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酔い闇亭シリーズ

あやかし町酔い闇亭へようこそ・ふたたび

診断メーカー4「あやかし町へ、いらっしゃい」http://shindanmaker.com/279875

から執筆した前作「あやかし町酔い闇亭へようこそ」続編です。

同じ登場人物は出てきますが、単独で読んでもたぶん大丈夫です。


2015.6.17 16:07

申し訳ありません、途中名前の間違いがあり訂正いたしました。

訂正より前にお読みいただいた方、大変失礼いたしました。

 絹波(きぬは)は少し冷めかけた燗酒をちびちび飲んでいた。

 ぴこぴこと動く三角の耳を守るように純白の長い髪を頭の上で雑に纏め上げているので、時折はらりと豊かな胸元へ後れ髪が落ちてくる。それを鬱陶しそうに肩向こうにかきあげながら、所々に花の描いてある格子柄の着物の袂も一緒に捲りあげる。

 絹波は細面に少し釣り目の女性だ。黙って微笑めば町ゆく男が皆見惚れるだろうに、いつも男勝りに着物の裾をたくしあげ、足には黒の股引に脚絆を履いている。

 要は、時代劇の岡っ引きのようなスタイルだ。ただし、純白のふんわりとした狐のしっぽつき。

 けれどその風情は妙に色っぽい。


 それなのにこんな騒がしい居酒屋の中でどの男も粉をかけてこないのには、2つの理由があった。


 ひとつは絹波本人の気性。

 すぱっと竹を割ったような性格だが、悪く言えば男勝りできついのだ。少なくとも一晩の夢や癒やしになるような相手ではないことは、酔い闇亭の客なら誰でも知っていることだ。



 そして、もう一つは……





 酒も好きだが、むしろ今日は肴を愉しみたい気分だ。たった今女給の桂が運んできた焼いた秋刀魚にすだちを絞り、ふっくらとした身を箸で大ぶりにつまみ取って口に運んだ。

 秋刀魚独特の芳ばしい香り、すだちのさわやかな香りが鼻腔を襲う。少しキツめに効いている塩は、なんとこの魚の脂に合うことだろう。噛むたびにじんわりと広がる旨味に頬が緩むほどだ。

 そこへキュッと酒を流し込むと、さらりと口の中がほどける。酒と肴、どちらももう1口と進んでしまい、絹波の口福はあっという間に終わってしまう。


 さて次は何を頼もうかと品書きを手元に引き寄せ吟味していると、ふとそこに影が落ちた。



「姉ちゃん、いい飲みっぷりだなあ。どうだ、俺と一緒に飲まねえか」


 髭面の優男が絹波のすぐ脇に立って机に手をついた。この酔い闇亭では見かけない顔だ。絹波は男をちらりと見ると、すぐに興味をなくしたように無視して体を斜に向けて男に背を向けた。


「んだよ、無視かよ。そうツンケンするなよ」


 しつこい。そう無言の抗議を体中から醸し出しているというのに男は一向に絡むのをやめない。


「悪いがね、兄さん、あたしゃ一人で飲みたいんだ」

「そう言うなって。すぐに楽しくなるさ。こんな別嬪が一人酒なんて勿体……な……」


 ところが突然男が固まった。不思議に思って絹波が見上げると、男の視線は店の出入り口の方へ向いている。

 出入り口には、酷寒地獄もかくやという目つきでこちらを睨みつけている男が一人。


「たか、じゅう? 露草小路の?」

「また余計なやつが……」


 なぜか震え上がっている男と対照的に、絹波はいまいましげに鷹十(たかじゅう)をにらみ返した。


「姉ちゃん、奴と知り合いなのか」


 髭面の男はおそるおそる小声で絹波にささやく。


「知り合いなんかじゃないよ! あんな性悪腹黒男」

「知ってんじゃねえかよ! 冗談じゃねえ、あいつの女に絡んだとあっちゃあ明日のお天道様が拝めねえよ!」


 男は鷹十が近づいてくる前にとっとと逃げて行ってしまった。





「なんだ、こんな時間から酒か。だから変な手合いに絡まれるんだ」


 その聞き覚えの嫌と言うほどある声に、絹波は思わず舌打ちした。声にはもうさっきまでの冷気は欠片も残っていない。ただ絹波を小馬鹿にしたようないつもの物言いだ。


「余計なお世話だ、鷹十。そもそも、この場にいるおまえこそ同じ穴の狢だろうが」

「俺ぁ仕事だ。詠信(えいしん)先生に頼まれた薬を届けに来たんだ。先生、ここで雷丸(いかづちまる)さんと飲んでるって言うから」


 ぎろりと睨みつけてやると、ふふん、と鷹十が鼻を鳴らして胸を反り返らせる。その様子が妙に似合ってしまう鷹十の美しさが憎たらしい。

 鷹十はからくり人形だ。年月を経て魂を得た、からくり人形。だからこそ、いっそ無機質なほどの完成された美しさを持っている。絹波とて美人ではあるが、決して鷹十に敵うとは本人も思っていなかった。

 肩ほどに切りそろえられた黒髪はうしろで一つにまとめられ、着物は小豆色の袴姿。きりっと凜々しく着こなして、手には商売道具の薬箱。そう、鷹十は薬屋だった。


「あたしだって仕事だよ。ここで山吹さんと待ち合わせてんだ」

「----へえ? 山吹と」


 鷹十の瞳がすっと冷たく細められ、絹波はなんだか雲行きが怪しくなったことに気づく。鷹十はすとんと絹波の向かいに腰を下ろすと、絹波の手からまだ半分ほど燗酒の残った猪口を奪い取り、ぐいっと一気にあおった。


「あ、おい」


 絹波は抗議したが鷹十はそれを無視する。


「人の酒を」

「おまえが飲み過ぎないようにしてやってるんだ、ありがたいと思え」

「んだと、このすっとこどっこい!」


 そこからぎゃあぎゃあと二人の言い合いが始まる。店の者も客も「ああいつものが始まった」とばかりに生暖かい目で見られていることに、二人は気がついていない。



「だいたい、文句ばっかりつけるなら絡んでくるなってんだ」

「おまえが俺の目につくところばかりにいるのが悪い」

「あんたが勝手に見てるんだろ! あたしが行く先々に湧いて出やがって」


 やいのやいのと言い合う二人を見る周囲の視線は生暖かい。そして「要するに気が合うっていうんじゃねえか?」という囁きも二人の耳には届かない。

 相当にお互い頭に血が上ってきたところで、やっと声がかかった。


「おやおや、賑やかだねえ。鷹十、乳繰り合ってないでちゃんとこっちに顔を出してくださいよ。頼んだ薬は持ってきてくれたのかい?」

「ちち……!!」

「あっ、詠信先生」


 二人の横に立っていたのは桜鬼の詠信、要は鷹十が薬を届けに来た相手だ。


「すみません先生、これ注文の品です。お確かめください」

「ああ、改めさせてもらうよ」


 ひい、ふうと確かめて、金子と引き替えに薬を入れた袋を受け取る。詠信は蒼空横町で医者を営んでいるのだ。


「じゃ、俺はこれで」


 呆気なく店を出て行く鷹十に、絹波は「べえ」と舌を出して見送った。


「おやおや」と懐で腕を組んで苦笑しているのは詠信ばかりではない。店にいる者皆がいつものふたりの痴話喧嘩だと思っているのを知らないのはおそらく当人たちばかりだろう。




 鷹十と入れ替わりで酔い闇亭の暖簾をくぐってきた若い男は、ふて腐れて桂にお銚子のお替わりを注文する絹波に「おっ」と眉をあげた。


「すんません絹波さん、遅くなっちまって」

「あ、ああ、山吹さん。いや、のんびり飲んでたよ」


 若い男----山吹はすとんと絹波の向かいへ腰を落ち着けた。


「ほら、これ。改めてくれるかい」


 そう言って絹波が懐から取り出したのは、小さな布包みだ。机の上に置かれたそれを山吹はそっと手に取り、包みを開く。


「おお、こりゃあ」

「ほう、素晴らしい出来だ」


 山吹が口を開く前に感心しきりという風に頷いているのは、いつの間にか山吹を囲んでいた詠信と雷丸だ。


「なんすか二人とも」

「そう口を尖んがらかすな、山吹。見事な細工だから見事だと言っているんだ。ねえ先生」

「そうだね。さすがは細工師・絹波の面目躍如と言ったところか」


 山吹の手にあるのは美しい櫛。深い飴色の木を削り出し、細やかな彫りが施されている。


「しかし山吹おまえ、こんな女物の櫛をどうするんだ。わざわざ注文してまで」

「雷丸、それは野暮ってもんですよ。細工を見ればわかるでしょ、ほら」


 詠信に言われてよく見ると、櫛に掘られているのは清楚な鈴蘭。彩色はされていないが、彫りの美しさだけで思わずため息が漏れる。


「ああ、なるほど。鈴蘭に贈るのか」


 雷丸の一言で山吹はしゅう、と湯気を噴くほどに真っ赤になった。

 そう、この櫛は大事な大事な、櫛に彫られた花と同じ名を持つ女性のために誂えた物。かわいい恋人のために。


「ありがとよ、絹波さん。これ、約束のお代だ」


 山吹が真っ赤な顔を隠すようにおたおたと懐から金子を取り出して絹波に渡す。絹波はそれをひいふうと数えて「確かに」と受け取った。それから自分の懐から財布を取り出し----



 ことん。



 何かが財布と一緒に飛び出して机の上を転がった。



「おっと」


 ちょうど自分の方へ転がってきたもので、山吹がそれをとっさに受け止める。

 それは小さな赤い独楽だった。


「へえ、独楽? これも絹波さんが作ったものかい?」

「ああ、いやこれはお守りみたいなものさ」


 山吹から独楽を受け取ると、絹波はそれを大事そうに懐へ仕舞った。


「昔、小さい頃に一番仲がよかった友達と交換こしたのさ。いつまでも仲良くいられるように、ってね。まああっちはもう忘れちまってるだろうけどな」


 早口でそんなふうに言い訳すると、絹波は立ち上がって「桂ちゃん、お勘定ここに置くね」と声をかけてさっさと酔い闇亭を出て行ってしまった。


「忘れちまってる、ねえ」

「そういえば奴も同じようなこと言ってたな。あいつは忘れてる、とかなんとか」

「ああ、あいつも持っていたねえ。白い独楽」

「なんだ、お互い勘違いしてるってことか。昔の思いを相手は忘れちまってると思い込んでるわけだ。こりゃあ、なかなか鞘におさまらないわけだ」


 後に残された詠信と雷丸が残念そうな顔で戸口を見やっている。山吹だけは訳がわからず「奴ってだれっすか」と絡みつき、二人に邪険にされていた。


「ああもう、見ていてじれったいったら。絹波さんと、鷹十さん」


 絹波が残していった金子を確かめながら、桂がため息をついた

お読みいただきありがとうございました。


2015.6.17 16:07訂正ぶん


誤)吟爾

正)山吹

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