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推しが押してくる  作者: 神尾瀬 紫
Fanciful and Unlealistic
4/15

4

 紫づ花の挙動がおかしい。

 落ち合って電車に乗って池袋に出て、昼食摂りながらカラオケ。

 いつものコースをこなしながら、静紅が首をかしげていた。

 なんだか心ここにあらず、と言うか、ソワソワしている?

 いつにも増して勘違いや聞き間違いが多い。

 さっきもフラフラっと反対のホームに向かっていて呼び止めたらビックリした顔で『あれ?こっちに向かってなかった?』と言う。

 その視線の先には、静紅と似たようなストールを羽織った人の後ろ姿。

 しかしその人はショートカットだしパンツルックだし学生さんらしく大きなショルダーバッグをたすき掛けにしているし。

 髪をシュシュでまとめて、エメラルドグリーンのゴシックなワンピースドレスを着ている静紅とは似ても似つかない。

 ぼんやりしていて話も聞いてない。

 時々とんちんかんな返事もする。

 いつもなら自分から色々話してくれるのに。

 静紅はカラオケの端末機をいじりながら考える。

 ここに入ってから2時間くらい経つけど、ファウなんとかの歌を1曲も入れてない。

 メドレーになっちゃうよと言っていたのは、かのライブの前のチャトルだったか。

 やはりあのライブが境目だ。

 静紅はさりげなく水を向けてみる。

「あ、ねえさんはあれ歌わないの?ファウなんとかの歌。」

 ちっともさりげなくない。

 不意打ちのど直球を受け損ねた紫づ花がマイクを落とす。

 分かりやすい動揺。

 一度端末機に視線をやり、少し操作をする。しかしそのまま赤くなってやめてしまった。

 赤くなって?

 静紅が紫づ花をまじまじと見つめる。

 紫づ花は視線から逃れるようにあちらを向いてしまう。

「あ、ファウガーデンね。今日はちょっと、やめとく。」

「ふぅん。」

 約束通り黒地に赤の刺繍の入ったロングスカートと、これは普段着だと言う黒の無地のハイネック。そこにやはりスカートと同じブランドのロングベスト。

 女性の平均身長よりは背の高い紫づ花は、こういったハードな服装がよく似合う。

 静紅が得意な男性アイドルの歌を熱唱する。体を揺らしながらノッていて、時々一緒に口ずさむ。けれど時々いるような邪魔なほどの音量ではない。でも、こちらが音がわからなくなってしまった時には聞こえるように助け船を出してくれる。

 他の友達とカラオケをしたりするけど、実を言うと紫づ花と歌うのが一番気持ちいい。お互いに気兼ねなく勝手な曲を入れて自由に歌える事も魅力だが、一緒にハモれる歌があるのも良い。

 現在は2曲。元々デュエットだった声優ソングのハモりを覚えてくれたのと、紫づ花が昔好きだったビジュアル系バンドの歌に勝手にコーラスを付けたのと。

 やはりこれを歌わなくては終われない。

 二人会わせて10曲近く予約が入っている最後にその2曲を入れる。

 問題は、時間内にその予約をこなせるかどうかだ。


 カラオケの後は、レストランの予約の時間までブラブラとする。

 静紅が先日見つけたゴシックなデザインの洋服屋だ。

 紫づ花が熱心にアクセサリーを見ている。

「静紅ちゃんはピアスじゃないもんね~。」

「そうだね。」

「私、左のみ2つピアスでしょ?こう言う大きいのは2つあっても使えないんだよね。」

 そう言いながら手にしているのは薔薇に蝶が留まってチェーンが絡んでいる、少し大きいぶら下がるタイプのピアスだ。

 ちなみに今日の紫づ花のピアスは上に紫の玉、下に黒いクロスピアスがぶら下がっている。

「あ、でもこういうの、ブローチみたいにこういう感じで服に付けてもかわいいんだよね。」

「あ、それ良いかも。」

 二人であーだこーだ言いながらショップの中をグルグル回る。

 紫づ花がシルバーのパンツを手に取りながら、何か違うものを見る目付きをした。

「━━あのさ。」

「何?」

 静紅は白いワンピースを開いて見ている。

 その姿を見たまま、口を開いたり閉じたりした紫づ花が、

「あー、えっと、こんなシルバーなパンツどうかな?」

 明らかに話をすり替えた。

「えー?それはどうなんだろう?」

 答えながら静紅も、心の中で首をかしげる。

 何度目かの、言い淀む感じ。

 静紅が最初に気付いたのがカラオケの最中だから、もしかしたらもっと前からこんな感じだったのかもしれない。

 何か話があるけど、言い出せない。

 それならご飯食べながらでも問いただそうか。

 静紅がこっそりそう考えてる一方、紫づ花も食事中が最後のチャンスだと心に決めていた。


 一昨日の、日課になってしまった叶多とのチャトルで。

 [明後日だよね、東京来るの。ホテルはどこに泊まるの?]

 突然そんな風に尋ねられた。

 [池袋の、ビジネスホテル翡翠です。]

 [そっか。]

 一度それで切った叶多は、続けて大型の爆弾を投下してきた。

 [俺、会いに行こうかな。]

「は、はいぃ!?」

 会社の食堂で思わず妙な声を出してしまい、食事仲間に謝る。

 [何で会いに来るんですか?]

 [なんでって、会いたいんだよ、紫づ花ちゃんに。]

 心臓が止まるかと思った。息は確実に止まってた。

 [少し時間くれないかな。友達と遊ぶのも楽しいと思うけど、ほんの少しだけ、俺にも時間くれない?]

 叶多が畳み掛けてくる。

 紫づ花は、心臓が爆発しそうで呼吸もうまくできない。

 叶多の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 見ているだけで幸せな気分になれる素敵な笑顔が、自分に向けられる瞬間を夢想する。

 急に赤面し始めた紫づ花に、正面に座る酒井が声をかけた。

「彼氏とメールしてるの?」

 紫づ花がパイプ椅子の上で器用に飛び上がる。

「ひあっ‼か、か、彼氏だなんて、違っ、違っ!」

 真っ赤になったままちゃんとした言葉が出てこない様子をみんなが珍しそうに見ている。

 いつも落ち着いていて冷静で、仕事以外で大きな声を出すこともなく、穏やかに喋る紫づ花が動揺している。

 彼氏ではないけど、すごく好きな人なんだと言うのが簡単に伝わってくるその様子は、みんなを和ませた。



 叶多がふと顔をあげた。

 いつものように紫づ花の歌を聴きながら電車に揺られて、気が付くと池袋駅の近く。

 このどこかにいるのだろうか。

 窓の外に目を移す。

 まさかそこに彼女がいるわけはないし、例えいたとしても見えるわけはない。

 でもつい目が探してしまう。

 似た服装や髪型の人を見かけると、いつも心臓が高鳴る。

 今手にしてるのは、紫づ花が最近はまっていると言う作家の本だ。

 同じモノを感じたい。同じモノを見たい。同じモノを手にしていたい。

 まるで中学生の片想いだ。

 ―会えない時間が愛を育む―

 どこかで聞いたチープな言い回しが思考を掻き乱す。

 紫づ花の声があるフレーズを歌った。

 学生時代に流行ったガールズバンドの有名な曲。

 現在のアドレス帳はスマホの中にあって“Mのページ”なんてないけれど、それでもこの気持ちが痛いほどわかる。

 まさかこんなにダイレクトにまっすぐピンポイントで響くとは。

 薄く眉間にシワを寄せて目を閉じる。

 思い出せるのは。

 ライブの時の輝いた瞳の紫づ花。

 打ち上げの時の驚いた顔の紫づ花。

 困った笑顔の紫づ花。

 カラオケで歌う紫づ花。

 叶多の歌を嬉しそうに聴く紫づ花。

 そして、

 少し敵意のある紫づ花。

 それでもチャトルをすれば必ず返事は来る。

 とてもきれいな言葉で丁寧に。

 胸が疼く。

 もっともっと彼女を知りたい。

 もっと自然になってほしい。

 いつまでも他人ではなく、もっと近付きたい。

 たった今優先されてる女友達に嫉妬なんてしなくても良いくらい。

 手元の文庫本に目を落とす。

 多分その友達はとっくにこの本も貸してもらって読んでいるのだろう。そして感想なんかを言い合ってるのだろう。

 今、何をしているのか。

 こんなに掻き乱されるのは何年ぶりか。

 実を言うと、カノジョがいないという状況は今まであまりなかった。

 だいたいコンスタントに付き合えていたし、すぐに次も見つかった。

 浮気や二股だけはしていないけど、よくそんなに付き合えるなとあきれられたことがある。

 だから、とは言わないけど、思い返すとずいぶん軽い気持ちで付き合ったり別れたりしていた。

 中には、少しは引きずった相手もいたけど、すぐに乗り越えられた。

 しかし紫づ花相手ではそれがうまくいかない。

 あんなに全面的に大好きオーラを発せられていて、それなのに“カノジョ”という言葉に飛び付かない。

 自分の幸せよりも他人の幸せを優先して、傷付くこともいとわないなんて、そんなの偽善者のおためごかしだと思っていた。

 辛そうな顔を見せた瞬間、その表情を消してしまう。

 あまり目を見て話さない人が目を見つめてきた一瞬。

 あの強い光に射抜かれた。

 即座に認識した。

 偽善者でも振りでもなく、本気だと。

 だから本気にしかなれない。

 本気じゃない心なんてきっと紫づ花には必要ない。

 今が多分50:50。

 叶多が嘘やいい加減な気持ちで近付いていたら、紫づ花の心は離れていく。

 しかし本気で誠意を見せれば、紫づ花が今抱いている“KANATAが好き”と言う気持ちを“廣崎叶多という人間が好き”にできるはずだ。

 まずは今夜。

 どれくらい話せるかはわからないけど、約1ヶ月ぶりに会う自分をちょっとでも+に見せなければ意味がない。

 50から、51でも52でも。

 少しずつで良い。

 熱くて激しくて、けれど穏やかで優しいこの感情に気付かせてくれた彼女と。

 同じ未来がほしい。



 静かな音楽が流れる店内。薄暗い照明と、コンセプチュアルな飾り付け。

 オズの魔法使いをコンセプトにしたレストランは、主に若い女性客達がさざ波の様な会話を繰り広げる。

 紫づ花と静紅も案内された真ん中辺りの席で料理と雰囲気を堪能していた。

「ドロシーのコスした店員さんかわいいよね。」

 紫づ花がカクテルを傾けながら言った。

 静紅も同じ人を目で追いながら、別の人が視界に入る。

「うん。ドロシーも、カカシもライオンもコス的にはかわいくなってるけど、あのブリキさんはどうなんだろうね?」

 隣のテーブルにメインディッシュを運んで来たブリキのロボット“役”は、グレーのパンツスーツに、頭に厚紙で作ったような筒状のマスクを被っていた。

 思わず近くに来すぎたためそこでの感想は控え、ドリンクメニューに目を落とす。

「おかわりいく?」

「あ、じゃ今度はこの、トルネードってやつにしよ。」

 紫づ花よりもアルコールに強い静紅はペースも早い。

 そのブリキさんにカクテルを注文して、充分離れたことを確認すると頭を寄せた。

「あれ、視界は横に入ったスリットみたいなところだよね?見えてるの?」

「足元めちゃくちゃ危ないんですけど。」

 クスクス笑いが止まらない。

「あ、そうだ、さっき一緒に歌ったの、動画アップして良い?」

 急に静紅が思い出したように言った。

「えわ。」

 紫づ花がフォークに刺したペンネを口に入れ損ね、恥ずかしそうにやり直す。

「ど、どっちの歌?」

「私としてはどっちもいきたいんだけど。ねえさんは?」

「顔は映ってないよね。じゃ、どっちでも良いかな。」

 ゴロゴロと豪華な厚切りベーコンは全て皿の縁に追いやられていた。それを静紅がスプーンで自分の皿に移動する。

 静紅は趣味で動画投稿サイト《DO-GANICE》に歌を投稿していた。しかし顔を出すのは好きじゃないため、いつも胸から下を映している。そして今日は紫づ花と一緒に歌った姿も録画していた。

「そういえばどっちも男性の歌だったね。今度女の人の歌にコーラス付けてみようかな。」

「あ、だったらやってほしい曲があるんだけど。」

 静紅が顔を輝かせる。

 二人の話は尽きない。

 そして、デザートが運ばれて来た時。

 ライオンの顔のモンブランがかわいいと写真を撮ってから、紫づ花が切り出した。

「あのね。」

「うん。」

 待っていた静紅もスマホを横に置き、ひとまずカクテルを口に運ぶ。

 しかしまたも口を開いたり閉じたりして言いあぐねている。

 でも今回は話をそらす気はないらしい。ただ何から話すか頭の整理をしているのだろう。

 それからしばらくして、紫づ花が静紅に視線を合わせた。

「この間から、毎日チャトッてる人がいるの。」

 静紅が内心前のめりになる。

 こんな前置きで相手が女な訳がない。

 これは自分達が出会って10年、初めての紫づ花の恋話か?

 それにしては深刻すぎるけど、とりあえずはめでたい。

 紫づ花は自分の内側に集中しているようで、静紅のワクワクした表情には気付いていないようだ。

「それが・・・。ああ、見てもらった方が早いかな。」

 謎な言葉を発しながらスマホを手にした紫づ花は、ツルツルと指を滑らせその画面を静紅に見せた。

「廣崎叶多さん。わかる?」

 スマホいっぱいに開かれたその写真は、よく知る顔の女性が困ったような笑顔で男性に肩を抱かれているものだ。

 その満面の笑顔の男の名前を、紫づ花は何て言った?

「ひろさき、かなた?」

 繰り返すと紫づ花がしっかり頷いた。

 静紅はその画面から目を離さず、スマホに手を伸ばした。

 ひろさきかなた、と打ち込み検索する。

 一瞬のロードの後現れた画像。

 見比べてみる。

「・・・本物?」

「あのライブの後声かけられて、これは打ち上げに参加させてもらった時の写真で。」

 スルッと指がスライドすると違う二人の写真。もう一度スライドすると、今度はF.a.U GARDEN四人の集合写真が現れた。

 静紅が密かに混乱している。

「これ、焼肉屋じゃない?ねえさん食べるものあったの?」

 明後日な疑問が口をついた。

 紫づ花が息だけで笑う。

「最初は野菜だけ焼いて食べてたんだけど、そのうち叶多さんが気付いてくれて、冷麺頼んでくれたよ。」

 その笑顔の何と幸せそうなことか。

 同時に、何と悲しそうなことか。

「それから毎日のようにチャトルが来るから、どうしても話しちゃって。」

 その悲しそうな顔の原因は、自分のスマホが示していた。

「このチャトルは、友達として、なんだよね?」

「カノジョはいないって。」

 明らかに信じてはいない。

 そんな痛そうな笑顔でそんなことは聞きたくない。

 紫づ花が自分のケーキにフォークを入れた。

 まるで自分を傷付けるようにざっくりと。

 信じられないのも当然か。

 チラリと自分のスマホを見る。

 叶多の画像に混ざって女性声優の写真。

 下に表示されている記事の見出しには、最近よく目にする名前と並んで付き合っているという噂が。

 更に若くてかわいいという事実が紫づ花を傷付けている。

 紫づ花がダメな訳じゃないが、タイプが明らかに違うのがフォローしきれない。

 こういうカワイイポーズは絶対しないし。

 紫づ花はどちらかと言えばクールでかっこいい方だ。

 いたたまれなくなって、静紅もケーキをざっくりと切り頬張る。

 今はこの甘さに救われる。紫づ花もそれは同じようで、さっきよりは表情が緩んでいた。

「中のスポンジ美味しいねぇ。」

「モンブランもちゃんと栗の味してるよ。」

 現実放棄するように目の前のスウィーツに集中する。

 そして最後の一口を残した紫づ花が薬を取り出した。

「それ、何の薬だっけ?」

 アルミからプチプチと粒を押し出し、口に含み水で流す。

「凝りをほぐす薬と、痛み止と、胃薬。この痛み止が強くてね、胃が悪くなっちゃうんだよ。」

 とっておいたケーキを口へ運び、一息ついた。

「もうね、腰を痛めてからずっとこの薬飲んでるけどそれ以来頭痛もかなり減ったんだよね。」

「それ、究極に仕事が合ってないんじゃない?」

「そうなんだけどさ、高卒のおばさんには田舎で出来る仕事なんて限られてるんだよ。」

 紫づ花は時々自分の事を自虐的におばさんと言う癖がある。

 確かにマンガや小説なんかでも28過ぎたらもう崖っぷち、みたいな書き方が多くて、30歳の静紅でさえ時々追い詰められてる気分になる。

 しかも、好きな相手もいないとか。

 色々なことを考えすぎてしまう紫づ花は、それで自分を追い詰めてしまう。

 それなのにようやく好きになったのはテレビの向こうの人で。

 諦めるつもりで全てぶつけてくる、と言っていたライブでまさか向こうが近付いて来るとかあり得ない。

「それでね。」

 会計を済ませ、店を出た所で紫づ花が口を開いた。

 キャリーがゴロゴロとついてくる。

「会いたいって。」

「はぁ!?」

 静紅は瞬間的に頭に血が上るのを自覚した。

 こんな感覚、久しぶりだ。普段からおっとりマイペースを自覚している静紅には珍しい。

「一昨日のチャトルでホテル聞かれて、教えちゃったんだよね。」

「な!ちょ、そのチャトル見せて!」

 人のプライベートに首を突っ込む趣味などないが、こんな思わせ振りなこと言って紫づ花を掻き乱すスケコマシ相手なら正当防衛だ。

 しかし意外と紫づ花は抵抗もせずそれを出してくれた。

「どういう意味かな?」

 その言葉で静紅が一気に冷静になる。

 紫づ花もどうとらえていいのかわからず、静紅に意見を求めているのだ。

 スマホを受け取った静紅がじっくり目を通す。

 会いたい、と。

 自分に時間がほしいと言う言葉は誠実そうに見えるけど、文字だけならなんとでも言える事を紫づ花は身をもって知っている。

 紫づ花が書く小説は精神描写に力が入っているが、特に狂った人を書くのが一番生き生きしてると、いつだったか紫づ花は笑っていた。

 静紅は許可をとり、チャトルのページをスクロールしていく。

 なるべく全部は読まないように日にちだけ確認していくと、長さに差はあれど毎日チャトルが届いてる。

 静紅は混乱した。

 こんなにマメに連絡とって、叶多は何がしたかったのだろう。

 すぐに会える相手を口説くなら理解できるが、新幹線で一時間かかる様なところに住む相手にこれだけ熱心に出来るものか。

 わからなくて紫づ花は悩んでるし苦しんでいる。

 しかし静紅には、このチャトルを見る限り叶多の意図が読めない。

 世間話を延々としてるだけだ。

「で?約束したの?」

 スマホを紫づ花に返す。

「ううん。」

「そ。・・・ううん!?」

 まさかの否定に、反応がずれた。

「だって、会いたいって言われたけどその後特に時間とか場所とか決めないでチャトル終わっちゃって、昨日も特にそんな内容にならずに、ただ明日楽しんでねって言われただけで。」

 確かに、今見せてもらったチャトルにはそんな内容なかった。

 静紅は空を仰いだ。都会の狭い空にも十三夜の月は浮かんでいる。

 何がしたいのか全くわからない。

 紫づ花も同じように月を見上げている。

「やっぱり、言ってるだけなのかな?」

 ハッと首を戻すのと、その紫づ花の向こうに男を見つけるのはほぼ同時だった。

 考える前に体が動く。

 声をかけようとしていたのか口を開きかけた男の腕を掴んで来た道を引き返した。

「ぁちょっ、静紅ちゃぁん?」

「ねえさんはそこで待ってて‼」

 そして角を曲がったとこで男をビルの壁に押し付ける。

 しかし、状況は立派な壁ドンなのに身長が足りず、静紅の視界は男の胸板で埋まった。

フェザーのペンダントが揺れる。

「あ、あの?」

 戸惑った声がはるか上から聞こえる。

 それでも一生懸命顔を見上げ、近すぎて首が痛くなることに気付いて、少し離れた。

 夜なのに大きめのサングラスをかけてる怪しい人だけど一瞬でわかったのは、さっき画像で見つけた中にそのサングラスと派手なジャケットを見かけていたから。

「廣崎叶多さんですね?」

「は、はぁ、そうだけど、紫づ花ちゃんの友達?」

「どういうつもりですか?」

 紫づ花のカミングアウトからこっち、驚くやら困るやら紫づ花が心配やらで混乱しきった思考がとぐろを巻いている。

 そして前降りもなしにいきなり問い詰めてしまった。

 我に返って、自分にどういうつもりか問いただす。

「えっと・・・紫づ花ちゃんが何か言っていたの、かな?」

 叶多も戸惑っている。

 静紅は、ゆっくり深呼吸をして、頭の中を整理した。

 言いたいことは山ほどあるけど、今は紫づ花を待たせている。今頃角の向こう側でハラハラしていることだろう。だから早く話を切り上げたい。

「私は鈴原静紅です。ね・・・紫づ花さんから話は聞いていましたが要領を得ません。はっきりさせてください。紫づ花さんをどうしたいんですか?」

 単刀直入すぎた。よりによって、どうしたいって。

 案の定、叶多が目をぱちくりしている。

 それでも言いたいことは理解してくれたようで、一瞬で表情が引き締まった。

「紫づ花ちゃんと付き合いたいと思ってるよ。真剣に。だから口説いてる。」

 思わず静紅は微妙な顔をしてしまった。

「それ、ねえ・・・紫づ花さんに伝わってます?」

「え、や、やっぱり伝わってないかな?」

 静紅は首をかしげることで答えとした。

 紫づ花は人のことや物語だったら勘が鋭いけど、自分のことになるととたんに鈍くなる。だからかなりはっきり言わないと伝わらなそうだ。

 静紅は30㎝ほども上にある顔を見上げた。

「あと1つ、確認させてください。」

 叶多が真剣な目で頷いた。

「紫づ花さんを本気で好きでいてくれますか?絶対に裏切らないと誓ってもらえますか?」

 突然友達からこんなことを言われるとは思わないだろう。叶多は驚いている。

 しかしすぐに口元を引き締めた。

「誓うよ。何に誓ったら信じてくれる?」

「それは、廣崎さんが変わらないと思っているもので。」

 あごに手を添え少し考えた叶多は、その右手を誓いのポーズとして肩の高さに挙げた。

「では、今まで生きてきた自分の過去全てにかけて誓う。」

 この言い方は分かりにくいだろうか。少しだけ叶多は不安になったが、逆に静紅は納得した顔をした。

「ということは、ねえさんを裏切ると言うことは過去の自分も裏切ると言うことで良いんですね?」

「そうだ。」

 叶多が紫づ花に出会って今日まで自問自答してきた答え。

 自分はどこまで本気になれるのか。

 でも多分、自分の今まではきっと紫づ花に出会うための準備期間だったんだ。

「今まで生きてきた中で、一番本気だと感じている。」

 たくさん付き合って別れたからこそ。

 それは言わないけれど。

 静紅が肩の力を抜いた。

「わかりました。じゃ、ねえさんのとこに戻りましょう。」

 先に歩き始めて、ふと振り返る。

「あ、そだ。アドバイスですけど、ねえさんにはしつこいくらいにちゃんとはっきり言わないと通じませんよ。自分のことには全く鈍感なんで。」

 念を押しておく。

 叶多が苦笑いをした。

「そうじゃないかと思ってたけど、やっぱりか~。」

 暖簾に突っ張りをかましているような手応えのなさだったけれど、伝わってないのなら仕方ない。

「いいよ、これから頑張るから。」

 さっきとは一変して和やかに戻ってきた二人を、紫づ花が不安そうな顔で迎えた。

「何?どうしたの?」

 紫づ花が静紅に両腕を差し出して歩み寄る。

 そして叶多を見る。

「あの、こんばんわ。何でこんな所に?」

「ん?だって、会いに来るって言ったでしょ?時間がぴったりなのは我ながらビックリだったけどね。」

 そうだ。ホテルがわかっていれば来てしまう人だった。

 脱力し、前屈みになってしまった姿勢から上目遣いで窺う。

 その視線の先でサングラスを外した目が笑う。

 まだ会うのは2回目で当然慣れてないわけで。

 生で見るこの笑顔は心臓に悪い。

 静紅が目だけで二人を交互に見て、紫づ花の肩をポンと叩いた。

「さて、じゃ、私はチェックインしておくから二人で話してきたら?」

「うん、ありがとう。そうさせてもらうよ。」

「え?」

 なぜか息が合っている静紅と叶多に、おいてけぼりの紫づ花が焦る。

「はい、キャリー預かるからね。いってらっしゃーい。」

「ちょ、静紅ちゃんっ!」

 さっさと横断歩道を渡り、ホテルに入っていく。

 紫づ花は急展開に途方にくれた。



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