていく。
「というか、お前は金の方は大丈夫なのかよ」
「金ならあるよ!」
ドヤ顔で、Vサインしてきた。よかった、この分だと俺の諭吉が天に召されることはなさそうだ。
「てっきり暮葉のことだから、毎日スイーツ三昧で金なんて持ってないと思ってたんだがな」
「ふふふ、麗らかな乙女は太らない為の自己管理ぐらいはしっかりしてるものだよワトソン君」
「言っとくが、探偵ホームズは生際がかなり後退してるおっさんだぞ」
「…………ホームズやめます」
「おい。実在しないとはいえ、ホームズに失礼だぞ!」
さすが女子高生、禿げてるおっさんはお嫌いのようだ。
いや、勘違いしないでほしい。俺は禿げは嫌いじゃないぜ。太陽拳できるしな。
まあ、進んで禿げたいとは思はないが、そこらへんは自然の摂理にお任せしよう。
こんな感じのくだらない話に花を咲かせながら、並んで歩いて数分。
「服屋に着いたよ」
「お、おう」
よくわからん服屋についた。
「レディースの服が売ってる服屋だよ。だからまあ、彼方には関係ないね」
「それじゃあ、俺は外で待って……ぐえっ」
踵を返して近くのベンチで一休みと思ったら、背後から襟刳を掴まれた。
「なんだよ」
「私の私服が選べるんだよ? 外で待機していていいのかな? 」
「なら無問題だな。外で待機……オウ!」
「ちょっと、変な声出さないでよ!」
「腹パンした犯人の言葉じゃないな」
「い、いいから入るの!」
またもやぐいっと腕を引かれ、俺は暮葉に引きずられる形で服屋の中に入ってしまった。レディース売り場に入るのは、単純に恥ずかしいんだよ。それぐらい察してくれ。……暮葉の私服を選ぶのは、やぶさかではないけどさ。
「ねえ、彼方。私、ちょっとコレ試着してみるね」
いつの間に何処からか持ってきた服を片手に、暮葉は試着室へと入っていった。カーテンを閉めたと思うと、顔だけ出して「覗かないでよ」とジト目で俺に釘を刺してくる。
「絶対に覗かないよ。俺のことは気にせず、試着してくれ」
そう言ってやると、なぜか暮葉は顰めっ面を作ってカーテンの奥に顔を引っ込めた。
数秒たって、カーテンが開かれる。
「ふふふ、似合ってるでしょ?」
腕を組みポーズをとって見せつけてくる暮葉。
うん。まあ、可愛い。
「まぁ似合ってるよ」
言いながら、スマホ起動。
一枚写真を、パシャリ。
「ちょっ! なに勝手に撮ってんのよ!」
「新聞部に売りつけようかなと」
暮葉はわりと需要があるからな、結構な高値で取引きできるはずだ。
いや、売りつけるのは冗談だけどさ。
「だ、駄目だってば!」
顔を真っ赤にしてポカポカと腹を殴ってくる。
「冗談だって」
「絶対に駄目だからね!」
「安心しろ。今から削除するから」
「ほえ? …………削除するな! なんかムカつくから」
またもや、ポカポカと腹を殴られる。
まあ、最初から削除するつもりなんてなかったけどな。
ナニに使うわけでもないのだが。
「っで、何か買うのか」
「見てただけ」
「なら帰るか。いい時間帯だし」
店内の窓から見える空は、だいぶ赤くなり始めていた。フェリーに乗って帰る時間を考えると、家に着く頃には空は真っ暗になっていること間違いなし。暮葉は、むむっと渋い顔をしたが、帰ることになっとくしてくれた。
服屋を出て駅まで歩き、秋葉原から電車で東京湾近郊のフェリー乗り場に向かう。三十分程度でフェリー乗り場には着いた。すでにフェリーは港に停まっている。ここから、フェリーに揺られて移動式洋上人工島に向かうわけだ。
フェリーに乗り込み、デッキのベンチに腰をかけると、どっと疲れが押し寄せてくる。
「あぁぁあああ……疲れた」
「でも、たまには本土に顔だしてみるのも、悪くないでしょ?」
「……まぁな」
そういえば、筋骨隆々のメイドに抱き絞められていた赤桐君は、今どんな気持ちなんだろうか。推しメイドのみきちゃんに、『ラブラブですねー』と言われながら、筋骨隆々メイドとのツーショットを撮られてしまった彼の精神状態が知りたい。
あとで、喧嘩をふっかけてこなければいいのだが……。
まあ、その時は密かに裏で取引しておいた筋骨隆々メイドと赤桐君のツーショット写真を新聞部に売りつけよう。
新聞の一面トップ記事になること間違いなしだ。
「…………メイド……か」
不意に口から出た俺の呟きは幸い暮葉の耳に届くことはなく、夕暮れ空に映える暮葉の横顔を見ながら、俺は片手間にスマホで、メイド服をポチっていた。
ポチってから気づく。
メイド服、高すぎない?
「……どうかした?」
「いや、空が綺麗だなって思っただけだ」
「私の方が綺麗?」
「……それはないな」
「そこは、お世辞でもいいから言うとこでしょうが! まったく、これだから彼方は。………………ふふ。あはははは!」
むすっとした顔から一転、暮葉は楽しそうに笑う。その変わりようが面白くて、俺も少し笑ってしまった。
ひとしきり笑うと、暮葉は俺の方に体を向ける。
「今日は、とびっきり楽しかった! ありがとうね彼方!」
お世辞なんかではなく。
この瞬間の暮葉は、夕暮れなんかよりずっと綺麗だった。




