第12話 「最強と最弱の一日」
「んあ…………」
ペシペシと軽く頬が叩かれた気がして、目が覚めた。
「朝ですよー。起きてくださーい彼方先輩」
眠た目を擦りながら、ソファーから身を起こす。
「朝ごはん作っておきましたから」
「朝ごはん?」
料理できたっけか?
「カップ麺ですけどね。えへへ」
「十分だよ、ありがとう」
今日は日曜日、休日だ。時刻は、午前八時。
カップ麺を食べながらタブレット端末を起動して、今日一日の予定を遂行すべく蓮城先生にメールを送った。
今日は、蓮城先生にお礼をする日だ。
数分経って、蓮城先生からメールの返信がきた。
『今、南居住区のちゃんとした家にいるから、お礼がしたいならここまで来るように。住所は別に送っといたぞ♡』
だから年齢を考えてくださいよ、蓮城先生。
そもそも語尾にハートって、今頃の若者でもあまりしませんよ。
俺はカップ麺の残りの麺を食べ終え、急いで身支度を整える。
着ていく服は、暮葉が選んでくれた服でいいだろう。
靴は、昨日トレーニングシューズとは別に買ったやつを履く。
「あれ……? まさか外に出るんですか⁈ しかも普通の格好で!」
「だから、俺が引き篭もりみたいに言うな!」
「ま、待ってくださいよ先輩。ついでに私も、家に帰ります」
と言って、香夏はいそいそと身支度を始める。
程なくして。
「お待たせしました」
と、昨日の余りのお菓子を全てレジ袋に詰めた香夏が現れる。
……お菓子くらい別にいいんだけどね。
「それじゃあ先輩、また明日」
「ああ。また明日」
今日の早朝ランニングはお休みということで香夏には伝えてある。今日のノルマは、夜に一人で達成しておこう。
蓮城先生から送られてきた住所に従って、南居住区にあるという蓮城先生の正規自宅を探す。
「ここら辺なんだけど……。このマンションかな?」
目の前にそびえる高級そうなマンションに、俺は足を踏み入れた。にしても、蓮城先生が保健室でないちゃんとした家を持っていたことに驚きだ。
蓮城先生とは長い付き合いだが、そんな話は一度も聞いたことはない。
とりあえずエレベーターに乗り、八階まで行く。
送られてきた住所では、この階の八○二号室に蓮城先生は住んでいるはずだ。
八○二号室の前に着くと、見計らったかのようにピロリンッとタブレット端末のメール受信音が鳴る。
『鍵は開いてるから、勝手に入って』
蓮城先生からだった。
八○二号室のネームプレートを確認してみると、しっかり『蓮城』と書かれている。どうやら、この部屋で間違いなさそうだ。
勝手に入っていいとのことだから、インターホンを鳴らさずにドアを開けて、部屋の中に入った。
「お邪魔します」
玄関で靴を脱いで部屋の奥の方へ進み、リビングに繋がっているであろう扉に手をかけて、開いた。
「蓮城先生、います………………え?」
まず、目を疑った。
俺の目の前には、なぜか彼女がいた。
現学園最強のエリスティア・レイヴァレリウス、彼女が俺の目の前に半裸同然の下着姿で立っていた。
決して大きくはないが美しい形をした胸、白く透き通った肌、綺麗な曲線を描く腰周り。そして、それらを包み込む黒色の下着。
吸い込まれるように、俺はその姿に見惚れた。
「んなっ⁉︎ なっ⁉︎ 」
エリスティアさんは驚愕に目を見開くと共に、素早くしゃがみ、丸くなって自身の体を抱きかかえる。
さすが学園最強、対処の素早さは一流だ。
「ななな、にゃんで君が此処にいるんだ! 」
「な、何でって言われましても。蓮城先生に会いに来たとしか。というか、なんでエリスティアさんが此処にいるんですか?」
「そりゃ、私は此処に住んでいるからな。此処にいるのは当然だろう」
「住んでるって……。ここ、蓮城先生の自宅ですよね?」
「つまり、キョーカの家に居候しているということだ」
まあ、キョーカというのは、蓮城先生のことだろう。
それは置いておき、
「蓮城先生は不在なんですか?」
「そ、それより、少しあっち向いててくれないか? 着替えられないだろ」
「すいません!」
俺は慌てて後ろを向く。
「絶対に、こっち向くんじゃないぞ」
エリスティアさんにそう言われてから数分経った頃。
「もうこっち向いても、大丈夫だ」
言われて振り向くと、目の前には女神がいた。
訂正しよう。女神のように美しく可愛らしい、絶世の美少女がいた。少しの間、呆気にとられて言葉が出ない程に、エリスティアさんは美しかった。
「じ、ジロジロ見るな! 恥ずかしいだろ……。くっ、いつもはこんな、ふわふわした服は着ないというのに……!」
「え? なら、なんで今日はそんな服を着てるんですか?」
男と会うのか? もしそうだとしたら、今からその男をぶっ飛ばす。
「よくわからんが、キョーカが今日はこれを着ろと言ってきたんだ。居候している身の私はキョーカには逆らえん。仕方ないが、これを着るしかない」
「どうして今日に限って、蓮城先生は服を指定したんでしょうかね?」
「くぅ、私にはわからん。うう……、笑いたいなら笑えばいい! どうせ私には、こんな服は似合わないんだからな!」
ふわふわした服を着ていることがよほど恥ずかしいのか、エリスティアさんは羞恥に顔を紅潮させている。
確かに、強くて凛々しいエリスティアさんのイメージに合わない服かもしれない、でも……。
「今のエリスティアさん、とっても可愛いですよ」
言葉にした瞬間、静寂が流れた。
いらぬことを言ってしまったか、そう思った時だった。
「わ……」
「わ?」
「わわわ、わ、私が可愛いというのは本当か⁈ 本当なのか⁈ 」
「おわっ⁉︎」
両肩を捕まれ、ぐぐぐっとエリスティアさんが詰め寄ってきた。
トスンッと背中が壁に当たる。
「嘘なんかついてませんってば。本当に可愛いですから、もっと自信持ってください」
「本当だな! 嘘ついたら、島流しだからな!」
「本当に本当です!」
と、俺がそこまで言うと、エリスティアさんは俺の言っていることをようやく信じてくれた。
そして、「ど、どこら辺が可愛い?」と回答に困る質問をエリスティアさんがした時。またもや、ピロリンッとメール受信音が鳴る。
送信元は言わずもがな、蓮城先生だ。
『エリスティアに街案内してやってくれ。これが、私へのお礼ということで、よろしくね♡』
「…………はい?」




