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第十八話「メイド譚、序章」

 


 午後の能力強化訓練の授業は、基本的には自由参加で時間内ならいつでも参加オーケーと、なかなかに自由度の高い時間割となっている。

 だから、四時限目が終わった時点で女連れて遊びにいく青春馬鹿野郎みたいなやつもいる。無論俺は、青春バカヤローと悲哀に満ちた表情で屋上から叫び散らす側だが。


 そんなわけで本土の高校生諸君が聞いたら、叫声をあげて殴りかかってくること間違いなしだ。おや、蛮族かな? まぁ、そんな冗談はさて置いて、俺と暮葉は初めの方は俺の特訓、授業終了間際に模擬戦闘を行うことにして、今はその授業終了間際。


 特訓はどうなったかと言うと、木製の小太刀を通販で新しく買ったゴム製の小太刀にグレードアップして、快適な特訓を行った。

 木製は当たると本当に痛いんだよ。恐怖心を煽るとか、そういう理論を超越した痛みが伝わってくる。

 その点、ゴムはいい感じだ。いい感じに痛くて、いい感じに恐怖心を煽ってくれる。


 そんな特訓を踏まえての、模擬戦闘。以前、暮葉と模擬戦闘した時は痛い目を見たが、なんだかんだ言って、素早い攻撃を繰り出して戦う小太刀は回避の特訓にもってこいだ。

 俺と暮葉は、授業終了五分前に『ルーム』に入って対峙する。


「さて、授業終了まで避け続けられたら彼方の勝ち。授業終了までに、一撃入れれば必然的に私の勝ち」


「そして、敗者は勝者の言うことを一度だけ聞くだっけか?」


「イエスッ!」


「スイーツ奢るんだから、そういうのは無しには……」


「ならないからねッ!」


 ビシッと、人差し指を突きつけられる。どうやら暮葉は俺に勝つ気満々のようだ。あの顔は、自分が負けた時のことなんて一切考えてない清々しい顔だ。生憎だが、俺も負けるつもりなんて毛頭ない。

 さて、暮葉にどんな命令を下してやろうか。

 …………ああ、恥辱に歪む暮葉の顔が楽しみだ。


「何か変なこと考えてない? 」


「考えてないよ。それより、そろそろ始まるぞ」


「わ、わかってるわよ!」


 ピーーッと、試合開始の合図が鳴り響く。



  †



 模擬戦闘終了まで、あと十秒というところで、


「……うっ⁉︎」


 酷い倦怠感と眠気、痺れ、腹部への鈍痛が俺に牙を剥く。

 徐々に掠れていく視界で最後に見たのは、暮葉のドヤ顔だった。




   †



「……ん、んあ⁈ ……あれ?」


 目を開けると、天井が見えた。それに加え、嗅いだことのある、いい香水の匂いが鼻孔をくすぐった。

 ああ、そうか。

 ここは……


「保健室だよ」


 ニョキっと、突然視界に入って来た蓮城先生が、俺の心の声を代弁した。

 ……なんだ、俺は負けたのか。くそう。


「まったく。あの暮葉って子が、ここまで運んできてくれたんだ。あの子に感謝しときなよ」


「まぁ、女の子には俺みたいな男でも背負うのは重労働ですもんね」


「何言ってるんだ? 足の方を持って引きずって運んできたぞ」


 はあ?


「扱いが雑すぎィッ!」


 とは言え、気絶した俺を体育館から運んでくれたんだ。一応は感謝しておこう。足を持って引きずって運んだとは言え、かなり重かっただろうし。


「ああ、そうだ忘れてた。暮葉ってから伝言があるんだった。ちょっと待ってて、今思い出すから」


 うーん、と頭を抱える蓮城先生。まあ、蓮城先生はもういい歳だしな。忘れっぽくなってきているのだろう。いつまで、その美しい姿でいられるか見ものだな。


「あでっ!」


 コツンッ、と指で額を弾かれた。


「私の体をいやらしく舐め回すように見ながら、失礼なことを考えていなかったかい?」


「そんなわけないじゃないですか。ただ、綺麗だなぁと、見惚れてただけで…………」


「もうっ! そんなに褒めなでくれよーッ!」


「あっふん!」


 照れながらも、勢いよく俺の脳天に繰り出された蓮城先生のチョップのおかげで、普段出ない変な声が口から漏れた。


「ああっ! 思い出したぞ!」


「本当ですか?」


 こっちとしては思い出してほしくなかった。ここで聞かなければ、次暮葉とあった時、『え、なにそれ?』と自然に誤魔化せただろうに。一度聞いてしまったら最後、俺は表情に出てしまうから知らんぷりはできない。


「確か……。メイドがどうとかなんとか……言ってたかな!」


 諦めたな。思い出すことを、完全に放棄したな。

 おそらく、模擬戦闘で賭けていた命令権のことなんだろうけど…………。メイド?

 暮葉がメイド服を着てくれるのか?

 だとしたら俺としては無問題だ。それどころか、暮葉が自分から自爆しようとしてるまである。

 タブレット端末で写真をとって、少しからかってやるとしよう。


「一応は伝言も聞けたので。じゃあ、俺は家に帰ります」


 言って、保健室から出ようとしたところを、蓮城先生に呼び止められる。


「おっと、帰る前に聞いておきたい。エリスとの街案内、どうだった?」


 どうだったって……。そんなの勿論、


「とても、楽しかったですよ」


 それだけ言い残して、俺は保健室を出た。





 ◆◆





 外はまだそこまで暗くはなく、ほんのりと赤みを帯びている。時計を見れば、六時半ちょい。以前、暮葉の攻撃を受けた時は夜の八時まで気絶しっぱなしだったのだが、今日は一時間半も早く目を覚ましたわけだ。耐性がついたのかもしれない……。いや、そんなわけない。暮葉の毒は解析不能の神経毒だ。耐性がついたというよりは、俺の体力の向上が功を奏したというべきか。


「えーと、次のバスは…………。うげっ! 三十分待たないといけないのかよ!」


 そんなのってあんまりじゃないか…………と思ったけど、アニメでも見て時間を潰そう。今季はアクション系で何がやってたかな?

 いや、アクションばかり見てるのもアレだから、久しぶりに日常系ラブコメディーでも見てみるとしよう。


 いつまでも同じようなのばかり見ていても、自分の世界は広がらない。それにもしかしたら、今後のことで何かに役に立つかもしれない。

 そういうわけで、俺は普段見ないジャンルの萌豚御用達アニメ。


『メイドを好きで何が悪い‼︎』


 ……の第一話を鑑賞することに決めた。


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