第9話 「暮葉」
午後の授業をサボった俺たちは、西側商業区にてスイーツ店巡りを敢行した。甘いのが苦手な方ではない為、気持ち悪くなってしまう心配をする必要はない。それよりも財布事情が心配になってくる。
いつ決まったのやら、今日は俺の奢りらしいからな。
「っで、何処に行くんだ?」
「まあ、私がいつもいってる所には行くつもり」
「そ、そこは高い店か?」
「…………」
無言で親指を立てる暮葉。おい、それは何を意味しているんだ。
高くないから大丈夫という意味なのか?
それとも、勿論お高い店だよという意味なのか?
言葉ではっきり言ってくれないと、わかんないよ!
「なに突っ立ってんの? このお店に入るんだから、はやくしてよね」
「な、なあ? ここは高い店なのか? …………あれ、聞いてる? 俺の話、聞いてます⁈」
俺の質問に答えることなく、暮葉は足早に店に入っていく。
外面からして、いかにも高級そうな店だ。
ほぼ毎日カップ麺ということもあり、貯蓄を含めた金銭面で困ることはないのだが、本音ではあまりお金を使いたくない。
できれば、財布に入っている金だけで済ませたいものだ。
とりあえず、店前で突っ立ってるのも営業妨害になりかねない為、店の中に入る。
入ると、奥の方で暮葉が小さく手を振っているのが見えて、そこに向かう。
「これがメニュー」
手渡されたメニューを広げて、ざっと見渡す。
「…………高っ!」
思わず声が大きくなってしまう。いやいや、絶対にゼロの数間違えてるって。それとも今時の女子は、こんなスイーツを好んで食しているのか? そうだとしたら、とんだブルジョワじゃないか。
「いつもこんなとこ来てんのか?」
「そんなわけないでしょ。誕生日とか、そういった記念日にしか来ない」
「あれ? 今日って、何かの記念日だっけ?」
まあ、おそらく俺の奢りだから来たのだろう。
「…………なに言ってるの」
「ん?」
「今日は私の、誕生日なんですけど…………っ!」
「…………へ?」
「まさか、覚えてなかったとか?」
「いやいや、覚えてましたとも! 家のカレンダーに印をつけておいたから、忘れるはずかないよ!」
やばいやばい。完全に忘れてた。
そもそもカレンダーに印なんてつけてないっての!
「へー、カレンダーにね……。まあ、覚えてるって言うなら、いいけどさ」
と、言うと暮葉はメニューに目を落とした。
なんだか知らないが、切り抜けることができたようだ。
「それじゃあ私は、このチョコレートケーキにする。彼方は?」
「俺は……この、さっぱり梅ジュースにするよ」
「せっかくスイーツ巡りに来たのに、梅ジュースってなんなのさ!」
「なんだよ、梅ジュース馬鹿にしてんのか? 言っとくけど、梅ジュース美味しいからな!」
それに、水を除いてこの店で一番安いしな。
◆◇◆◇◆
梅ジュースは美味しい、の一点張りを続けた結果。
俺が梅ジュースを頼むことを、渋々ながら暮葉は了承してくれた。
そして、呼び鈴を押しから二分程度経って店員さんに、暮葉のチョコレートケーキと俺の梅ジュースを頼むと、あまり時間はかからずに二人ともの品が出てきた。
「梅ジュースって美味しいね」
チューッと、ストローで梅ジュースを飲む暮葉。
「まって⁉︎ それ俺の頼んだ品なんですけど⁈」
「まぁまぁ、落ち着きたまえよ。うひー、すっぱーッ!」
暮葉が喜んでるのなら……
「…………いいけどさ」
俺は完全に忘れていたが、今日が暮葉の誕生日というのなら、暮葉が喜んでくれるのが一番に違いない。
「それでだ。この後、行くお店とかは決まってるのか?」
「いーや。まったく決まってないよ。それよりほら、私のチョコレートケーキを、少し分けてあげようぞ!」
ススッと前から送られてくる、チョコレートケーキがのった皿。
俺は新しくフォークを取り出して、ケーキの隅を少しだけいただいて、ケーキを暮葉のもとに戻す。
「うん。美味しいな」
「お高い店だからねー」
と言いつつ、暮葉はペロリとチョコレートケーキを食べ終える。
お高いんだろ? もっと味わって食べようよ。
「それじゃあ、次は服を買いに行こうか」
「なぬ⁉︎」
「安心して。買うのは私のじゃなくて、彼方の服だよ。今は制服だからいいけどさ。どうせ家には、外出る用のちゃんとした服なんてないんでしょ」
「いや、あるし! ……ジ、ジャージとか」
「それは、外出る用のちゃんとした服って言わないの!」
「むう……」
家でも外でも普通に着れるジャージは、俺は最強の服だと思うんだけどな。まあ仕方ない。ジャージ愛好家としての道を歩むことは、来世に期待するとしよう。
「よし。そうと決まれば、はやく行くよ!」
「お会計済ませるから、ちょっと待って⁉︎」
というわけで、服屋。
ここは特に高級そうな店でもなく、全国にチェーン展開しているごく普通の服屋らしい。この店は広く知られていると暮葉は言うが、基本ネット通販でジャージを購入するだけの俺は、まったく知らなかった。
「へー。それほど高くないな」
「それじゃあ、とりあえずこれとか着てみてよ」
いつの間に見繕ったのか、暮葉は両手に服とズボンを持っている。
俺はそれらを受け取り、試着室に入った。
パパッと着替えて、
「ど、どう?」
「まぁ、いいんじゃない。じゃあ、次これ」
と、新しい服が手渡される。
なんだが長引きそうだ。
さらっと着替えて、
「ど、どう?」
「うーん、いまいち。次これね」
この後、三十分程このようなやりとりが続いた。
そうして空が少しだけ赤みがかってきた頃。
「ど、どうかな?」
「いいじゃん! それなら問題ないよ!」
「ふぅ。……やっと終わった」
「お疲れ様。それじゃあ、それ買って次の店に行こう」
「あいよ」
このぶんだと今日は夜まで買い物だろう。
まあ、たまにはこういうのもいいかもしれない。
などと考えながら、暮葉がいつの間にか持ってきた暮葉用だと思われるカーディガンと、俺の服の会計を済ませる。
「これからどうすんの?」
「ノープラン! まぁでも、今夜は寝かせないぞ……ッ!」
ふぅ、やれやれ。今日は長い夜に、なりそうだ。




