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第13話 「最強と最弱の一日②」

 



「あの? 大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だ! この程度の試練、私なら簡単に乗り越えてみせる」


 強気に答えるエリスティアさんだったが、その足取りはおぼつかない。何度も転びそうになっていて、見ているこっちがハラハラする。


「まったく、なんでハイヒールというのはこうも歩き辛いのか」


「辛いなら、一度戻って普通の靴に履き替えましょうよ」


「いや、駄目だ。キョーカを裏切るような真似、私にはできない」


「裏切るって……、大袈裟な」


 エリスティアさんは、今日が人生初ハイヒールらしく、まだ慣れていないのか足がプルプルしている。

 生まれたての子鹿みたいで、少し可愛いと思ったのは内緒だ。

 俺にはよくわからないが、ネットで調べてみればハイヒールというのは、慣れないと歩くことさえ難しいとのことだ。


 ハイヒールの起源は、17世紀フランスまで遡る。ハイヒールというのは、どうやら街中に撒き散らかされた排泄物を踏まないために作られたらしい。

 う○こ踏まない為に作られた靴が、今では女性のファッションに用いられているわけだ。


「うぅ、前に進めないではないか。誰だ! こんな靴を作ったのは! 大体なんで、こんなに接地面積が狭いのだ!」


 それは、なるべくう○こを踏まないためですね。


「もうやめだやめ! 街案内なんて辞めだぁ……!」


 よほどハイヒールが歩き辛いのか、遂にはあのエリスティアさんが駄々をこね始めた。


「慣れないうちは、俺の服を手で握ってていいですから。そう言わずに、もう少し頑張りましょうよ」


「…………くぅ、わかった……」


 エリスティアさんは、か細い声で、小さく頷いた。

 なるほど、こんな一面もあるのか。意外だな。


「……こんな私を見て、幻滅したか?」


「いやまあ、意外だなぁとは思いましたけど、幻滅なんてしませんよ」


「なら、いいのだが……」


 言って、顔を伏せてしまった。

 とても気まずい。

 こんな時は、何か美味しいものでも食べるのが一番だ。

 ちょうど最近、美味しいスイーツ店を知ったわけだし、そこに行こう。

 決して餌付けなんかではない、これは甲斐性なしの男が考えついた苦肉の策だ。


「誰にだって得手不得手はありますって。それより俺、美味しいスイーツ店を知ってるんですけど、気分転換に行きませんか?」


「……お金はキョーカが常に管理してるから。今日、持ってきてない」


「なら、俺の奢りということで」


「いや、それは…………ひゃあっ⁉︎」


 俺はエリスティアさんの返事を聞くより早く、所謂お姫様抱っこで彼女を抱きかかえた。

 エリスティアさんが今の話を断るのは、彼女の性格からして予測できる。だったら、断られる前にスイーツ店に入ってしまえばいい。

 一度店内に入れば、エリスティアさんも断れないだろう。


「おおおお降ろせ! 降ろしてくれッ! 恥ずかしい! 恥ずかしいだろぉおお! 」


 腕の中でジタバタするエリスティアさんを無視して、俺は走り出した。お姫様だっこをする為にトレーニングをしてきたわけじゃないが、トレーニングの甲斐もあってかそこまで辛くはなかった。


 数分で店前に着く。

 俺はお姫様だっこをしたまま店内に入り、そこでエリスティアさんを降ろした。


「貴様というやつは…………ッ! 恥かしいだろ!」


「まあまあ、落ち着いて」


「本当に恥ずかしかったんだぞ!」


 ぷくっと頬を膨らませたエリスティアさんが、うーっとこちらを睨んでくる。その姿が、これまた可愛らしいのなんのって。


「ふふふ、二名様ですよね? 席まで案内いたします」


 俺とエリスティアさんのやりとりを見ていた店員さんは優しい笑みを浮かべると、席まで案内してくれる。

 エリスティアさんは、渋々といった感じではあったが付いて来てくれている。

 店員さんに案内されて着いたのは奥の方の席で、奇遇なことに暮葉と一緒に来た時に座った席だった。席に座って、早速メニューに目を通す。


「エリスティアさんは何にしますか?」


 と聞いて、メニューを見せると、エリスティアさんの指がススーッとメニューの上を滑り、止まる。


「……私はこれにする」


 指が止まったのは、梅ジュース。

 選んだ理由は、聞かなくてもわかる。おそらくは、この間俺が梅ジュースを頼んだ時と同じ理由だろう。


「じゃあ、俺はこのチョコレートケーキにします」


 このチョコレートケーキは、以前暮葉が頼んだチョコレートケーキと同じものだ。チャレンジ精神を発揮して、下手に口に合わないものを食べるよりかましだろう。


 二人とも決まったところで、店員を呼び、メニューを注文した。

 数分経って、二人ともの品がテーブル並べられた。

 フォークを取り出し、さっそくチョコレートケーキを口に運ぶ。

 分かりきっていたことだが、値段に見合った味をしている。


 エリスティアさんはというと、ストローで梅ジュースをチューッと吸いながら、羨ましそうな視線を俺にではなく、チョコレートケーキに向けていた。

 そんなエリスティアさんを見て、俺はフォークを置く。


「あの、俺そこまで甘いの得意じゃないんで、残り食べてくれませんか?」


 と、提案してみる。

 最初から、こうしようと思っていた。


「そ、そういうことなら……食べる」


「はい。お願いします」


 エリスティアさんは、チョコレートケーキを俺から受け取ると、新しくフォークを取り出して、一口食べる。

 すると、たちまち笑顔になった。

 顔を綻ばせて、次から次へとチョコレートケーキを口に運ぶ。


「なんだこのチョコレートケーキは! 凄く美味しいぞ!」


「それはよかったです」


 それからエリスティアさんは黙々とチョコレートケーキを食べ、俺が八割残したチョコレートはものの数分でなくなった。


「ふぅ、凄く美味しかったぞ!」


 満足そうに、エリスティアさんはにっこりと笑う。


「それじゃあ、食べ終わったことですし。エリスティアさんは次、どのあたりを見て回りたいですか?」


「……その前に。その丁寧語と、長ったらしくエリスティアさんと呼ぶのを辞めてくれないか? 私たちは同年代だぞ。だから、エリスでいい。そもそも初対面の時は丁寧語じゃなかった癖に」


「じ、じゃあ、エリスって、よ、呼ぶよ」


 俺自身、エリスティアさんと呼ぶのは、長ったらしくて少し面倒だった。ただ、急にエリスって呼ぶのは、なんか恥ずかしかった為にそう呼ばなかっただけだった。

 丁寧語で会話していたのは、エリスが俺の始まりとも言っていい存在だから。

 まあ、エリスが止めてくれと言うのなら、止めよう。


「よし、彼方。次は大きな公園にいくぞ!」


 エリスはそう言うと、いってもたってもいられない風に立ち上がる。


「あれ? 俺、名乗ってましたっけ?」


「キョーカから聞いた! それじゃ、公園まで案内してくれ彼方!」


 何はともあれ、エリスが元気になったみたいで良かった。

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