表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/29

第14話 「殺意の波動」

 

 今、俺とエリスは公園に向かっている。エリスはまだハイヒールに慣れていないらしく、道中何度も転びそうになっていた。そして、公園までの道のりの半分を過ぎたあたりで。


「うーむ。ハイヒールには、なかなか慣れないな。ということで彼方、プリーズ」


 エリスは、何かを求めるように、こっちを見つめてくる。



「主語がないぞ」


「んなっ⁉︎ 私に言えというのか⁉︎ ……くぅ、仕方ない」



 エリスは、赤面とまではいかないが顔を紅潮させ、体をもじもじさせている。そんな姿を見て、妙に恥ずかしそうにしているなと思っていたら……。



「抱っこだ! お、お姫様抱っこしてくれ……ッ!」


「まあ、いいけど。恥ずかしいんじゃなかった?」


「一度経験して慣れた! ………と思ってるから大丈夫なはずだ。たぶん」



 こやつめ、人に運んでもらうことに味を占めたか。

 人に運んでもらってばかりでは、いつになってもハイヒールに慣れることはない。が、今回はおおめに見よう。

 俺もエリスを抱き抱えることに、少なからず俺自身も味を占めていた。だって、凄くいい匂いがするんだぜ。

 とにかく、俺はエリスを抱お姫様抱っこする。


「よし、公園までゴー!」


 ビシッと、進行方向を指差すエリス。

 楽しそうで何よりだ。




「ほら、着いたよ」


「うむ。ごくろう!」


 エリスをお姫様抱っこしたまま数分歩いて、ようやく公園に着いた。最近足のトレーニングをしている俺だったが、流石に足が疲れてくる。


「なあ、エリス。ちょっと、そこのベンチで休んで行かないか?」


「彼方も疲れているだろうし、そうするとしよう」


 俺とエリスは、すぐそばに設置されていたベンチに腰を下ろす。

 あたりを見回してみると、公園には子供連れの家族が多く見受けられた。この公園は無駄に広い癖に中央にデカイ噴水があるだけという、なんとも質素な内容の公園なのだが、休日は子供連れの家族に人気のスポットとなっている。


 子供達はボールや鬼ごっこ、噴水で水浴びなどをして元気に遊んでいる。俺はそんな子供達を見て、少し心が和んだ。



「……この公園は、よい憩いの場となっているのだな」


 不意にエリスが言った。


「俺も小さい頃は、よくこの公園で遊んでたよ。エリスの国にも、こういう公園あっただろ?」


「勿論あったぞ。ただ、私自身はその公園で遊んだことはないのだ」


「なんだよエリス、友達いなかったのか?」



 ガキの頃は、この俺にも友達がいたんだ。

 俺よりも高尚な人間であるエリスに、幼少期時代に友達がいなかったわけがない。

 そう思って口から出た、冗談だった。

 だが、エリスは、



「よく分かったな。さては彼方、貴様は過去を見通す占い師か? 」


 と、どこか寂しげに笑ってみせた。



「…………そうとは知らず、すまなかった。いやでも、俺にはエリスが友達作りに困るような奴には、まったく見えない」


 俺から見たエリスは、強くて高潔で、他人に対して言葉を濁さないで叱ることができ、それでいて可愛らしい一面も持っている。

 言うなれば、俺の理想のタイプだ。


「……彼方から私は、そう見えているのか。でも残念ながら、私は彼方が思うような人間じゃないんだ。

 ……私は小さい頃から、戦うために生かされてきた」


 生きてきた。ではなく、生かされてきた。その言葉の意味することは、簡単に想像がついた。


「同年代の他の子達が遊んでいる間、私は覚えられるだけの様々な格闘術を、勝つ為の戦術を習わされてきたんだ。学校にも行かさてもらえず、学術は全て屋敷で教えられていた。それが、ここに留学する前日まで、幼い時から毎日続いてた。まあ、そのおかげで強くなれたのだがな」


 一拍置いて、話は続く。


「だから私は、友達の作り方も遊び方も、何一つわからないんだ。念願だった学園生活でも、何もわからないから、友達の一人だって作れていない。…………ダメな女だと、笑ってくれ」



 なおのことエリスは、寂しげに微笑む。先ほどまでの元気さは、一切感じられなかった。

 俺は何か言おうと、何か言わないといけないと思って口を開いた。

 だが、


 励ませばいいのか?

 慰めればいいのか?


 色々考えてはみたが、エリスに投げかける言葉を、遂には俺は見つけられなかった。

 いや。見つけることなんて出来ない。


 周りの子供達が遊んでいる中、エリスは遊ぶ時間を全て削られ、学校にも行かせてもらえず、強くなる為だけに生かされきた。散々惰眠を貪ってきた俺なんかには、その辛さは想像さえ出来ない。


 そんな俺がエリスに、励ましや慰めの言葉をかけることは、誰よりも俺自身が許さなかった。

 開かれた口は何も発することなく、静かに閉じる。

 暫くの間、沈黙が流れた。

 やがて、


「……なんかすまないな。変な空気にしてしまって」


「いや、エリスが謝ることじゃないよ」


 ……………………。

 また沈黙。

 だが、この沈黙のおかげで、ようやく言葉を見つけた。

 というか、あえて言う必要もないと思って、今まで言葉にしてこなかった。


「そうか。だとすれば……」


「……どうした?」




「エリスの友達第一号は俺ってことだよな」




 そう言葉にした途端。

 エリスは目を丸くして、ぽけーっとアホな顔をしていた。

 もしかして、かける言葉を間違えたか?

 そう考えていたのだが、

 次の瞬間エリスはずいっと顔を近づけてきて、


「……と、友達。彼方は、私の友達になってくれるのか⁉︎」


 目をキラキラと光らせた。


「おうともさ! …………んな⁈」


 威勢良く俺が言うやいなや、エリスに抱きつかれる。


「ふへへへ、友達だ! 私達は友達だ!」


 普段発さないような、エリスの可愛らしい声に俺の心臓は高鳴った。ただ、そんな至福の時間は束の間で、エリスはすぐにハッとして身体を俺から離す。


「す、すまん。嬉しかったとはいえ、だらしない姿を見せてしまった」


 いつもの凜とした声で言うエリスだったが、その顔はまだ少しニヤけていた。かくいう俺も、ニヤけている。ニヤけまくっている。


「じ、自販機で飲み物買ってくるけど、エリスは何がいい?」


 このままでは一生涯顔がニヤけたまま戻らない気がして、俺は咄嗟に話を切り出していた。


「いや、友達にそこまでしてもらうわけには……」


「友達だからこそだろ。それに人にお姫様だっこさせといて、今更どの口が言ってんだよ。遠慮しなくていいから、何が飲みたい?」


「……なら、炭酸。ふぁ、ファンタ飲みたい……」


「わかった。すぐに買ってくるよ」


 俺は財布を握りしめて、噴水を挟んで反対側にある自販機へと足を進めた。エリスはファンタが飲みたいと言っていたが、味までは言っていなかった。まあ、ファンタならなんでもいいだろう。


 少し歩いて自販機の前に着いた。

 グレープ味のファンタが売っていたから、エリスに頼まれた通りそのファンタを買い、自分用にはカフェオレを買った。

 ミッションコンプリート。

 さあ、ファンタを待っているエリスのもとへと戻ろう。

 そう思って、エリスがいる方を向いてみれば、


「……は?」


 見知らぬ二人の男がエリスに言い寄っていた。

 殺意の波動に呑まれかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ