第16話 「強さ」
「……は?」
その素っ頓狂な声をあげたのは、俺でもエリスでもなく、細マッチョだった。目を開いて真っ先に見たのは、目を丸くした細マッチョ。
耐えるだなんて、ありえない。
そんな声が聞こえてきそうなアホ面を、細マッチョはさらしている。 次いで目に入ったのは、俺が立っている場所を残して吹き飛んでいる地面。
いやいや、そんなのはどうでもいい。俺は霊装を解除して、背後を振り向いた。
「エリス、大丈夫か?」
「ああ。問題ない」
その声を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろす。
俺はエリスの手をとって、ぐいっと引き上げてエリスを立たせる。
「ありがとう彼方。……さてと」
立ち上がったエリスは、【双頭ノ月下狼】の銃口を細マッチョとゴリマッチョに向ける。
エリスの顔はかつてない程に、激しく怒っていた。
「………………凍れ!」
そう言い放つと同時に放たれた銃弾は、細マッチョとゴリマッチョの足元に一発ずつ着弾する。
外したのか?
そんな考えが頭をよぎるが、そうではないと気づく。
エリスの言葉通り、凍っていたのだ。
細マッチョとゴリマッチョの足元が、足と地面を繋ぐように凍っていた。
エリスが学園最強となったトーナメントの決勝戦でも、エリスはこんな技は一度たりとも見せていない。
「彼方、警察呼んでくれるか?」
くるりと、何事もなかったかのように平然として、エリスはこちらを向く。
「……わ、わかった」
呆気にとられはしたが、俺はエリスに言われたように、タブレット端末で警察に連絡をとった。五分程度で来てくれるそうだ。
細マッチョとゴリマッチョを見てみれば、完全に足が地面と氷でくっついていて動けないようだし、5分くらいどうということはないだろう。
「……まさか、こんな隠し技があるとはな。だがなぁ! お前らは勝った気でいるようだが、まだ俺たちは負けてねえんだよなぁ〜」
負け惜しみか知らんが、細マッチョは余裕ぶってニヤけている。
いや、負けてるから。現実見ようぜ。
「ほらぁ、来た来た」
何が来たというのか。
そう思って細マッチョの視線の先に目を向けてみれば、不良の集団がこちらに向かっていた。
おそらく、そこの二人が束ねている不良グループのメンバーだろう。
見た感じ、二十人はいる。
「なあ、エリス。どうす…………」
「凍れ」
俺が言葉を言い切るより早く、エリスは銃口を地面に向けて、冷淡に言い放つ。パンッと乾いた音と共に放たれた銃弾が地面に着弾した瞬間、着弾点から凍結の波が広がっていく。
こちらに向かっていた不良集団の足が、一人も例に漏れることなく、一瞬で凍って地面とくっついていた。
不良達は、体を揺れ動かし脱出しようと試みる。
が、足が地面と離れる気配はない。
……強い。強すぎる。
「六分くらい経てば、力を入れずとも抜けれるはずだ。それまでは、おとなしくしておくんだな。……さてと、警察を待つとするか。にしても……」
エリスはぐるりと辺りを見渡して、
「酷いありさまだな」
と肩をすくめて笑った。
顔にはいつもの笑顔が戻っていて、もう怒ってはいなかった。
あれから五分くらい経って、予定通り警察がやってきた。
不良グループとあの二人は警察に連行され、俺とエリスは短い事情聴取を受けただけだった。あの不良グループは、今までにも色々と犯罪を起こしているメンバーが多かったらしく、全部不良グループの仕業という形でかたがついた。
半壊した公園は、黄色いテープで囲まれて立ち入り禁止にはなったものの、数日もすれば綺麗に直るそうだ。
そして、事情聴取から解放された俺とエリスは、再び街案内を決行している。今は、ぶらぶらと歩きながら、エリスが良さ気な店を見つけては、そこに入るといった感じだ。
「なあ、彼方。あの時に見せた、アレは何だ!」
「えっと……。アレっていうのは俺の霊装のことでいいんだよね?」
「そうだ! あんな黒くて固いのは見たことないぞ!」
少し興奮気味にエリスが詰め寄ってくる。視線を下げると、服の隙間からエリスの鎖骨が見え、黒い下着が見え、さらにその下着すら少浮いて、何かが見えそうになっている。
反射的に、目を閉じていた。
危なかった。あと一歩判断が遅かったら、俺の黒い(そこまで黒くない、むしろ肌色)アレが、固くなってしまうところだった。
いや、少し固くなっている。
まあ、許容範囲内。
「見たことないって言われても……。俺の霊装【黒夜叉】は、防御特化の重鎧型霊装ってだけだよ。あと、重すぎて着てる間は動けない」
「むむむ……動けないのか。とは言っても、いい力じゃないか。なんで初対面の時に使わなかったのか不思議なくらいだ」
「いい力って…………。本気か?」
確かに、防御力は他の霊装より頭一つ抜けて優秀だ。でも、それ以外取り柄がない。さらに言えば、動けないというデメリットつき。
それでもなお、エリスは良い力だと言った。
俺にはどうしても、俺を気づかっての言葉としか思えな…………。
「だって、私を助けてくれたじゃないか」
………………え。
「それだけ?」
「それだけとはなんだ! 彼方が助けてくれなかったら、今頃私は死んでたかもしれないんだぞ! それに……その……あれだ。ほ、本当に嬉しかったんだ……」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、愛くるしい笑顔を浮かべるエリス、
「……っ⁉︎」
そんな顔を見せられたら、こっちまで顔が赤くなってしまう。
嗚呼、その笑顔は、反則だ。
エリスは、こほんっと咳払いをする。
「それにだ。確かに、動けないデメリットは大きいが、それを除けば最強だろ? 胸を張って誇っていい! 間違いなくその霊装は、彼方の【強さ】だよ」
「俺の【強さ】か……」
そんなことを言われたのは、初めてだった。
「……まあ、色々と大変だろうが、希望はあるということだ」
希望はある……。
蓮城先生に相談して、トレーニング量を増やすことができるどうか、掛け合ってみるとしよう。時間だけなら、サボリ魔の俺には人一倍あるからな。
そんなことを考えていたら、エリスがふと思いついたように話を切り出した。
「そういえば、少し前のことだが覚えてるか? 私が優勝した時の、あの言葉を」
「忘れるわけないだろ。確か『頂上で待っているぞ』だよな」
あの言葉は今では学園の名言として、広報部の学内新聞に取り上げられた程に学園では有名な言葉だ。あの言葉を聞いて、さらに上を目指そうと思った奴も少なくない。
「実はあの言葉はな……」
エリスはじっと俺の目を見る。
「彼方に向けて、言ったんだぞ」
………………ん?
んんん?
「それって、どういう意…………うぇ⁉︎」
突然、右手に柔らかい感触が伝わってくる。
エリスの可愛らしい右手が、俺の右手をガッチリ掴んでいた。
「それより、次はあの店に入ってみよう! ついて来るんだ彼方!」
ぐいぐいっと、右手が引っ張られる。
「いや、ちょっと⁉︎ さっきの言葉の意味をおしえ…………」
そこまで言って、口を噤んだ。
まぁ、気にはなるが、しつこく聞いて教えてもらうほどでもない。
エリスが自分から言いたくなったら、きっと教えてもらえることだろう。なにより、しつこい男は嫌われるからな。
「あんまり急ぐと転ぶぞ。まだハイヒール慣れてないんだから」
「ふふふ。いつまでもハイヒールごときに屈している私ではない!」
またもや、急かすようにぐいぐいっと右手が引っ張られる。
とりあえず今は、時に凛々しく、時に可愛らしいこのお姫様の我儘に、大人しく付き合ってやるとしよう。
「ぬおわっ⁉︎ ……なかなかやるな、ハイヒール。くぅ、私の負けだ。彼方、ヘルプミー」
「ハイヒールに屈してんじゃねえか‼︎」
トレーニングメニューに、お姫様抱っこが追加される日も、そう遠くはなさそうだ。




