第3話:我が家のおばあちゃん
7月、今日も太陽はぎらぎらギンギン中学生になった私を焦がしてくれる。
「あんせ、暑さよ!」
内輪をばたばた、扇風機超強風で、我が家のおばあちゃんはいつも同じセリフ。
「じゃあクーラー買えば?」
すかさず私が突っ込むと、
「どっからそんなお金持ってくるね!」
確かに、我が家の大黒柱は母親一人。なので私も、自分のこづかいは自分でと、夏休みの間近所の畑でアルバイトを始めたのだが・・・
「ダァ〜、あんたのバイト代で買おう」
ばあちゃんの思わぬ言葉にハッとする。
「あ!宿題しないと」
そそくさと自分の部屋に戻る私。
「宿題なんてしたことないくせに。フラーグワァ〜」
ドアの向こうでヤジが飛んでいるのを横耳で聞きつつ、猫のミーコとイチャイチャ。ミーコとのラブモードにも飽きだした頃、
「グ〜・・・」
今度はお腹の虫が鳴いた。
ガチャ・
「おばあ、お腹空いた」
「ハッセ、自分で作れ」
はいはい、いつもそうです。自分のことは自分でね。
冷蔵庫を開けると、何と野菜がない!ていうか何もない。からっぽである。
「おばあ、何もないけど」
「はあ?じゃあ畑で野菜取って来い!」
家の庭には、小さな畑がある。ほうれん草にかぼちゃ、芋、きゅうり、にがうりにプチトマトなど等。数は少ないが、いろいろな野菜が季節ごとに実っている。
しょうがないなと、スリッパを履いて庭に出た私。しかし!!レタスを取りに行こうと、畑に足を踏み入れたその時、私の目の前に大きなクモが!
「うぎゃー!?」
失神寸前になりながら絶叫したが、クモはびくともしない。蛇もけむしも何でも来いの私だが、どうしても駄目なものは唯一このクモの存在である。
南国沖縄のクモは、それはそれはデカイ。手の平サイズなんて裕に越している。私のキャシャな手の平の2倍はあるのではないかとビビッてしまうそのクモは、グロテスクに光って、毎年我が家の一本松にその姿を現す。そして今、大きな手足を伸ばして、私が巣に引っかかるのを今か今かと待ち伏せているではないか。
「よっこらせ。何ね?今の声は」
さっきまでテレビに夢中だったおばあちゃんがとことこ歩いてきた。
「ハッサビロイ、クモは何もしないよ」
そう言いながら、クモの下をくぐり抜けレタスのなる畑に入っていった。
いつも思うのだが、どうして年寄りはこんなに肝が据わっているのだろうか。何よりもクモの巣に引っかかる所を見たこともない。私なんて、しょっちゅう引っかかって死ぬ思いなのに。
「うり、これ洗ってから食べれ」
クモの巣をくぐって出てきたおばあちゃんから、腕いっぱいのレタスを手にとって、キッチンに戻った。
グチャグチャとレタスを手でもみもみ、お酢と醤油とツナを混ぜ合わせて出来上がり!
「おばあ、出来たよ。食べるか?」
ボールごとテーブルに持っていくと、
「おばあ、歯が痛いからいいよ」
そう、おばあちゃんの苦手なもの、それは歯医者さん。
「だから行けって言ってるのに」
「ううん」
この話をするといつも黙りこくってしまうのだ。
むしゃむしゃとボールごとレタスを食べ終えて、しばらくおばあちゃんと二人でテレビに見入っていると、
「郵便だよ」
ガラガラと郵便屋さんが入って来た。
「お茶飲んでいくねぇ?」
「ううん、さっきアガリグワァーの所で飲んできた。ありがとうね」
そう言って、手紙を置いて郵便屋さんが出て行くと、待ってましたとばかりの素早さで、おばあちゃんが手紙を開けだした。
「あい、町子からさぁ」
町子とは私の叔母にあたる人で、おばあちゃんの2番目の娘である。
封筒の中には、幾つかの子供の写真と一枚の手紙。
「あんなに大きくなって」
東京で暮らす孫の写真を見てはしゃぐおばあちゃん。その横で、同じ孫としてちょっと嫉妬心に駆られる私。
ソファに戻ってまたテレビを見始めていると、
「カアー」
カラスの鳴き声と一緒に夕日が落ち始め、カーテン全開の我が家に陽が差し込んできた。ジリジリジリ、夕陽が私を焦がしている。
沖縄では、昼間の真っ赤に燃える太陽も熱いが、夕陽もまた熱いのなんの。
「そろそろ、お母さんとお兄ちゃんも帰ってくるんじゃないねえ」
カーテンを閉めながら、おばあちゃんが独り言のように言った。
ころころしていて、愛想のかけらもない我が家の小さなおばあちゃん。庭に暮らす犬の山ちゃんと一緒に、毎日この家の平和を守っている。どうか長生きして、いつまでも憎まれ口を言っていて欲しいものだ。
しみじみ想う13の夏であった。
「何か言ったねぇ?」