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推しが押してくる  作者: 神尾瀬 紫
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13/15

2章―6

はじめましてさんも2度目以上ましてさんもこんにちわ。

神尾瀬 紫です。


ようやく、ここまで来ました!長かった!

どれくらい長かったかというと、今回のデートプランを考えたのは去年の夏だったくらい長かった(笑)


クリスマスデート後半戦。

お楽しみください。

 

 

 紫づ花は図書室にいた。

 放課後の光が差し込む本棚の間。

 〇〇を待っている。ドキドキしながら。

 その人がようやく現れた。

 顔は逆行で見えない。

 けれど笑顔なのはわかる。

 紫づ花は嬉しくなって手を差し出した。

 その手をつかんでそのまま抱き寄せる、〇〇。

 その胸に抱かれて幸せに目を閉じる。

 

 もう二度とこの人の心は自分には向かないと。


 薄い意識の中でわかっていた。

 これは幸せだった時の記憶。

 もう何度目だろう。二度と向けられない笑顔の夢を見る。



 傍らの動きで意識が覚醒する。

 あまり眠れた感じがしていない。

 その浅い眠りの間にろくでもない夢を見た。

 この夢を見たあと、紫づ花は自己嫌悪に陥る。

 両手で顔を覆って大きく息を吐く。

 別に吹っ切れていない訳ではない。

 高校生の頃の恋愛なんてもう引きずっていない。

 あの人の事を忘れられないわけではない。

 ただ出会いがなかっただけだ。

 それなのに年に何回かはあの人の夢を見る。

 シチュエーションは違えど、必ずあの人は紫づ花に笑顔を向けてくれる。

 最後の頃には見られなくなってしまった、愛しそうな笑顔を。

 背中から呼吸が聞こえる。

 顔を見られるのが恥ずかしくて背中を向けて眠ったが、半覚醒の中で寝返りを打たないようにしていた。おかげで体が痛い。

 その背中の存在を感じて、熱い物が込み上げてくる。

 この夢を見たあとに必ず感じる自己嫌悪と、たまらない寂寥感。

 愛せる人がいないときは辛くて苦しかった。

 すぐにでも消えてしまいたいと思うくらいに。

 自分が生きている意味が見つからなくて、すべてなくなってしまえばいいと投げやりになったりして。

 それでも生きていなければいけないことが、辛かった。

 けれど今は違う。

 紫づ花は背後の存在に意識を向ける。

 覚悟をしていたとはいえ、実際にその段階になったら怖くなってしまった。

 彼に抱かれることが、ではなく、慣れてない自分にあきれて嫌われてしまうのが、ずっと怖かった。

 出会いがなくて彼氏が出来なくて、36歳にもなって経験は片手で足りる。

 世間的には結婚していたり子供がいたり、時々見かけるAVのチラシでも熟女扱いされていたり。

 そんな世間の認識には程遠い生活をしている紫づ花にとって、毎年積み重なっていく年齢がとても重かった。

 それでも、自分のコンプレックスを吐き出してうずくまった紫づ花を、叶多は優しく抱きしめた。

『そんなこと関係ないよ。俺が好きなのはすぐ恥ずかしがって真っ赤になっちゃう紫づ花ちゃんなんだから。遊びなら慣れてるほうが楽しいかもしれないけど、俺は紫づ花ちゃんがあまり男を知らない方が嬉しい。』

 そう背中を撫でながら耳元で囁いてくれた。

 あのイケボはずるい。

 その声を思い出し、その後の自分を思い出し、両手で顔を覆ったまま真っ赤になって身悶える。

 そして背中に感じる叶多の存在にいたたまれなくなり静かにベッドを降りると、寝室を出てシャワールームに飛び込んだ。

 その振動で叶多が目覚める。

 眠る前の幸せな記憶を求めて傍らに温もりを探す。しかしそこはもぬけの空なのに気付き慌てて目を開ける。

 昨夜の記憶は夢だったのかと思って。

 直後目に飛び込んできた、自宅ではありえない凝った模様の天井と小ぶりのシャンデリアに、現実だったと認識する。

 寝返りをうち、その枕に紫づ花の匂いを見つけてニマリと笑った。

 まだ温かいシーツが紫づ花の存在を残している。

 どうしようもない幸福感。

 昨夜の彼女がエンドレスで脳内再生される。

『私だってもういい歳ですから。クリスマスイブに泊まる理由なんてわかってます。』

 最終確認として紫づ花の気持ちを確認したら、真っ赤な顔でそう返してきた。

 その姿が可愛くて、吸い込まれるように唇を合わせそのままベッドに押し倒し、いざ、というところで突然抵抗された。

 泣きながら『私はきっとつまらない』『気持ち良くしてあげられない』と訴える姿に、こっそりと下半身は力を蓄えたけど。

  出会った頃に言っていた『私はつまらない人間だから』の意味がようやくわかった。

 年齢のわりに男経験が浅いことが、コンプレックスになっていたらしい。

 何を勘違いしているのか。叶多が呆れる。

 そんなことで嫌いになるわけがない。

 むしろ男は、他の男を知らない女の方が嬉しいものだ。

 本気ならばなおの事。

 逆に初めてではないことに嫉妬を感じるほどに。

 だから抱き締めて、キスをして、紫づ花を縛るコンプレックスという鎖をゆっくりほどいていった。

 一度ほどいてしまえば紫づ花はとても魅力的で・・・

 声も顔も仕草も、思い出すだけで朝の生理現象だけではない力が下半身を目覚めさせる。

 あの声は反則だ。

 いつも聴いてる、録音したカラオケの声と同じなのに、高く掠れた矯声は頭の芯を溶かしていく。

 歳上の男の余裕を見せて優しくしたいのに、理性がどんどん怪しくなって夢中になってしまった。

 後半はかなり無茶をさせた気がする。

 そんな反省をベッドの中でしていると、シャワールームのドアを開ける音がした。

 せっかくのジャグジーなのにイチャイチャ出来なかったのは残念だ。理由は紫づ花が恥ずかしがって拒否したからに他ならない。

 でも次回の楽しみにとっておいてもいい。

 しっかりとこの腕に抱いたことが、叶多にも余裕を持たせていた。

 叶多がベッドの上に起き上がるのと、寝室の扉が開くのは同時だった。

 思わず見つめ合って、紫づ花が恥ずかしそうに目を伏せた。

 部屋の備品であるパジャマがペアルックみたいだ。萌袖がいい。

「オハヨウゴザイマス。」

 妙な片言なのは、緊張しているからだ。

 にやけたまま叶多がベッドを降りて、紫づ花を抱きしめた。

「おはよう。」

 しっとりと湿った肌から立ち上る甘い香りが艶かしい。

 髪に顔を埋めて呼吸をしていると、『あうぅ~』と声が聞こえた。

 自分の胸の前に腕をたたんでしまっているため、叶多の背中に手が回ることはない。

 それも、そのうち。焦らなくても、ゆっくりこのガードを解いていけばいい。

 体を離して紫づ花の顔を覗き込む。

「じゃ、シャワー浴びてくるから、着替えて朝食、行こうか。」

 紫づ花は相変わらず真っ赤な顔で頷いた。



「さて、ではこれから、有名なアウトレットにご案内します。」

 太陽の下で見る紫づ花の車は、薄紫パールに輝いていた。

 昨日と同じ、ホーンが効いたジャズが流れ出す。

「けっこう雪が残ってるんだね。」

 路肩の雪の塊が縁石のように続いている。時々街路樹や電柱の根元に山になっているのも見える。

「この間降ったって言ってましたね、母が。駅の方で働いてるので。うちの方は今月の頭にちょっと降っただけなんですけど、こっちはけっこう雪残ってますね。」

 真剣に前方を見つめながら、わずかに顔を動かして景色を見ているその耳に、ピンクのバラを模ったピアスと丸い紫のアクリルをはめ込んだピアスが輝いている。

 そして首には、昨夜叶多がプレゼントした紫の花のペンダント。

 叶多は黒いマフラーをひざの上に大事に抱いて、しっかりと観察していた。

「俺ね、そのアウトレットが出来た当時、一度行った事あるよ。十年位前だと思うけど。」

 言ってから、一緒に行ったのは当時のカノジョだったことを思い出す。

 これはあまり紫づ花に知られたくない。というより、知られない方がいいだろう。訊かれたら誰と行ったとごまかしたらいいだろうか。

 しかし、紫づ花は『そうだったんですか。』と相槌を打っただけで、詮索してこなかった。

 紫づ花は他人のことには妙に勘がいい。弟夫婦が子供が出来たことを報告しに帰ってきたときも、まず親に言いたかったらしく姉である紫づ花の前では何も言わなかった。しかし言葉や帰って来たタイミング等からなんとなく感づいていて、実際告げられたときには驚くことが出来なかった。

 そして今も薄々(カノジョさんと行ったのかなぁ)などと考えていた。

 今更過去のことにはこだわらない。むしろ自分以外の人の過去に異性がいないなんてことはないのだから。

「それからずいぶん増築を繰り返して、今じゃもう大迷路みたいになってますよ。」

 笑いを含んだその声音に、叶多が安堵する。

「今なら確か、クリスマスセールやってますね。何か欲しい物とかありますか?」

「何があるかわからないからね。でも服とか見たいかな。」

「そうですね。まず行ったらマップを手に入れないと。」

 自然な笑顔を向けてくれるのが嬉しい。

 叶多は再び紫づ花の左手を握った。

 今度は指を絡めてしっかりと。

 紫づ花が驚いてこちらを見るが、はにかむように笑っただけでそのまま左手を預けてくれた。

 その直後、ナビが交差点の右折を指示した。


 駐車場に車を停めて紫づ花がホッと息を吐く。

 叶多は少し興奮していた。

「バックするときこっちの背もたれに腕乗せて後ろ向くの、なんか妙にドキドキするね。」

 こういうの、と体をひねって実演する。

「え?あ、すみません。腕が当たると思いました?」

「そうじゃないよ。顔が近くなってドキドキするって言うこと。」

 叶多が笑いながら説明しても、紫づ花は首をかしげている。

 確か女の子のよく言うドキドキシチュエーションドライブバージョンで、かなり上位にあるはずなのに。本人が運転しているとそれが普通で気付かないのか、ただ単に紫づ花が気にならない人なのか。

(多分、後者だな。)と、叶多は結論付ける。そういうあたり、一般的な女子の感覚を持っていないのはわかってきた。

 ドアを開けると冷たい風が車内に流れ込んできた。

 慌ててマフラーをぐるぐると巻き付ける。

 本当にこのプレゼントはありがたかった。こんなに寒いとは思っていなかったのだ。

 紫づ花はマフラーを付けていない。その代わり、紫色のダウンジャケットの前のファスナーを上まであげている。

 叶多が待ってましたとばかりに紫づ花の左手を取り、指を絡ませた。

 ビクリと肩を揺らす彼女に、顔を寄せる。

「よく似合ってるね。このジャケット。」

「あ、ありがとうございます。紫色の物を見るとつい選んでしまって・・・」

「俺も最近紫見るとつい買っちゃってさ。トモローに呆れられた。ほら、この時計とか。」

 ベルトが紫色でつい買ってしまった腕時計を見せながら囁く。

 真っ赤になってうつむくのを目だけで見下ろし、口元が緩むのを空いている左手で覆う。

 避暑地としてのイメージの強いこの観光地は、それでもクリスマス本番だしスキー客もいるし混んでいる。

 そんな感想を叶多が言うと、紫づ花は右手を顔の前でひらひらさせた。

「確かに普通の日よりは多少混んでますけど、夏なんてこんなもんじゃないですよ。駐車場に入るための渋滞がさっきの道にずっと続くんですから。」

『さっきの道』と言いながらアウトレットの建物の外を指差す。

 微妙に方向がずれているのは気にしない。

『ふ~ん。』と頷きながら叶多はマップを見る。

「あ、でも、レストランは並ぶから早いほうがいいですよ。何が食べたいですか?」

 紫づ花の右手が、叶多が左手で持つマップを広げるようにつまむ。

 一緒に覗き込む距離は意外と近いが、こういうときの紫づ花は油断しているので無防備だ。

「何がいいかなぁ。お勧めはある?名物みたいのは?」

 紫づ花が小首をかしげる。

「名物とか、あんまり思いつかないですね。結局都会の名店が出店していたりするので。その土地ならではのもの、っていうのは・・・ないかなぁ。」

『ほら、ここのアイス、東京で食べたことあります、静紅ちゃんと。』とするりとつないでいた左手を外し、指差した。『まじかー。』と言いながらその左手を捕まえキュッと握る。

 上目遣いで少し口を尖らせている。そんなあざとい表情も彼女がやると新鮮に見えるのは、それが計算じゃない自然な表情だと知っているから。

「紫づ花ちゃん、天然だよね。」

 そう言ってみると、一度驚いた顔を見せた。しかしすぐに考える顔になり、

「かわいい方の天然じゃないですけどね。面白くないところで天然かも。」

 そんな返事をした。

 その少し気難しい表情も、何でもまじめに考えてくれるのにちょっとズレてるところも、叶多にとっては萌えな部分でたまらない。それが紫づ花にはわかっていない。


 結局、決めかねた二人はフードコートに入り、自由に食べたいものを買うことにした。

 日曜のクリスマスはカップルと家族連ればかりだ。

 その、連れられている小さな子供に紫づ花が優しい笑顔を向けている。

「そういえば、甥っ子がいるんだっけ?」

 叶多の問いかけに、笑顔のまま振り向く。

「はい。弟の子供が2人、お兄ちゃんと妹です。」

 なぜか右手と左手で一本ずつ指を立てている。

「うちも弟2人いてさ、真ん中に女の子で下の弟に男2人。それが特に姪っ子が可愛くてさ。」

 そのメロメロぶりがおかしくて、つい笑ってしまった。

「なんて呼ばれてます?オジサンですか?」

「あー、いや、普通にかーくんかな。昔アイドルにいたでしょ。親がそれマネして呼び出したのが今まで続いて孫にまで受け継いじゃった。」

『紫づ花ちゃんは?』と問いかけられ、紫づ花が一瞬恥ずかしそうにうつむき、『しーちゃんです。』と答えた。

「オバちゃんって呼ばれてもよかったんですけどね、ようやく喋れるようになった赤ちゃんにはレベル高いみたいで、しーちゃんでいいかなって。」

 フードコートの中をブラブラ見ながら他愛もないことを話す。

 そんな当たり前のことが、今までの叶多達には時間がなさすぎて出来なかった。

 お昼には少し早い時間だけど、すでに席は埋まってきている。

 その隙間に2人分のテーブルを確保した。

「荷物、こっち置けますよ。」

 奥に座り手を差し出して言う紫づ花に、

「あ、大丈夫、イスの下置ける。」

 と叶多が答える。

 さっそくスポーツ系ブランドで買った靴がかさばっている。

 紫づ花が選んでくれた、赤いハイカットのスニーカー。この靴にはどの服が合うだろうか。考えるとわくわくする。

 荷物を見ている順番として、先にメニューを選びに歩く紫づ花の背中を目で追う。

「今度は紫づ花ちゃんの何か選ばないとね。何かいいのあればいいな。」

 そういえば何かペアみたいなのもほしい。

 どんなものが好みなのかとふと見たバッグに見覚えのあるものが付いていた。

 テーブルの向こう側にあるそれを身を乗り出して見る。

 それはボールチェーンに通されてキーホルダーとしてぶらさがった指輪だった。

 付き合ってほしいと言ったあの時に渡したシルバーの指輪。

 胸がジワっと熱くなる。

 女の子の指には大きいからはめてはいないと思っていたけど、こういう形で身に着けていてくれたとは。

 紫づ花に視線を戻す。

 彼女は洋食系の店に並んでいた。オムライスかハンバーグかスパゲッティか。

 今はダウンジャケットの襟に隠れて見えないが、その首元にはクリスマスプレゼントのペンダントがある。

 だとしたら、あとはピアスと洋服と靴と・・・

 バッグや帽子も紫づ花にとっては重要なアイテムだ。

 きっと紫づ花はプレゼントされたものを大切に扱ってくれる。そして可能な限り身に着けてくれる。

 それならば彼女の身を飾るものをすべて自分で選びたい。

 今日紫づ花が選んでくれた靴を目にするたびにきっと紫づ花のことを思い出す。それと同じ事を紫づ花にもしてほしい。

 常にそばにいたい。いつも考えていてほしい。そんな独占欲が身を支配する。

 視界の先で注文を終えた紫づ花が財布とブザーを持って戻ってきた。

 なぜかはにかんだように頬が紅潮している。

 少し面白くない。チラリと洋食屋のカウンターを見ると、若い男が次の客の対応をしていた。

「どうしたの?何かあった?」

「いいえ。」

 否定した後、恥ずかしそうに下を向き、イスに座って顔を上げる。

「いえ、あの、叶多さんがここで待っていてくれるんだなぁとか思ったら、なんか不思議で・・・」

『変ですよね、笑っちゃって。』と両手で顔を押さえる。

 叶多が思わず絶句し、『あ、じゃ、俺行ってくるね。』と慌てて立ち上がった。

 恥ずかしがるくせに時々爆弾を投下してきて、叶多の心臓を跳ねさせる。

 鉄板焼きの店の列に並んで、こっそりと紫づ花を観察した。

 紫づ花は叶多の背中を目で追い、並んだのを確認してぐるりと周囲を見回した。

 やっぱりカップルと家族連れが多い。BGMはずっとクリスマスソングだ。

 こんな、まさにリア充の典型なところに自分がいることが、なんだか信じられない。

 しかも紫づ花が待っているのは、大きなステージで何千人もの心を掴んでいる人。

 実際にライブには行かなくても、CDやDVD、声優としての仕事で潜在的なファンの数はきっと十数万人にもなると思われる人。

 フードコート内の暖房のせいだけではない熱に、ジャケットを脱いで背もたれにかけた。

 例えば、この場に即座に叶多だと気付ける人はいないだろう。しかし、もしかしたら声を聴いたことのある人はいるかもしれない。有名な役どころの名前を出せば『ああっ!』と思い出す人がいるかもしれない。

 そんな人と昨夜から一緒にいる。

 それが突然重みとなって伸し掛かってくる。

 自分達はどんなふうに他の人の目に映るのか。自分は釣り合っているのか。そんなことが気になる。

 そっとペンダントに触れる。

 硬い感触。馴染みのないはずの石が、紫づ花の体温で温められて体に馴染んできている。

 叶多の歩き方は少し特徴がある。沢山の人の視線を集める歩き方というのか、人並みに紛れていてもすぐ見つけられる人だ。

 その人が紫づ花をまっすぐ目指し歩いてくる。

「寒いからね。ラーメンと迷ったんだけど、久々にお好み焼きがうまそうだった。」

 ファンの人達がみんな大好きだと言う笑顔が自分だけに向けられている。その立場を羨ましいと思ったこともあった。それが今は現実になっている。

 胸が痛い。

 この痛みは優越感なのか罪悪感なのか。

 幸せすぎて怖くなる。笑顔を向けられると、嬉しいのに逃げたくなる。

「紫づ花ちゃんは何選んだの?」

 その声で名前を呼ばれるのが苦しい。

 それでも紫づ花は笑顔を守る。

「私はトマトソースが美味しそうだったので、オムライスです。」

 そう言った時、二人のブザーが鳴り出した。



 駅前のイルミネーションの中に、重なり合うようにして歩くカップル達の姿が見える。

 最終の新幹線まであと十数分。叶多と紫づ花は駅のバルコニーからそれを見下ろしていた。

 太陽の効力がなくなり、満月に近い月が冷たく照らす。東京よりははるかに低い気温の中で、その寒さを理由に叶多は紫づ花の腰に腕を回して寄り添っていた。

 二人分の白い息が空中で混ざり上っていく。

 二人で過ごした夢のような時間は、シンデレラより早く終わりを告げる。

 アウトレットを出た後は、やはりカラオケ。録音を警戒する紫づ花をうまくごまかし、違う歌を手に入れた。

 そして近くのファミレスで夕食をとり、今に至る。

 風で冷やされた頬を紫づ花に寄せる。

 紫づ花が恥ずかしそうに、微笑んだ。

「寒くない?」

 囁くような声が白く溶ける。耳に心地良い柔らかな音。

 1日一緒にいて、ほんの少し堅さが取れてきた。

「紫づ花があったかいから平気。」

 耳元に口を寄せたまま同じように囁くと、彼女は身をよじった。

「明日から、仕事だよね。年末年始はどうなの?」

「大晦日は午前中で多分終わります。で、お正月は三日まで休み。」

「そっか〜。」

 自分の脳内スケジュール帳に意識を奪われた叶多は、その一瞬の紫づ花の伺うような気配に気づかなかった。

「俺もねぇ、来年ド頭にイベントがあって、それのリハが入るから大晦日まで仕事なんだよね。正月は2日の午後からもうリハだし。」

「イベントってなんの?」

「うん、“遙か未来の果てに”っていうゲーム知ってる?女の主人公を巡る、いわゆる逆ハーレムゲームなんだけど。」

「ああ、確か11月に静紅ちゃんと遊んだ日に買ってたゲームですね。叶多さんがいるってチャトルが来た。」

 でも自分は買っていないらしい。確かに紫づ花と乙女ゲームのイメージはあまり合わない。

 密かにガッカリしながら、それでも無理して自分に合わせようとしない紫づ花が嬉しい。

「静紅ちゃんやってるんだ、あのゲーム。それのファンイベントが3日なんだよ。もうちょっと休ませてくれてもいいのにね。」

『そうなんだ』と呟きながら冷えた指先に息をかける。その手の形はぶりっ子ポーズにも見えて、それもなんだか萌える。

「じゃ、休みは元日だけなの?」

「そうね〜。大晦日は昼頃から3時くらいで終わる予定だけど、1日オフにはならないんだよね〜。」

 そこまで言って、叶多が紫づ花を覗き込む。

「でも、一泊なら紫づ花ちゃんに会いに来れるかな?」

 すると、紫づ花が一瞬叶多を見て、また視線を戻した。

 眼下のイルミネーションに照らされるその顔が何かを考えている。

 かすかに唇を開いたり閉じたりしながら、右手で左手を包み込むように握る。

「あの、じゃぁ、わ、私が行ってもいいですか?」

 覚悟を決めたように発せられたその言葉は、叶多の呼吸を止めた。

 驚いた拍子に、紫づ花を見る首の動きがロボットの様になった。

 真っ赤になって俯いている。

「行ってもいいって、俺の部屋に?」

 一瞬にして干上がった喉から、掠れた声が出る。

「あ、でも、忙しいですよね、イベント直前だし。」

「まさか。暇だよ。大歓迎。」

 叶多が紫づ花の体をひっくり返し、手すりに押し付けた。

 その腕の中に閉じ込められ、紫づ花は呼吸も出来ない。

「いつでも来て欲しかったよ。例えば新幹線なくなっちゃったとか、わざと引き留めようと思ってたくらい。だから、来てよ。大晦日。それで、一緒に新年迎えよう。」

 囁いた叶多がそのまま顔を近づける。

 そっと重ねるだけのキスをして鼻が付きそうなほど近くで微笑み合う。

 新幹線到着のアナウンスが流れた。

 離れ難い引力を強引に引き離す。

 手は繋いだまま、改札に向かう。

「こっち、この通路見下ろすと乗り込む人が見えるの。だから、手を振るね。」

「そうなんだ。わかった。俺も振るよ。」

 手を離して改札を抜ける。

 そのぬくもりが消えないように、それぞれがその指を握りこんで。

 入ってきた新幹線の車体で姿が見えなくなるまで二人は見つめ合っていた。

いかがでしたでしょうか。


実を言うと、当初考えていたクリスマスは平日だったため、叶多がディナーのためだけに紫づ花のところへ来て、最終で帰るという日帰りプランでした。ところが、いざ叶多がクリスマスの予定を考えだした時に、脳内カレンダーを確認したところ、たまたまクリスマスイブが土曜日に(笑)

慌てて一泊プランにしました。だから急にクリスマスの話が始まった感じになってるんですが、あえて書き直さない(笑)キリがないから(笑)


ということで、リアルがドタバタするとストーリーの中もドタバタしてしまう典型ですね( ̄∀ ̄;)


ふたりはこれからです。

もう少し長い目でお付き合いいただければ幸いです。


ありがとうございました。

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