第11話 「香夏②」
年頃の女の子が一人で男の部屋に入るのは、あまりよろしくないことだ。それに、俺自身が平気でいられるという確証もない為、最悪の場合よろしくないことが起きる可能性も十分にありえる。
だから、当然断るつもりだったのだが。
どうしても行きたいという香夏のしつこい懇願の末に、結局俺が折れてしまった。
「おおー! ここが彼方先輩の家ですか! ……ボロいですね」
「ボロくて悪かったな」
錠を開け、建てつけの悪いスライド式の扉を開いて中に入る。
歩くたびにギシギシッと、床のきしむ音がこれまたボロさを一段とアピールしている。このウグイス荘は家賃が物凄く安い、多少ボロいのは仕方のないことだ。
ふすまを開けて部屋の奥へと進むと、ちょっと広めのリビングがある。そこのテーブルに、ここへ来る前に買ったお菓子等が詰まったレジ袋を無造作に置いた。
確かレジ袋には食材も入っていた気がする。
手料理でもふるまってくれるのだろうか。
「ふぅー……。バス停から一時間も歩くなんて、大変じゃないですか? あと、ポテチ開けますね」
バリッ、と乾いた音が鳴る。
そこら辺に転がっている座布団を尻にひいて、さっそく香夏は買ってきたばかりのお菓子を食べ始めていた。自由人かよ。
俺はそんな自由人の手元から、ポテチの袋をかっさらう。
「な、何するんですか⁉︎ 独り占めはいけませんよ先輩!」
「違うわ! 夕飯前にお菓子を食べるなってことだよ」
「じゃあ先輩、私は夕飯を所望します。その間、私は先輩を応援してますから」
「……へ? 俺が作るの?」
「私、料理できませんもん。言ってませんでしたっけ?」
きょとんとした顔で香夏は言った。
「言ってないよ!」
「まあまあ、落ち着いてください先輩。そして私の為に料理を作ってください。ファイトですよ!…………ふぎゃっ!」
にこやか笑顔で親指を立てる香夏。その憎めない可愛らしい笑顔を見ていたら、なんかどうでもよくなってしまったが、とりあえずデコピンをしておいた。可愛らしい笑顔で骨抜きにされたかけた、せめてもの抵抗だったのかもしれない。
「そもそも、お前が食材を買ってたじゃんか」
「お菓子ばかり買うのもアレなので、なんかテキトーに買っただけです。カモフラージュですよ」
なんて迷惑なカモフラージュだ。
「……しょーがない。俺が夕飯を作ってやるよ」
腹をくくり、我、キッチンに突入す。
とは言え、ほぼ毎日夕飯をカップ麺で済ませている俺が、美味しい料理を作れるのかといえば、答えはノーだ。
ただ、美味しいがどうかは置いといて、料理自体はできなくもない。
「冷蔵庫に何かあったっけか?」
香夏がテキトーに買った食材では心もとない為、冷蔵庫を覗いた。
……何もない。調味料はあるが、食材はない。
いや、最初から期待していなかったし、わかっていたことだ。
「じゃあ、夕飯は野菜炒めかな」
あとカップ麺。
カップ麺なら有り余っている。
さっそく、テキトーに買った食材である野菜をテキトーに切り、テキトーにフライパンにぶちまけて、テキトーに強火で炒める。
いい感じの所で調味料や胡麻油を加えて終了。
野菜炒めを作っている最中に沸かしておいた湯を、カップ麺に注ぐ。
「できたぞ」
「見事に野菜しかないですね……。くぅ、お肉を買っておけば……ッ!」
「あとはカップ麺なんだけど。味噌と塩、どっちがいい?」
保健室で塩カップ麺を食べて以来、塩味のカップ麺も悪くないと思い、現在俺の家には塩と味噌の二種のカップ麺が買い置きされている。
「塩がいいです」
三分待ち、ひよこタイマーが鳴る。
「いただきます」
「いただきまーす」
さっそく香夏は、俺が作った野菜炒めを口に運んだ。
「……普通ですね」
「普通で悪かったな」
そんなこんなで、特に面白味のない会話をだらだらと続けながら食事を続けること三十分。
互いにカップ麺を食べ終え、野菜炒めもなくなった。
「彼方先輩。お菓子……ポテチ返してください」
「はいよ」
湿気らないように、輪ゴムで縛っておいたポテチ袋を投げて渡す。
「せんぱーい、何かゲームとかないんですか?」
「ボードゲームならあるぞ」
「どんな?」
「人生ゲーム」
◆◇◆◇◆
「やったー! 一着でゴールです。先輩も早くゴールしてください」
「も、もうゴールしたのか⁉︎ まだ、あと20マスくらいあるんだけど」
「先輩って、こういったゲームでも負けるんですね……」
「くっ……。俺はもうダメだ」
さっきから、三マス戻るという指令が書かれたマスに止まってばかりで先に進めていない。というか、三マス戻るってなんだよ。人生ゲームっていうのは、いわば人生なんだろ。人生は後退できないもんだから、三マス戻るなんてマスを作ってんじゃねえ。
「なら人生ゲームはやめて……」
「と、トランプだ! トランプで大富豪をやろう!」
数分経ち。
「なんで勝てないんだぁああああ!」
三戦やって三連敗。香夏は、まるで俺の手札を透視で見ているかの如く強かった。
「先輩、いろいろと顔に出やすいですから、なにがしたいのかわかっちゃいます」
「つ、次はババ抜きをしよう」
数分経ち。
またもや三戦三敗。
「なんで勝てないんだぁああ!」
「だから顔に出てるんですよ先輩は。ババを掴むと必ず、ちょっとにこやかになるんですもん」
やはり顔に出てしまっているのか。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「まだだ。まだ勝てないと決まったわけじゃない。次は、しりとりで勝負だ!」
こうして勝負を続けていたら、いつの間にか短針は十二時を指していた。さっきから香夏はあくびばかりして、目頭に涙がたまっている。
そして、
「先輩、おやすみなさい……」
そんな言葉を残して、コロッと香夏は眠りについた。
結局、一度も勝利できなかった。ここまでくると、俺が弱いのではなく香夏が異様に強いのではないかと思えてくる。
「俺も寝よう。…………こんなとこで寝かせてたら、風邪引くな」
香夏を持ち上げ、俺の部屋に連れて行く。
決して、やましいことをしようというわけじゃない。
香夏を俺のベットの上に寝かせ、俺はリビングに戻るとリビングのソファーに体を横たえる。
「明日は明日で、また大変だ」
俺は明日に備えて、眠りについた。




