第14話 「殺意の波動」
今、俺とエリスは公園に向かっている。エリスはまだハイヒールに慣れていないらしく、道中何度も転びそうになっていた。そして、公園までの道のりの半分を過ぎたあたりで。
「うーむ。ハイヒールには、なかなか慣れないな。ということで彼方、プリーズ」
エリスは、何かを求めるように、こっちを見つめてくる。
「主語がないぞ」
「んなっ⁉︎ 私に言えというのか⁉︎ ……くぅ、仕方ない」
エリスは、赤面とまではいかないが顔を紅潮させ、体をもじもじさせている。そんな姿を見て、妙に恥ずかしそうにしているなと思っていたら……。
「抱っこだ! お、お姫様抱っこしてくれ……ッ!」
「まあ、いいけど。恥ずかしいんじゃなかった?」
「一度経験して慣れた! ………と思ってるから大丈夫なはずだ。たぶん」
こやつめ、人に運んでもらうことに味を占めたか。
人に運んでもらってばかりでは、いつになってもハイヒールに慣れることはない。が、今回はおおめに見よう。
俺もエリスを抱き抱えることに、少なからず俺自身も味を占めていた。だって、凄くいい匂いがするんだぜ。
とにかく、俺はエリスを抱お姫様抱っこする。
「よし、公園までゴー!」
ビシッと、進行方向を指差すエリス。
楽しそうで何よりだ。
「ほら、着いたよ」
「うむ。ごくろう!」
エリスをお姫様抱っこしたまま数分歩いて、ようやく公園に着いた。最近足のトレーニングをしている俺だったが、流石に足が疲れてくる。
「なあ、エリス。ちょっと、そこのベンチで休んで行かないか?」
「彼方も疲れているだろうし、そうするとしよう」
俺とエリスは、すぐそばに設置されていたベンチに腰を下ろす。
あたりを見回してみると、公園には子供連れの家族が多く見受けられた。この公園は無駄に広い癖に中央にデカイ噴水があるだけという、なんとも質素な内容の公園なのだが、休日は子供連れの家族に人気のスポットとなっている。
子供達はボールや鬼ごっこ、噴水で水浴びなどをして元気に遊んでいる。俺はそんな子供達を見て、少し心が和んだ。
「……この公園は、よい憩いの場となっているのだな」
不意にエリスが言った。
「俺も小さい頃は、よくこの公園で遊んでたよ。エリスの国にも、こういう公園あっただろ?」
「勿論あったぞ。ただ、私自身はその公園で遊んだことはないのだ」
「なんだよエリス、友達いなかったのか?」
ガキの頃は、この俺にも友達がいたんだ。
俺よりも高尚な人間であるエリスに、幼少期時代に友達がいなかったわけがない。
そう思って口から出た、冗談だった。
だが、エリスは、
「よく分かったな。さては彼方、貴様は過去を見通す占い師か? 」
と、どこか寂しげに笑ってみせた。
「…………そうとは知らず、すまなかった。いやでも、俺にはエリスが友達作りに困るような奴には、まったく見えない」
俺から見たエリスは、強くて高潔で、他人に対して言葉を濁さないで叱ることができ、それでいて可愛らしい一面も持っている。
言うなれば、俺の理想のタイプだ。
「……彼方から私は、そう見えているのか。でも残念ながら、私は彼方が思うような人間じゃないんだ。
……私は小さい頃から、戦うために生かされてきた」
生きてきた。ではなく、生かされてきた。その言葉の意味することは、簡単に想像がついた。
「同年代の他の子達が遊んでいる間、私は覚えられるだけの様々な格闘術を、勝つ為の戦術を習わされてきたんだ。学校にも行かさてもらえず、学術は全て屋敷で教えられていた。それが、ここに留学する前日まで、幼い時から毎日続いてた。まあ、そのおかげで強くなれたのだがな」
一拍置いて、話は続く。
「だから私は、友達の作り方も遊び方も、何一つわからないんだ。念願だった学園生活でも、何もわからないから、友達の一人だって作れていない。…………ダメな女だと、笑ってくれ」
なおのことエリスは、寂しげに微笑む。先ほどまでの元気さは、一切感じられなかった。
俺は何か言おうと、何か言わないといけないと思って口を開いた。
だが、
励ませばいいのか?
慰めればいいのか?
色々考えてはみたが、エリスに投げかける言葉を、遂には俺は見つけられなかった。
いや。見つけることなんて出来ない。
周りの子供達が遊んでいる中、エリスは遊ぶ時間を全て削られ、学校にも行かせてもらえず、強くなる為だけに生かされきた。散々惰眠を貪ってきた俺なんかには、その辛さは想像さえ出来ない。
そんな俺がエリスに、励ましや慰めの言葉をかけることは、誰よりも俺自身が許さなかった。
開かれた口は何も発することなく、静かに閉じる。
暫くの間、沈黙が流れた。
やがて、
「……なんかすまないな。変な空気にしてしまって」
「いや、エリスが謝ることじゃないよ」
……………………。
また沈黙。
だが、この沈黙のおかげで、ようやく言葉を見つけた。
というか、あえて言う必要もないと思って、今まで言葉にしてこなかった。
「そうか。だとすれば……」
「……どうした?」
「エリスの友達第一号は俺ってことだよな」
そう言葉にした途端。
エリスは目を丸くして、ぽけーっとアホな顔をしていた。
もしかして、かける言葉を間違えたか?
そう考えていたのだが、
次の瞬間エリスはずいっと顔を近づけてきて、
「……と、友達。彼方は、私の友達になってくれるのか⁉︎」
目をキラキラと光らせた。
「おうともさ! …………んな⁈」
威勢良く俺が言うやいなや、エリスに抱きつかれる。
「ふへへへ、友達だ! 私達は友達だ!」
普段発さないような、エリスの可愛らしい声に俺の心臓は高鳴った。ただ、そんな至福の時間は束の間で、エリスはすぐにハッとして身体を俺から離す。
「す、すまん。嬉しかったとはいえ、だらしない姿を見せてしまった」
いつもの凜とした声で言うエリスだったが、その顔はまだ少しニヤけていた。かくいう俺も、ニヤけている。ニヤけまくっている。
「じ、自販機で飲み物買ってくるけど、エリスは何がいい?」
このままでは一生涯顔がニヤけたまま戻らない気がして、俺は咄嗟に話を切り出していた。
「いや、友達にそこまでしてもらうわけには……」
「友達だからこそだろ。それに人にお姫様だっこさせといて、今更どの口が言ってんだよ。遠慮しなくていいから、何が飲みたい?」
「……なら、炭酸。ふぁ、ファンタ飲みたい……」
「わかった。すぐに買ってくるよ」
俺は財布を握りしめて、噴水を挟んで反対側にある自販機へと足を進めた。エリスはファンタが飲みたいと言っていたが、味までは言っていなかった。まあ、ファンタならなんでもいいだろう。
少し歩いて自販機の前に着いた。
グレープ味のファンタが売っていたから、エリスに頼まれた通りそのファンタを買い、自分用にはカフェオレを買った。
ミッションコンプリート。
さあ、ファンタを待っているエリスのもとへと戻ろう。
そう思って、エリスがいる方を向いてみれば、
「……は?」
見知らぬ二人の男がエリスに言い寄っていた。
殺意の波動に呑まれかけた。




