プロローグ:敗北の帝王
『また負けるのか、俺は』
◆◇
無敗神話ってのは、よく聞くよな。
なら、無勝神話って聞いたことあるか?
普通の環境じゃあ、まず聞かないはずだ。
そもそも敗北というのは話題性に欠ける。確かに、今まで勝ち続けてきた奴が負けたのなら話題性はある。だが、今まで負け続けてきた奴が敗北したのなら、話題性もクソもない。
『ああ、こいつ、また負けたんだ』、とみんながみんな口を揃えて言って、はいおしまい。
そんな話題性に欠ける無勝神話の記録を、誰に頼まれたわけでもなくせっせっと更新中なのが、ナチュラルボーン敗北者である、この俺だ。
俺の無勝神話は、小さい頃から更新され続けている。
例えば、小さい頃の徒競走でも、じゃんけんでさえも。
俺は、一度たりとも他人に勝ったことがない。
じゃんけんをする時は、グーでいいのかそれともチョキか、はたまたパーかで悩み続け、『出さなきゃ負けよ』というじゃんけんの前置きの効力によって敗北。そうでなくとも、普通に負ける。
徒競走の時は、俺が足遅いせいで負ける。
そうして負けるたびに、ジェットエンジンで加速するように自信を無くしていって、努力なんてすることもなくなった。
そんな俺は、今だって敗北しそうになっている。
いや。負けると断言できる。
それが敗北の帝王である俺の、
ハートフル(ボッコ)な日常だからだ。
「あんたは強いな」
戯れに、今まさに自分を負かそうとしている目の前の少女、銀白色のロングヘアーを揺らす異国の美少女に向けて、俺は言葉を投げかけた。
「貴様……! なぜ能力を使わない! 能力を使いさえすればまだ勝敗はわからないだろ! 何があんたは強いな、だ! まだ私は殆ど何もしていない!」
少女は怒気のこもった目で俺を睨みつけ、両手に握られた二丁の蒼白の拳銃をつきつける。
「……俺が負けるのは、俺が一番知ってる。全てにおいて自信のない俺だけど、唯一これだけは自信が持てるんだ。そういう人生を歩んできたからな。どうせ負けるんだから何をしても意味はない。だから何もしないことに決めた。今日この対戦を初めとして」
そう言い切って、力のない笑みを浮かべてみせた。
俺クラスの敗北者になってくると、必然的に自分が負けるとわかってしまう。我ながら、よくここまで敗北を極めたもんだ。
さあ、呆れろ。
呆れた果てに、俺に暴言をぶち撒けろ。
美少女に罵られるなら本望だ。
というか、罵ってくれ!
しかし銀白色の髪を揺らす少女は、俺の期待とは裏腹に、
「……くっ、ふふふ。あっはははははは! これは滑稽だなぁ!」
快活に笑った。嗤っていた。笑いやがった。
「貴様がどんな人生を歩んできたのか私は知らない。でも、貴様の言葉から察するに、相当酷い負け犬人生だったのだろうな! だから今回の私との対戦にも負けると……」
「まあ、そうだよ」
「……………………ふざけるなよ」
声音は低くなり、少女の俺を見る目は酷く冷たいものに変わった。
ゴミを見るような目。
ただ、今までにも散々そのような視線を向けられてきた俺にとって、今更その程度では興奮しない。
敗北の帝王の名は、伊達ではない。
それに、今までに何度も出会ってきた光景だ。
大抵の奴は毎回決まって侮蔑の言葉を浴びせてくる。そのおかげでメンタルだけは、マゾ属性だけは人一倍強くなってしまった
【さあ、俺を罵ってくれ。軽蔑の眼差しを向けながら負け犬と罵ってくれ。えーと、こういうのを、我々の業界ではご褒美ですぅぅぅっ! って言うんだっけか?】
今となっては、こんな変態的な思考が頭の中で渦巻いている。
だから今回も余裕で乗り切れると、へらへら笑っていられると思っていた。
なのに、
「なんだ、貴様は悲劇の主人公だとでもいうのか? 今まで散々負けてきたから今回も負ける? 貴様はまだ何もしてないのに、自分が負けると決めつけるのか? 自信がないんじゃない。お前のそれはただの逃避だ。貴様は何か勝つ為の努力をしてきたのか? どうせ負けると、自分に言い聞かせて何もしてこなかったんだろ。 負ける運命だの自信がないだの、結局は貴様の努力不足だ! 努力してない貴様が、努力している周りの奴に勝てる道理はない!」
少女の口から荒々しく吐き出された言葉は、俺の胸を強く震わせた。
少女の怒号とともに発せられた言葉の一つ一つは、誰が聞いても当たり前のことで、特別何か人の心を打つような事を言っているわけでもない。
なのに俺の心には、その一つ一つが深く突き刺さっていた。
「貴様は悲劇の主人公である自分に酔っているだけの、ただの愚か者でしかない!」
ズキッと、心が痛む。
ぜんぜん、気持ちよくない。
むしろ心が痛すぎて、涙が出そうだ。
あ……、もう泣いてる。
正直、どうして涙を流しているのか俺自身もわからない。
少女の言葉の何がここまで自分の胸を震わせたのかわからない。
と、自分に言い聞かせて平常心を取り繕おうとしているだけで、本当は嫌という程わかっている。
俺に関わってきた多くの人間は、何をしても無駄という俺のどうしょうもない性格に辟易し、説教しよういう人はいなかった。大抵は、軽蔑の眼差しを向け、侮蔑の言葉を吐いてくる。
それが、最高に気持ちよかった。
更には、関わること自体が面倒臭いのか、教師でさえも俺に関しては距離を置いて放任している。話しかけても、無視される。
それも、最高に気持ちよかった。
だが、この少女は違う。
ぜんぜん、気持ちよくない。
それは少女が『留学』してきたばかりで、俺の存在を初めて認知した為だったのかもしれないが、それでもやはり少女の言葉は違った。
軽蔑の眼差しを向けて侮蔑しているのは、他の人間と変わらなかったが、唯一初めて俺を怒鳴りつけ、説教をした。
怒られるのは誰だって嫌だし。悲しい気分になる。
初めて少女に怒られることで、負けることが日常となって涙の流し方を忘れていた俺が、久しぶりに涙を流してしまったわけだ。
今しがた説教してきた少女に問いかける。
「…………じゃあ、俺はどうすればいいんだよ! 戦う前から決めつけるな、だって? 今まで一度も勝ったことねえから、勝ち方なんてわかんねえよ! 負け方しかわかんねえよ! 今更こんな僕が負け犬人生レールから外れることなんて出来るわけないだろ! 俺に説教垂れるんなら、お前が俺に勝ち方を教えてくれよ! 臆病にならなくてすむ性格更生コースでも用意してくれよ! 勝利の味を教えてくれよ! 俺だって本当は、本当は! 勝ちたいんだ……!」
それは魂からの叫び。敗北の帝王の、俺の本当の気持ち。
誰だって負けるのは、嫌だ。それは、ナチュラルボーン敗北者の俺も例外ではない。
涙を流しながら叫び散らしてくる俺の変わりように、少女は少し驚きはしたがすぐに真剣な表情に戻る。その瞳には、もう侮蔑の色は残ってなどいなかった。
そして、二丁あるうちの右手に持つ拳銃を、俺の眉間に押し当てた。
「私はこの学園の頂上に必ず君臨する。だから貴様は、私のいる頂上を目指せばいい。その過程に、貴様の求めているものがあるはずだ。私は遥か高みで貴様を待つ。のし上がってくるといい、敗北の帝王よ。次このような場で貴様が私の目の前に現れた時、その時には、私に説教されない人間になっているといいな。
……まぁ、今回は私の勝ちだ」
キリキリと、拳銃の引き金が人差し指で押し込まれていく。
「……ま、待ってくれ!」
咄嗟に声が出ていた。
ここまできて命乞いとか、そんな醜い真似はしない。
ただ俺は、
「な、名前を、教えて欲しい」
少し間を置いて、美少女は口を開いた。
「…………私の名は、エリスティア・レイヴァレリウス」
「ぜったいに、忘れてやんないからな」
そう言って、俺がニヤリと笑うと、向こうもそんな俺を見てニヤリと笑い返してきた。
「ああ。ぜったいに忘れるな。胸に刻め」
その言葉と同時に、拳銃の引き金は完全に押し込まれた。
耳を劈く発砲音、全身に広がる痛み、揺らぐ視界、遠のく意識。
今日も今日とて、平常運転。
俺こと、夢岬彼方は今日も負けた。
『嗚呼、また負けたのか、俺は』