第21話「赤桐 士道との再会」
いざ五軒目。
「お帰りなさい先輩方! 」
俺と暮葉を出迎えたのは、体操着とメイド服の狭間を彷徨っているような服に身を包んだ女性。
まさかまさかの、運動部の後輩系メイド喫茶だった。
これは……、メイドなのか?
「ご注文が決まりましたら、呼び鈴で読んでくださいね先輩!」
「あっ。はい、どうも」
「そんな他人と話してるみたいに、畏まらなくていいんですよ先輩」
「お、おおおーけー」
畏るなとは言われたけど、なかなか厳しい。
メイドさんがもっと可愛い子だったら、もしかしたら畏まらずに話せたかもしれない。ただ、目の前にいる筋骨隆々の後輩系メイドには畏まらずにはいられなかった。
「凄かったね、あのメイドの人」
「そ、そうだな」
「あの徹底した後輩キャラ。あれはなかなか出来るもんじゃないよ!」
え、そっち?
「それより、あの人の筋肉は凄かったな」
「え? なに? 筋肉フェチなの?」
「そういうことじゃねえよ‼︎ まぁ、それよりもだ。店に入ったからには、何かしら注文しないといけない。お前は何にするんだ?」
「私はパフェ。そっちは?」
「俺は……チーズケーキかな」
二人ともオーダーが決まり、早速呼び鈴で店員を呼ぼうとして呼び鈴に手を伸ばした時だった。
パッと、店内の明かりが消えた。
代わりに、店内の天井に設置されていたミラーボールが景気良く回りだした。店内の客がぞろぞろとステージらしき壇上の前に移動し始める。
その様子を見ていた暮葉は、
「こ、ここここれは……ッ!」
目を見開き、興奮で顔をニヤけさせている。暮葉はこれから何が始まるのか知っているようだったが、俺はまったくわからない。
ミラーボール回ってるし、ダンスパーティーが始まるのか?
あの筋骨隆々のメイドさんと踊ってみろ、間違いなく俺死ぬぜ。
「せーんぱーい! 準備は良いかなぁ〜? いっくよーー! ワン、ツー、サン、はいっ!」
そんな掛け声とともに、俺の予想に反して始まったのはメイドさんによるライブ。
ベースギターに電子ピアノ、ドラム、エレキギターをメイドさん達が華麗に扱い、それに合わせてそれなりに若いメイドさんがステージで歌い始める。
あの筋骨隆々のメイドは、ドラマーだった。
似合いすぎて笑いが込み上げてくるまである。
「先輩たち〜準備は良いかなぁ?」
突然、ボーカルのメイド店員がイントロに入った所で、こちらサイドに語りかけてきた。
『いつでもっ、おっけー!』
「いっくよーーっ!」
『ハイハイハイハイ! オォオオオッ、ハイ! オォオオオッ、ハイ! とっても可愛い……、みきちゃーんッ‼︎』
これがもう一度繰り返された後、ボーカルのメイド店員は再び歌い始めた。
………………なんじゃこりゃ。
隣の暮葉もポカーンとしている。
「ねえ、彼方。アレ」
「アレ?」
暮葉は恐る恐る、熱気溢れる集団に向かって指をさした。
「なんだ? あそこに混ざりたいのか?」
ぶんぶんと勢いよく暮葉は首を横に振る。
まあ、首を縦に振っていたら、俺が暮葉に泣きすがってでも暮葉を止めていたことだろう。暮葉がサイリウム振ってる姿なんて、俺は見たくない。その姿が可愛いかったら話は別だが。
「なら、なんだってんだよ」
「あそこの人ってさ、うちの生徒じゃない?」
「うん?」
暮葉の指がさす方向をジッと凝視して、熱気帯びた集団の中に学園の生徒の姿を探してみる。
二、三秒で見つけた。
俺もよく知っている男だった。
「うそ……だろ……」
その見覚えのある顔は、権利を行使して俺を特訓に無理矢理付き合わせている男、赤桐 士道に他ならなかった。
見間違いかと思って、目をこすってみるもどうやら見間違いではない。間違いなく、脳筋パワーアタッカーの赤桐 士道だった。
あいつ、こんな所でなにやってるんだ?
まぁ、ここで会ったのも何かの縁に違いない。
とりあえず挨拶でもしておこう。
「おーい、赤桐君。こんな所でなにしてんの?」
「なっ⁉︎ …………人違いではござらんか? 拙者、合いの手に忙しい故、話しかけないで貰えると嬉しいでござる」
「赤桐君⁈」
最初のあの反応をしてから、何をどう考えたらその返しで誤魔化せると思ったのか。
やっぱり脳筋だ。
「じゃあ、ライブが一段落したらまた話しかけるとするよ」
それだけ言って暮葉のもとへと戻る。
暮葉はライブにこそ熱い視線を送ってはいるが、合いの手を入れたいとは思っていないようだった。
あれから数分が経ってライブが終わると、『今日の合いの手は統率が取れてたな!』と熱気溢れる集団からは楽しそうな声が聞こえてきた。当然、赤桐君もその輪の中にいた。
彼らは互いの健闘を称え合い熱い握手を交わすと、自分の席に戻る奴がいれば店から出ようとする奴もいた。
赤桐君は後者だった。今まさに会計を済ませようとしている。
おっと、逃がすわけないだろ。
俺は手頃なメイドさんを呼んだ。
来たのは、あの筋骨隆々メイド。
「あの……メイドさん。あそこで会計済ませている彼、実は僕の友人なんですけど、さっき貴方と写真を撮りたいとか言ってたんですよ。彼、シャイボーイでしてね、できれば貴方の方から写真を撮ろうと誘ってあげてください。彼の為にお願いします!」
そう言って頭を下げる。
不意に俺の肩に手が置かれた。顔を上げると、メイドさんに俺の友を思う心(大嘘)が通じたのか、メイドさんはとびっきりの笑顔でゴツゴツとした無骨な右手の親指を立てていた。
刹那。筋肉が走る!
筋肉は素早い動きで赤桐君のもとへと辿り着くと、丸太のような太い腕で、
「え? なに? なんですか? え、写真? そんなの頼んでませ…………ンンンンンンンンーッ!」
赤桐君を強く抱きしめて捕獲した。
ナイスだ筋肉!
流石だぜ筋肉!
すかさず俺は撮影者としてもう一人メイドを呼んだ。
来たのは、先ほどのライブでボーカルを担当していたメイド。
合いの手から察するに名前は、みきちゃん。
「はーい! それじゃあ撮りますよー!」
「待って! みきちゃん待って!」
赤桐君はなんとか逃げ出そうとするが、
「こらこらぁ、暴れちゃダメだってばぁ」
筋肉メイドにさらにキツく絞められ、挙句の果てには頰ずりまでされている。自分で罠に嵌めておいてなんだが、とても可哀想に思ってしまった。
「はい、チーズ!」
みきちゃんの無慈悲な宣告と同時に、シャッター音は鳴った。
その時点で赤桐君の顔からは生気が感じられず、抜け殻同然の状態になっていた。
「みきちゃん行かないで。みきちゃん行かないで。みきちゃん行かないで。みきちゃん行かないで。みきちゃん行かないで。みきちゃん行かないで。みきちゃん行かないで」
焦点が合っていない虚ろな瞳で、お経のように無心でつぶやいている様は、俺に罪の意識を深く刻み込んだ。
と思っていたのだが、なんだが赤桐君が狂気じみていてとても面白かった。
更に言えば、その変わり果てた赤桐君の姿に怯えて俺の左腕に抱きついている暮葉のことも加味すれば、罪の意識というよりも赤桐君には感謝しかない。
ありがとう、赤桐君。
君のことはメイド喫茶から出るまで忘れないことだろう。




