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第17話 「SとM」

 


 エリスに街案内をした日から、翌日。エリスに希望があると言われた俺は、ウキウキで準備運動して香夏を待つ。

 丁度アキレス腱を伸ばし終わった時に、香夏がやってきた。



「さぁ、今日も元気に早朝二○キロランニングしようぜ!」


「……なんかキモいです先輩。いつにも増してキモいです」


「その、俺が常にキモいみたいに言うのはやめてくれないかな」


「違うんですか? 違わないですよ」


「違うよ‼︎ ……たぶん」


 キモいかキモくないかなんてのは、人の主観で様々に変化する。

 もしかしたら、香夏には俺がキモく見えているのかもしれない。つまり俺には、香夏が本意でキモいと言っているわけでないことを、願うことしかできない。


「まあ、冗談ですよ先輩」


「ふぅ。よかった」


「たまにキモいですけど」


「え?」


「キモいって言われた時とか、なんか少し嬉しそうな顔するじゃないですか。マゾなんですか? ドマゾさんですか?」


「……ち、違う」


 キモいって言われた時、確かに少し嬉しそうな顔をした気がするし、なにより俺がちょっとした軽度のマゾなのは自分で自覚してもいる。

 だから、強くは否定しない。

 ただ、俺はちょっとした軽度のマゾだ!

 決して、マゾとかドマゾではない。ではない!

 だからこの場はとりあえず、否定させてもらおうか。


「そうですかー。残念です」


「先輩がマゾじゃくて残念がる後輩なんて見たことねえよ」


「え? だって私、サディストですからぁ」


 マゾ心を弄ぶような嗜虐的な笑みを浮かべながら、香夏はねっとりと耳に絡みつくような声で言った。

 背筋がぞわぞわっとして、思ってしまったら負けのような気もするが、とても気持ちいいと思った。


「ま! 嘘ですけど」


「な、なーんだ嘘か。びっくりさせんなって」


 言っておくが、残念がってなどない。

 俺は軽度のマゾであって、サディストに虐められたい願望がある程のマゾではないからな。


「おっと。そろそろ、走り始めないとな」


 香夏との会話に夢中になって気にしていなかったが、時計を見ればいつも走り始める時間から十分もオーバーしている。

 シャワーを浴びる時間、着替えの時間が必要であることを考えると、そろそろ走り始めないとマズイ。講義に出ない俺は問題ないのだが、香夏の方としては大問題だ。


「そうですね先輩。じゃあ、今日は少しペースあげますから、ちゃんとついてきてくださいね?」


「ふっ。いつまでも昔の俺だと思うなよ?」


「あっ、そうですかそうですか。なら、全力出しても大丈夫ですよね〜! 」


 香夏はニヤっと口角を吊り上げると、流れる動作でクラウチングスタートの姿勢をとって、


「よーい、ドンッ!」


 勢いよく飛び出した。


「おい! 待てってッ⁉︎」


 後を追うようにして急いで俺も走り始めたが、一向に香夏との距離は縮まらない。むしろ、広がっていくばかりで、追いつけるイメージが湧いてこない。


「くぅ! やっぱ、サディストだろ! おーい、待ってくれぇええええ!」


 そう叫ぶと、香夏は少しずつペースを落として、俺の隣に並んで走ってくれた。そして、ふっ、と鼻で笑われた。


「まったく、仕方ないですね。言っときますけど、まだまだ先輩は昔となんら変わりませんよーだ」


「……かたじけない。その言葉、胸に刻んでおくよ」


 こうして今日も、香夏との楽しい早朝二○キロランニングが始まったのだった。





 ◆◆





 真面目な生徒諸君が、なんの意味もない講義に耳を傾け必死にノートを板書している間、俺は筋トレに精を出し、それが終われば芝生の上に寝っ転がって一眠り。


 自分で言うのもなんだが、なんて駄目な人間なんだろうか。まあ、だからといって心を入れ替えるつもりがなければ、真面目に講義に出る気もない。

 どうせ、講義に出たところで教師には欠席扱い、周りの生徒諸君からは罵声のご褒美。それなら講義に出たってしょうがない。


 いやー。俺、嫌われすぎじゃない⁉︎

 そんな俺は、中庭のベンチで今日も今日とて、暮葉が作ってきてくれた弁当に舌鼓をうっている。


「なぁ、暮葉はSとMどっちだ?」


 ふと香夏のサディスト発言が思い返されて、気になって聞いてみる。


「……っ⁉︎ な、なにいきなり変なこと聞いてんのよ!」


「なんとなく聞きたくなったんだよ」


「そ、そんなのわかんないし、考えたこともないわよ!」


「まぁ、そうだよなー」


 自分でも馬鹿なことを聞いたと思う。そんなことを聞いたところで、意味なんてないからな。仮に暮葉がサディストだとして、それで何がどうなるわけでもない。俺が飛び跳ねて喜ぶくらいだろう。

 いや、飛び跳ねはしないだろうが。


 例えば、『動けないとか本当に無能ね。それに加えてマゾヒストとかいう救いようがない変態さん。三途の川で溺死すれば?』と冷ややかな視線を向けられながら言われたら、『ふざけんな。俺は救いようのある軽度のマゾヒストだよ!』と顔をニヤけさせながら反論することだろう。


「ねぇ、なんか変なこと考えてない?」


「ん? 考えてないよ。それはそうと、今日の弁当も美味しいな。特に、この肉巻き人参。人参に肉の旨みが染み込んでて、凄く美味しいよ」


「へへーん! それは、私の自信作だからね!」


 暮葉は胸を張ってドヤ顔をする。

 ふっ。ちょろいぜ。


「……それで、今日もするの?」


 空になった弁当をいそいそと片付けつつ、暮葉が心配そうな表情で言った。


「ああ、よろしく頼む」


「でも危ないよ。肉体ダメージが仮想ダメージに変換されるわけじゃないし。もしかしたら、怪我するかもだよ?」


「それがいいんだよ」


 言っておくが、痛いのが気持ちいいからとかではなく、恐怖心を煽って回避力を高めるためだ。俺は罵倒されるのが好きな軽度のマゾであって、痛いのは苦手だ。そもそも、もし俺が痛いの大好きなマゾ豚だとしたら、この回避の特訓が成り立たなくなってしまう。

 そうなったら、もう特訓とは呼べない。

 ただのSMプレイだ。


「……でも」


 しかし、暮葉はなかなか引き下がらない。

 そこで、とっておきの秘策として俺は提案をする。


「次の休日、またスイーツを食べにいこう」


 そう提案した瞬間、暮葉の目の色が変わった。


「よーし、やるぞぉおおお! 私の小太刀で彼方をギタギタにしてやるんだから、覚悟しなさいよね!」


 ぐるんぐるんと威勢良く腕を回して、遂には準備運動を始める暮葉。

 いやー、スイーツでここまでやる気になるとは。さっきまでの俺の身を案じていた暮葉さんは、いったい何処に行ってしまったというのか。


「やる気になったらところ申し訳ないんだけど。食後の運動は一時間経ってからな」


「なんで?」


「太るからだ」


「うげっ! 食後の運動って、太る原因なんだ。じゃあ、夕食後すぐにダイエットとしてウィーフィットトレーナーをしてた私はどうなるのさ! どうなってしまうのさ!」


「……いや、知らんがな」


 嗚呼、空は今日も綺麗だなぁ。


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