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推しが押してくる  作者: 神尾瀬 紫
Fanciful and Unlealistic
6/15

6

 一夜明けて─

 静紅と紫づ花はアニメグッズ専門店にいた。

 平日とはいえさすがに本店はかなりの混雑だ。

 常にレジの前に出来ている列を横目に見て、紫づ花がうんざりしている。

 5階のオーディオ作品専門フロアでは、いつものように好き勝手に見て回っていた。

 紫づ花は、すでに持っているのについ、F.a.U GARDENのCDとDVDを探してしまう。

 そしてついでのように、廣崎叶多の歌うキャラクターソングなども探していた。

「見つかったよー。欲しかったゲーム。」

 そう言いながら近付いてきた静紅の手には、彼女が好きなシリーズのパソコン乙女ゲームと、CDが握られていた。

 そのCDに視線を落とす。

 Sな彼に台詞攻めにされる、とか言うことが書いてあった。

「静紅ちゃんがドSなのに、彼もSでいいの?」

 ほんの少しだけ冷めた目で紫づ花が見下ろしている。

「ねえさんいつも私のことドSとか言うけど、そんなんじゃないし。」

「え~。この間執事喫茶で大変なサービスを笑顔でやらせてたじゃない?」

「それは向こうにもお仕事だからさぁ~。」

 その甲斐あって美味しかったけれど。

 紫づ花が石田勝のCDを手に取って、戻した。

 F.a.U GARDENにハマる前に好きだった声優だ。彼の演技に憧れて声優の養成所に挑戦したと言っても過言ではない。

 他にも気になる声優はたくさんいるけれど、もう廣崎叶多以上に興味がわく人はいない。

 CDを見ては戻すということを繰り返しているうちに、会計を済ませた静紅が戻ってきた。

「ねえさんは廣崎さんの妄想CDは聴かないの?」

「聴かないよ。だって、私に話しかけてる訳じゃないもん。」

 そういうことに妙に冷めているのは小説を書いているせいか。

 狭い階段を下りて、4階フロアのグッズを見る。

「職場の友達にファナゲーのグッズ頼まれてるんだよね。知ってる?」

「ファナゲーならやっぱり白い頭のレイキだね。」

 レイキはクールで俺様キャラでもちょっとバカという、静紅の好みにピッタリのキャラだ。紫づ花は見た瞬間静紅が好きだろうなと思った。

「声は誰だった?」

 フロアをゆっくり見ながら話す。それがやはり楽しい。

「ん~と、大庭さんだね。」

「あ!そうか!」

 紫づ花が突然少し大きめの声を出したので、静紅が驚いて見上げた。

 その紫づ花は、バッグを漁りスマホを出す。

 するすると何かを探すように指を動かすとそれを静紅に見せた。

「この間、叶多さんが一緒に呑んでるって写真送ってきたの。この人大庭さんだよね。」

 見ると、男二人がいい笑顔でピースしている自撮り写真だった。

 改めて紫づ花の置かれた環境のすごさを認識する。

 そういえば昨夜会いに来た男は、声優としてだけでなく歌手としてもアニメ業界をはみ出す勢いの人物だった。

 そして紫づ花は、元々ただの1ファンだった。

 そりゃ、不安にもなるか。

 今になってちょっとだけ理解した。

「そういえばさ、昨日は驚いたよ。ホテルに来たって連絡もらってロビーまで行ったら、椅子のとこでぐったりしてるんだもん。珍しく酔ってたね。」

 そう話を振ると、気になるまんがのクリアファイルをためすがめつしていた紫づ花が、恥ずかしそうに苦笑いした。

「いやぁ、ちょっとのぼせ上がってたのか飲むペース早かったみたいでね。叶多さんがホテルまで送ってくれたけど、別れた直後グラッときちゃって。」

 ばつが悪そうに髪をすいている。

「ま、私の連れだって証明するためにもロビーまで迎えにいかなきゃいけなかったんだけどさ、まさかそこまで飲んでくるとは思わないじゃん。」

 しかも目元は明らかに泣いたような跡があった。が、それは心の中に止めておく。

「で、珍しくシャワーも浴びずにそのまま寝ちゃったね。」

「うん。ミネラルファンデだったからよかったけど、ごめんね、先寝ちゃって。」

 いやいやそんなこと、と静紅が手を振る。

 むしろいつも勝手に寝ているのは静紅の方だ。

 紫づ花は静紅にも気を使いすぎる。

「あ、あったファナゲー。どんなのがいいの?」

 静紅が指す先に目当ての物を見つけた紫づ花がホッとしたように笑った。

「あのほら、式神と言うか、妖精みたいなの、いつもフタバと一緒に戦ってる黒いの、なんだっけ?」

「あ~、黒い犬みたいなのね、ちっちゃいの。スーファだっけ?」

「そうそれ!そのスーファの人形とかあればいいんだけど。もちろん予算内で。」

 しかしそれらしいのはないので、それでもフタバとスーファが描かれたクリアファイルと、メインキャラ4人が一人一人描かれたメタリック栞4枚セットを選んだ。

「ああ、ここでも列か。なるべくなら並びたくないけど、仕方ないよね。」

 紫づ花がまたもやうんざりしながら列に並んだが、以外とスムーズに列が進みすぐに会計がすんだ。

「どうする?画材見る?」

 静紅が上目遣いで訊ねる。

 紫づ花は、あごに手を添えてウ~ンと唸った。

 時々彼女はおっさんくさい仕草をする。

「ん~、いいやぁ。最近全然絵を描いてないからさ、必要なものもわからないし。」

 絵よりも小説を書く方が忙しいらしい。

 その小説も、読者は静紅だけだ。それでも読んでくれる人のためにいろんな作風を出してくれる。それがまた、読書に関しては雑食な静紅にとってとても面白い。

「今度、司の絵を描いてよ。かっこいいやつ。」

 静紅がそう言うと、紫づ花は嬉しそうに快諾した。

 今日はこれで帰路に着くことにする。

 二人とも明日から仕事だからあまりゆっくりはしていられない。なんだかんだ言っても二人とも三十路である。簡単に疲れはとれない。

「それでさぁ。」

 電車を待つホームで静紅が話を変えた。

「昨日はしてなかったよね、その指輪。」

「ほぇっ!?」

 紫づ花の左手の人差し指に、幅の広いシルバーリングがはまっていた。明らかに男物だが、紫づ花は男物ブランドでも普通に利用するのでよくわからないこともある。

 しかし指摘された彼女は、持っていたビニール袋をガサガサと鳴らしながらそれをいじった。

「なんか、急にこれ預かっててって。叶多さんが中指にはめてたものなんだけど、私の人差し指にぴったりだった。」

 紫づ花はなにげに指の付け根が太いことを気にしている。指輪を買おうとしても、男性サイズになったりするのであまり持っていないらしい。

 静紅としては指先に向かってすっと細くなっているのは、節で引っ掛かるよりはきれいだと思うけど、本人にはそれはいらないようだ。

 いつも見ていた指輪。

 画像検索で出て来る写真も、ファンクラブの会報の写真でも、よくこの指輪がはまっていた。

 シンプルなただのシルバーリング。普通なら石なりドクロなり何らかのデザインがされる表面も、四角くカットされているだけだ。

 それでも叶多がつねに着けていたのは知っている。

 それが今紫づ花の手の中にある。

「あら?はめてくれた訳じゃないの?気が利かないなぁ。」

 指輪を渡された時の様子を聞いた静紅が、あからさまにがっかりした。

「いやいや、まさか男物だしはまるとは思わなかったんだと思うよ。」

 言いながら自分でショックを受けてるのがおかしい。

「ま、まぁね、今朝はちょっと指むくんでたからぴったりだったんだけど、今になったらちょっと緩いね。」

 人差し指が一番太いんだよ、とかざしてくれた右手は、確かに見た目で太さの違いがわかる。

「よかったじゃん。付き合うことになったの?」

 静紅が冷やかすでもなくまっすぐ訊く。

 紫づ花は、少し困ったような表情を残しつつも、はにかんで笑った。

「そう、だね。付き合うってことかな。」

 そして、線路越しの建物群に視線を動かした。

「口説かれてる自覚は・・・あったんだよね。」

 思わず『マジで!?』と叫びそうになるのを飲み込む。

 そんな連れの挙動には気付かず、コンタクトが合わないのか何度も目を瞬いた。

「初めて会って話して打ち上げ参加させてもらって、その時にもそれらしいこと言われてるし、毎日チャトって何でもない日常の報告してくるしカノジョがいないことを強調してくるし、今度はいつ東京に来るかとかよく訊かれたし、さすがにね、これは口説かれてるんだろうなと思ってたけど・・・」

 怖くてね、と言う言葉はほぼ声にならず、ため息のように秋風に溶けた。

「何が怖いの?」

「付き合って、すぐに飽きられるんじゃないかって。」

 静紅がその横顔を見上げる。

「飽きられないようにしてるじゃない?ねえさんのキャラたちは。」

 紫づ花が薄く笑った。

「それは創作だもん。あっちもこっちも私が考えてるんだから、努力は報われるようになってるの。でも、現実は読めないし。小説で書いてるほど私は他人を知らないし。」

 友達がいないと笑顔で語る自虐的な紫づ花。

 それでも。

「参考になるかわからないけど、私はねえさんと10年付き合ってきて、飽きるとか飽きないとかそんな関係じゃないと思ってるよ?」

 紫づ花が嬉しそうに笑った。

「うん、ありがとう、付き合ってくれて。」

 この表現はまだまだ自虐の域を出ない。

 静紅が肩をすくめた。

「でもま、ゆうべ話して、廣崎さんを少しは信じてみようかって思ったんでしょ?」

 手持ちぶさたにクルクル指輪を回している。その瞳はまだ迷いがあるようだけど。

「若くなくても良いって。」

 そんなのは当たり前だ。年齢で人を見ている奴なんか最低だ。

「私が良いって言ってくれた。1ヶ月チャトルで話して、私が良いって。癒されるんだって。」

 そこで、紫づ花は更に恥ずかしそうに続けた。

「先月一緒にカラオケ行った時の私の歌、録音していたんだって。それで毎日聴いてたって。」

「あ、そうか。その手があった。」

 急に静紅が思い付いたように声をあげたので、紫づ花が驚いて止まる。

「今度録音させてよ。あれ歌って、いつもの。」

「え、やだよ。静紅ちゃんみたいにうまくないからやだ。」

「え~、だってゆうべ暇だったから動画投稿しちゃったよ。良いって言ったし。」

「あれは、メインは静紅ちゃんだからいいの。私がピンで歌うのを録音するのは、ダメ。」

 そんなこんなを言い合っているうちに、電車が到着した。



 朝イチの仕事が終わって、次の仕事まで3時間ほど。

 叶多は同じように時間が空いた後輩声優とカフェで昼食を取っていた。

「叶多さんどうやってこんなおしゃれな店見つけるの?」

 看板メニューのホットサンドを咀嚼しながら、倉石陽翔が言った。

彼は現在人気No.1のイケメン声優だ。

 叶多はホットサンドから溢れるチーズに苦戦している。

「いろんな人に情報もらってるんだよ。いつでもデートで使えるように。」

「やっぱりモテ男は心がけが違いますな。」

「何言ってんだ。ヒカルこそ人気は一番じゃねぇか。」

 ファンが多いのとモテるのは違うという、典型的な二人が揃っていた。

 そういえば、と紙ナプキンで口許をぬぐった陽翔が話を変える。

「今日はいつもの指輪してないね、珍しい。忘れたの?」

 叶多が無言で左の中指を見つめる。

 本当は、あの重い指輪がないことでかなり心細くはあったのだが、あれを持っているのが紫づ花だと思えばむしろ嬉しかった。

 チーズとトマトの汁にまみれた手をおしぼりで拭く。

「なんだよ、気になんの?」

「だって、おしゃれには人一倍気を使う叶多さんがあの指輪をしてないなんてさ。」

 一旦、水で口をすすぐ。

「あれな、あげちゃった。」

「え?」

 陽翔がイケメンを崩すほどの驚きで目を丸くする。

「え、だってあの指輪、声優の初給料で買った思い出の指輪なんでしょ?いつでも初心を忘れないようにって。」

 そういえば陽翔には話してあったんだっけ。

 二人は共演することが多く、歌の共通点もあってかなりな仲良しだ。そして叶多自身も陽翔のパフォーマンスに惚れて、ファンを公言している。

 何年か前に、やはり仕事の後にみんなで食事をしていて、その時に偉そうに自分語りをした記憶がある。そんなのは今では穴を掘って埋まりたいくらい恥ずかしい記憶だが、彼は律儀に覚えていたらしい。

 叶多は小さくなったホットサンドを弄ぶ。

「もちろん大切な指輪だったけどさ、大切だからこそ持っていてほしいって思ったんだよ。」

「え、それって、星崎るり?」

「ゲホッ!・・・え?」

 とくに何か口内にあったわけではないが、思わぬ名前に唾液でむせた。

「あ、ああ、それは、元カノ。指輪をあげたのは、今のカノジョ。」

 ケホケホと軽く咳き込みながら訂正する叶多を、陽翔がうさんくさそうに見ていた。

「え?だって先月だよ?付き合ってるって聞いたの。それでもう違う人?」

「え、先月だっけ?」

 考えてみれば紫づ花に出会ったのは先月だ。たった1ヶ月前の事なのに、もう元カノの事がずいぶんと遠い。

 叶多が、柔らかく笑った。

「確かに今のカノジョと出会ったのは先月の半ばだけどな。そんですぐにるりとは別れて今のカノジョ一筋になったんだけどさ。」

 指輪のはまってない左手をかざす。

 移り気だと言われても仕方ない。1ヶ月でカノジョが変わっているんだから。しかし紫づ花に出会ってしまった。それがこのタイミングだっただけだ。

「この1ヶ月で一生懸命口説いててな。そのカノジョがアレを気にしてるって気付いて、思わず指輪を渡してた。」

 見たこともない優しい笑みを浮かべて叶多が語る。

 陽翔は不思議な気持ちで見ていた。

 本気にならない男だと思っていた。

 掴み所がなくて、本気をどこか茶化してしまうような、照れ屋な所がある。

 仕事では、見た目の派手なイメージとは違い、真面目に真剣に取り組んでいて頼もしい先輩だ。

 そんな人がこんな幸せそうにカノジョの事を語っている。

 そんな人にここまで言わせてしまう相手はどんな人なのか、ものすごく興味が湧いた。

「今度紹介してよ。」

 陽翔がそう言うと、

「えー、どうしよっかなぁ。」

 と叶多が笑った。

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