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推しが押してくる  作者: 神尾瀬 紫
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10/15

2章―3

 

イルミネーションの街を抜けて住宅街に入ると、とたんに辺りが闇に支配される。

 街灯は点いているが、それぞれの守備範囲はかろうじてフォローしあっている程度だ。

 都会の夜空を見上げると、意外と星は見える。今は建物の影に遮られているが、細い上弦の月が頼りなげな光を放っているのを確認していた。

 この星空は彼女の上にも続いている。

 そう思うだけで空気も空も月も大地も愛しく感じる。

 現金なものだ。

 紫づ花に出会うまでそんなロマンティシズム、鼻で笑っていた。

 そこにあることが当たり前で、生きていることが当たり前で、付き合っていることだってたまたまで。

 でも紫づ花と出逢ってから、様々な感情と相手を想う暖かさと、そして痛みと癒しを教わった。

 それが全部、同じ時代に同じ国に男と女として生まれて、出逢うことができた奇跡の上に成り立つと、改めて自分を取り囲むあらゆるモノに感謝を感じることが出来る。

 両親や家族や、友達や仕事仲間や上司や・・・。

 たとえ嫌いな人物でも、忘れたかった過去のイロイロも、自分を形作るナニかになっていると考えればそれさえも重要で。

 今現在の“廣崎叶多”は、そんなあらゆるモノから出来ていて、だからこそ紫づ花に選んでもらえて、紫づ花を見つけることが出来た。

 相変わらずスマホで紫づ花のカラオケを聴きながら、軽い足取りで闇の合間を進む。

 さっきのチャトルで、家でゆっくりしているところだと返事があった。

 彼女の生活リズムなら、もうそろそろ夕食の支度をする母親を手伝う時間だ。

 いつも通り紫づ花のことを考えながら歩いてマンションに到着する。

 セキュリティがしっかりしていることで選んだ。

 何も知らない人にそれを言うと、女じゃないんだからと笑われるが、こういう人気商売だとリアルに身の危険を感じることがある。

 ファンだとしてもその好意が凶器になることだってあるからだ。

 扉の脇にあるテンキーで番号を入力し、エントランスに入る。

 管理人室からこちらを見ている管理人さんに、挨拶をしながら歩き抜けてエレベーターに乗り込む。

 5階の角部屋。賃貸物件にしては良い部屋だ。

 そのドアの横の小窓から、灯りが漏れていた。

 叶多が驚いた表情になるが、それはあり得ない現象だからではなく、久しぶりたったから。

 一人暮らしの彼には、唯一鍵を渡している人物がいた。

 自らのキーを差し込みロックを外す。

 玄関には見慣れた靴。

 そして。

「おう、おかえり~。」

 なんだか懐かしさを感じる笑顔が振り返った。

「なんだよ、トモロー、帰ってたのかよ。」

 手にした夕食のコンビニ袋を置くのももどかしく、思わず抱きついた。

「ついさっき帰ってきてさ、空港から直行した。」

 彼が、背負ったままのデイパックの上から、ポンポンと叩く。

 勝俣トモローは声優学校の同期で、20年来の親友だ。

 お互いにまだ仕事がなくて食べていくのが大変な頃は、ルームシェアをして共同生活を送っていた。

 その頃の名残で、別々に暮らしている現在もお互いの部屋の鍵を持っている。

「どうだった?舞台の海外公演は。言葉とか大変だっただろ?」

「ん~、でもま、かなり好意的に受け入れられてるからね。さすが日本ブーム。て言うか、アニメブームか。あ、お土産は明日荷物と一緒に届くから待っててな。」

 さりげなくデイパックを下ろすのを手伝い、床のビニール袋を拾い上げる。

「何、ちょっと、今日焼肉弁当なの?せっかく帰ってきたんだから食べに出ようぜ。」

「帰ってきてるって知ってたら買ってこなかったわ。」

 荷物の中から今日使った台本と、飲みかけの水のペットボトルを取りだし、スマホに差し込んでいたイヤホンをポケットにしまう。

 改めてそのデイパックを背負い直した叶多は、トモローと連れだって部屋を出た。


 久々の会食に選んだのは、トモローのリクエストでローカルな牛丼屋だった。

「なんかさ、どこの国に行ってもだいたい日本食ってあんだよ。でも、この牛丼屋の味ってなかなかないんだよな。」

 ウキウキと紅生姜をたっぷり乗せているのが、なんだか妙に懐かしい。

「そういえば、喰えなかった頃でもここは安かったから結構利用してたよな。」

 一番安い牛丼にこれでもかと紅生姜をトッピングしていた姿が重なる。当時はタダだからたっぷり盛っているんだと思っていたが、単に紅生姜が好きなだけらしい。ある程度収入が見込めるようになっても紅生姜は山盛りだった。

「そうだトモロー。写真を一枚。」

「ん?」

 二人で写る為に自撮りモードにしたスマホを向ける叶多の横で、トモローは牛丼を大口を開けて頬張るポーズをする。

 ちゃんと撮れて満足している叶多を確認してから、そのまま口の中に突っ込んだ。

「んん~。この味だよ。」

 大袈裟に感動して目を細めるトモローを横目で見ながら、いつものようにチャトルで紫づ花に送った。

 思わずにやける叶多をその親友が驚いた顔で見た。

「え?今何したの?誰かに送った?」

「うん。カノジョ。」

「え?星崎るり?」

「ブフッ。」

 含んだ水を思わず吹きそうになって、堪えたら変な音がした。

「違っ、違う。るりとは、別れて、今のカノジョ。」

 ケホケホむせながらスマホの壁紙を見せる。

 少し困った笑顔の女性と、弛んだ笑顔の叶多が肩を寄せるように写っている。

 っていうか、壁紙って・・・

 トモローが異世界の生物を見るような目で見る。

「俺が日本を留守にしてたのって1ヶ月位なんだけど、星崎るりと付き合ってるって聞いたのはそのちょっと前じゃなかったか?」

「その前に、オマエ稽古とかで1ヶ月くらい忙しがってたじゃねぇか。その頃出逢ったんだよ。ほら、ライブ来られなかっただろ?」

 叶多も勢いよく牛丼を頬張る。やはりこういうものはかっ込んだ方がいい。

 記憶を探る表情になった彼が、勢いよく思い出した。

「あの日か‼」

 2ヶ月前の小さなライブハウスのライブ。F.a.U GARDENの結成当時からのファンであるトモローも、ぜひ参戦したかったがスケジュールが許さず泣く泣く諦めた。

「そ。そこで、このカノジョに出逢っちゃって、るりと別れた。」

 トモローが頭を抱える。

 確かにこの20年の付き合いの中で、何人カノジョが変わったかなんてもうわからなくなっている。しかし、こんなにあっけらかんと破局を報告する程ロクデナシだっただろうか。

 僅かに前のカノジョが気の毒になる。

「じゃ、じゃぁ、その、今のカノジョとは2ヶ月の付き合いなのか?」

 そして、そうすると1ヶ月くらいは日本にいたのに内緒にされていたということになりはしないか。

 いくら自分が忙しがっていたとしてもメールもあるご時世、それは少し傷付く。

 しかし叶多は首を左右に振った。

「出逢って1ヶ月くらいはただひたすら口説いてたから、ちゃんと落としたら報告しようと思ってたんだけどな。付き合い始めてからも遠距離だからあんまり会えないし。この写真も、10日くらい前だし。で、今に至りマス。」

 ごめん、とテーブルに手をついて謝られても、唖然とするしかない。

 淡々と報告されてはたしてどういう反応をするのが正解なのか。自分が知る限りの歴代のカノジョを思い出し、しかしどの場合も当てはまらないことに戸惑う。

 1ヶ月も口説くとか、遠距離恋愛だとか、そんなプラトニックラブの代名詞、一番認めてないヤツだったのに。

「いや、なんつうか、叶多・・・。」

 失った言葉の先を、長年の友人が汲む。

「らしくないって言うんだろ?カノジョの事話した奴らには散々言われてるよ。」

 その時テーブルの上に出しっぱなしだったスマホが震えた。

 ポップアップは紫づ花。その名を確認した目が優しく微笑む。

「自分でもどうしてか全然わからないし、らしくないとは思ってたんだけど、どうしても止められないんだよ。この子の事を考えんのが。こんな気持ち、俺にもあるんだな。」

 愛しげにチャトルを開いて、フッと笑い、トモローに見せる。

 [トモローさん、無事にお帰りになりましたか。良かったです٩(*´◒`*)۶お疲れ様でしたとお伝えください。]

「こんな風に優しい言葉を自然とかけてくれてさ。こんなに優しい気持ちをもらったことは今までなかったような気がする。」

 本当はそんなこともないとトモローは知っているが、確かに男女の仲に愉しさだけを求めていると、本当の悦びを知る前に重くなってしまうのかもしれない。何年か前の破局に荒れていた姿が霞む。

 でもこのカノジョとは、その重みを感じる前にあえて堪えたいと思うことが出来たと言うことだろうか。

 ほんの少し胸に重苦しさを感じるが、彼はそれ以上考えるのを放棄し、牛丼をかっ込んだ。

 日本に帰ってきたばかりであまり休んでないのに、また複雑な事を考えさせられた脳が、そろそろ限界を訴え始めていた。


 ━━━━━━━━━━━━☆★☆━━━━━━━━━━━


 12月も半ばになろうかという水曜日。

 紫づ花と静紅が揃ってある部屋にいた。

 二人が所属するようになったレーベル《Rayfactory》の会議室だ。

 このRayfactoryはアニメ業界では最大手のレコード会社で、F.a.U GARDENも所属している。

 更に言えば、紫づ花達のマネジメントをするのはRayfactory内の芸能事務所《RAIKOU―雷光》である。

 全体的に白い無機質な部屋にひとつだけニョキッと立つ観葉植物の鉢植え。

 ホワイトボードを囲むようにコの字形に並べられた長机の、正面に座らされた静紅は、所在無さげにソワソワしていた。

 左隣には、メモ用紙として持ってきたルーズリーフに何やら色々書き込んでいる紫づ花。

 右隣には、なぜかギターをつま弾く和泉。

 ホワイトボードには今回の会議で決まった“コンセプト”やら“今後の流れ”やらが殴り書きのように書かれている。

 そして現在の議題。

 一番重要な“ユニット名”

 Rayfactoryの社長が短く整えられたあご髭を撫でながら言った。

「最近流行ってんだよねあれ。なんつうの?双子コーデ?だったら双子っぽく“なんとかツインズ”とか“ツインズなんとか”とかさ。」

 それに短く整えられた口ひげを蓄えた加藤プロデューサーが異を唱える。

「いやいや、それダサいですよ。どっかで聞いたことアルでしょ。」

 すると、椅子に深く背を預けたRAIKOU所長が妙に気障な所作でホワイトボードを指す。

「ん~、オッケー。名前もじって造語作りますか。」

 それを聴きながら何のアイデアも浮かばない静紅は、

(どうしてこの世界の男性は髭なんだろう。)

 と、まったく関係ないことを考えている。

 すると、紫づ花の独り言に気が付いた。

 多分静紅以外には聞こえないくらい小さな声だ。耳をそばだてる。

「双子・・・。双子座ならカストルとポルックス。・・・カスポル・・・。ん~?」

 納得いかないようで、書いたメモをグルグルと消している。

「静紅ちゃんは何か思い付いた?」

 そっとお茶のおかわりを置いてくれた女性は、マネージャーになってくれた紺野美果。ファウのマネージャーだった人で、一度紫づ花に会っている彼女は自らマネージャーに立候補してくれたそうだ。(そして紫づ花の本当の歳を聞いてすごく驚いていた。)

 静紅は、頭を下げながら苦笑いをした。

「私、そういうのは全然ダメで。良いの思い付いたって思っても、ねえさ・・・紫づ花ちゃんが出してくるものには及ばないから・・・」

「そんなことないですよ。センスなんてそれぞれだし、何を拾われるかわからないもんよ。」

 くっきり描かれた大きな目が力強く輝く。

 年下のはずなんだけど、この世界で生きてきたキャリアのせいかすごく先輩ぽい。

 その間も紫づ花はブツブツ呟きながら思い付いたことを書いては消しを繰り返す。

「要するに一番重要なことは私達らしくて覚えやすくて・・・じゃぁ、私達の共通点とか・・・?」

 左肘をついて紙面を見つめていた紫づ花が突然顔を上げた。

「エス・・・エム・・・。」

 全員が紫づ花に注目する。

「3つ・・・“MSキューブ”。」

「お?どういう意味?」

 加藤プロデューサーがいち早く反応する。

「静紅ちゃんのイニシャルがS.S。私のイニシャルがS.MなのでSをまとめて3乗。それをキューブと表現します。で、Mがひとつ余るので頭に持ってきた方がゴロが良いので、MSキューブ。自己紹介の時はMSの方紫づ花です。」

『と、』と言いながら紫づ花が静紅を見る。

「え、SSの方、静紅です?」

 疑問系で答えと、彼女は満足そうに微笑んだ。

 加藤プロデューサーが手を叩く。

「オッケー、それでいこう。」

 誰かを売り出すための会議では社長よりもプロデューサーに権限がある。社長も所長も納得したように頷いた。

 静紅は、目まぐるしく動く現実を他人事のように俯瞰しながら、

(本当にこの業界の人って『オッケー』言うんだ。)

 そして隣を見て

(和泉さん、曲に関する議題以外喋らなかった。)

 と考えていた。



 スマホを握りしめて叶多がうなだれていた。

 わかっていたことだけど、改めてがっかりしている。

 現在は一人の仕事でラジオの録音をやっている。

 その2回録りの合間の休憩時間。切っていたスマホの電源を入れてチャトルを確認すると紫づ花から入っていた。

 [お疲れ様です。無事レコーディング終わりました。難しかったけど、思っていたより早く終われたので最終よりも1本早い新幹線に乗れました。]

 この着信は21時13分。ついさっきだ。

「わかってたけど。会えないのはわかってたけど・・・。せっかく東京にいるのになぁ。」

 腕時計を見ながら独り言が漏れる。

 そしてテーブルの上に出していた手帳の“MS³”と書いた文字を撫でた。

 [お疲れ様(`・ω・´)b明日は仕事だよね。今日はゆっくり休んで(๑´>᎑<)~♡]

 返信して、もう一度時計を見る。

 今頃はどの辺を走っているのだろうか。

 もう2週間くらい会っていない。

 東京には来ているのに、彼女も自分も仕事があって時間が取れない。

(こういうときに限って・・・)

 仕事があることはありがたいことだけど、こういうときはほんの少し怨めしい。

 1日ずれていれば紫づ花の仕事に合わせて会いに行く時間も取れるのに。

 朝一の仕事が終わった時に“ユニット名が決まってこれからレコーディングだ”とチャトルが入っていた。

 しかし次の仕事まであまり猶予はなく、会いに行くことも叶わず今に至る。

「エムエスキューブ、か。」

 先月見たツーショットを思い出しながらつい口走ると、ちょうど次の収録用の原稿を持ってきたスタッフの耳に届いた。

「なんですか?それ。」

「ん?なんでもないよ。」

 軽く笑ったその表情は少々ひきつってしまった。

「そういえば廣崎さん。クリスマスの予定とかあるんですか?」

「あ~。そうね、クリスマスね~。」

 受け取った原稿を軽く流し読みしながら返事をする。

「どうかな。お互い忙しくてなかなか会えないんだよね。ただでさえ遠恋なのに、彼女もこっちこれなくてさ。」

 普段は紫づ花の情報がもれるのを嫌ってあまり口にしない話題だが、適度な距離感の相手にここぞとばかりに愚痴をこぼす。

 叶多より10歳ほど若そうな彼も、興味がありそうな無さそうな、社交辞令のような相槌を打ってきた。

「働いてるとなかなか難しいですよね。しかも俺たちみたいに時間がフリーな仕事だと特に。」

「だよな~。そっちも苦労してんだ。」

「そうっすね。しかも今年はイブが土曜でしょ。そしたらお泊まりコースがテッパンだけど、俺日曜に仕事入ってんですよ。貧乏くじ引いちゃいました~。」

「お気の毒。」

 言葉とは裏腹にニヤニヤ笑いながら返す。

 彼がブースを出ようと扉を開けて、振り返った。

「時間があるなら遠距離でも行けるんですけどね。」

 その言葉が叶多を貫いた。

 行けばいいのか。慌てて手帳を取りだし12月のスケジュールを開く。

 今年はイベントとかもないのでイブも当日も休みになっている。だからこそ寂しさを感じていたのだが、日曜なら紫づ花も休みだ。彼女が来るのならその交通費を出しても構わないのだけれど、紫づ花は仕事以外でそれを嫌がるので彼女の判断に委ねていた。

 だったら・・・

「行けばいいのか。」

 目の前の景色がパッと明るくなった気がした。

 まさに光明が差した。

 その時、コントロールルームから収録再開の声が届いた。



 紫づ花がお風呂から出て真っ先にやることは、化粧水などをつけるお肌ケア。いくら若く見えると周りから言われていても、実際年齢は30代後半。ここからいきなり老けることもありえる。だからこそ、念入りに丁寧に最低限のケアをしていた。

 目の前では父がニュース番組を観ていて、母が旅行雑誌を読んでいる。いつもの光景。

 その時、チャトルの着信があった。

 とっさに画面を見ると叶多の名前。

 もう日付も変わろうという時間なのに、珍しい。

 いや、そもそも彼は宵っ張りだからこれから夜本番だって言う人だったっけ。むしろ自分が起きている方が珍しいのか。

 そんなことを考えながら、ドライヤーよりも先にスマホに手を伸ばす。

 [ようやく今日の仕事終わったよ(›´ω`‹ )重なるときには重なるから、今日は忙しかったwwwところで、クリスマスの予定は?]

「クリスマス?」

 壁掛けのカレンダーを確認する。

 そういえば今年はイブが土曜なのでカップルをターゲットにしたクリスマス特集の番組が多かった。

 この国ではもはや元々の意味など忘れ去られているイベントが多すぎる。

 [特に何もないですよ。家族でケーキ食べるくらいです。]

 そう送って、ドライヤーを取り出す。しかし作動させる前に返事が来た。

 [(ノ*>∀<)ノ♡遊びに行っていい?もちろん土曜仕事なのはわかってるから、ディナーと次の日のデート。]

「え!デ‼」

 驚いて思わず声が出る。

 両親が揃って紫づ花を見たが、何でもないと慌てて手を振った。

 実はまだ両親に叶多のことを話してはいない。

 いつ飽きられて捨てられるかというマイナス思考があったのと、果たしてなんと言って説明したらいいものかと悩んでいたのと。

 彼氏ができた、それくらいなら言ってもいいかなと思った。しかし、絶対聞かれる名前や職業を説明するにしても、まず信じてもらえない。まさかライブDVDで見てる人と付き合っているなんて。

 わかっていることとはいえ、人から『弄ばれている』とか『すぐに捨てられる』とか言われたら、自分で考えてるより凹む。

 だけど“超”現実的な両親は、紫づ花が歌でスカウトされたと報告したときも疑心暗鬼になり、やめろと言ってきた。

 それでもなんとか説得して、東京に通うことも協力してくれ始めたけど、まだ一度もがんばれと言われていない。それが、少し悲しい。

 そんな人達に『声優でファウガーデンの廣崎叶多さんと付き合ってます』なんて言ったら、猛反対されるに違いない。

 更に紫づ花にだっていつまで付き合っていられるのかわからないのだから、第三者にマイナス思考を叩き込まれたら浮上できないくらい沈められてしまう。

 マイナスにマイナスを足して、プラスになるわけがないのだから。

 そんな状態で、クリスマスデートのお誘いとか。

 絶対にバレてはいけない。

 でも・・・

 会いたい。生で会って話がしたい。テレビの中のみんなの叶多ではなく、自分だけを見つめてくれる叶多と会いたい。

 前回会ったのは和泉の仕事でスキャットを録りに行った先月末。しかも2時間ほど同じ空間にはいたけど、話した時間はすごく少ない。

 ということは初めて出逢ったのが10月半ばなのだから、約2ヶ月でトータル12時間程しか会っていない。半日しか一緒に過ごしていないのだから、自信が持てないのなんて当たり前だ。

 東京に行くたびに会えるかもと淡い期待をするが、自分は仕事で叶多にも仕事があって、会えないのが普通だと自分に言い聞かせている。そしてもしも会いたがっていることを叶多に知られたら、無理をしてまで時間を作ってしまいそうで、だから当たり障りのない態度しか取れなかった。

 本当はもっともっと叶多のことを知りたい。

 部屋にも行ってみたいし、一緒にご飯も食べたいし、せっかくイルミネーションで日本中がきれいなんだから、一緒に見てみたい。

 きっと一番好きな笑顔を見せてくれるはずだ。自分だけに。

 頭の中が叶多でいっぱいになる。

 ひとまず髪の毛を乾かして、寝る準備をして部屋に上がった。

 作りかけのクリスマスプレゼント。もう今日は明日のために寝なきゃダメなので続きが出来ないが、もう少しで完成する。

 それを一度袋から出して感触を確かめる。

 会えれば、これを直接渡せる。

 手作りのものは重すぎて迷惑だと聞いたこともある。でも、本命からのプレゼントならば手作りが嬉しいとも聞いた。

 それなら、この2ヶ月間ずっとチャトルで好意を伝えてくれていた叶多なら喜んでくれるのではないかと、10日前から作り始めた。

 彼を暖めるマフラー。

 東京はここよりは暖かくていつも紫づ花は汗ばんでいるけど、東京に住んでいる人にとっては寒い日もあるだろう。声優さんは喉を冷やしてはいけないと、10年前の声優のレッスンで先生も言っていた。

 これを渡したい。

 ベッドに腰掛け、スマホの画面を立ち上げる。

 [嬉しいです。仕事終わってからだと、19時くらいになってしまいますが、大丈夫ですか?]

 [やった‼✧٩(ˊωˋ*)و✧全然大丈夫だよ(*・∀-)bクリスマスディナーなら予約しなくちゃね。どこか行きたいレストランとかある?あ、でも今日はもう遅いから、考えておいて。明日また連絡するよ(*´▽`*)ノ]

 [ありがとうございます。おやすみなさい(´-ωก`)]

 しかし、ベッドに入ってもなかなか睡魔は訪れず、ようやく寝付いたのは朝方だった。


 ━━━━━━━━━━━━☆★☆━━━━━━━━━━━


「なんだこれ。」

 叶多の部屋に入ったとたんトモローが目を丸くした。

 その声に反応してキッチンから出てきた叶多が

「なんだそれ。」

 と立ち尽くす。

 トモローの手にはガラスクリーナーやらスポンジやら様々なお掃除セット。

「ん?いや、年末だろ?大掃除してやろうと思ってさ。」

 一ヶ月ぶりに帰った自分の部屋をまるごと掃除して、ついでに叶多の部屋もやろうと思ったらしい。

 そのトモローの視線は、床に散らばった雑誌に注がれていた。

 開いてある雑誌も閉じてある雑誌も、どれも“クリスマスデート特集”

 そして更にテーブルの上に乗っているパソコンもクリスマスディナーとかいう文字が踊っていた。

 突然めまいに襲われ、くたっと座り込む。

「なんかさ、カノジョがこっち来ることばかり考えていたけど、よく考えたら俺が行く方が時間が作れるんだよな。毎日朝早い訳じゃないしさ。」

 二人分のコーヒーをテーブルの隙間に置き、ひとまず何冊か畳んで片付ける。

 トモローは、持っていたポリ袋を部屋のすみに置き、テーブルの前に座った。

 そこに積まれた雑誌はどれも某有名観光地だ。

「へぇ。カノジョ、ここの人なの?」

「厳密には違うけど、かなり近いみたいだよ。車で30分くらいとか。」

『ふ~ん』と頷きながら手にとってパラパラめくる。

 さすが有名観光地。おしゃれな外観のホテルやレストランが写っている。

 叶多がコーヒーを一口飲み、頭を掻いた。

「たださぁ、まずいことに予約とれないんだよ、いっぱいで。」

「ああ、だろうな。だって来週末じゃん。」

 相槌を打ちながらコーヒーを含み、その自分好みの味付けに嬉しさが込み上げる。お互い長い付き合いで味の好みや嗜好は知り尽くしているが、時々そのありがたさを認識できるのが嬉しいのだ。

 帰る場所はなにも家ばかりではない。気のおけない相手もそうなりうる。

 だからと言っていちいちイベントを一緒にすごすほど密着しているわけではないけど。

 だから叶多が楽しそうにカノジョとのクリスマスの予定を考えてるのは、純粋にトモローも嬉しい。

 けれどたまに詰めが甘いのが、はらはらさせられる。

「まぁ、キャンセル待ちもいくつか入れてるしな。なんとかなるっしょ。」

 この前向きなのかいい加減なのか判断が難しいところも、叶多が人から愛される理由だと思う。

「プレゼントは買ったの?」

「まだ悩み中。先月あたりから考えてるけど決まらん。」

 重ねてあった雑誌の中から一冊引き抜き、トモローに渡す。

 付箋の付いたページをめくると、プレゼント特集だった。

「ぬいぐるみかアクセサリーか。ま、定番だな。」

「な?ただ、ここはひとつ捻ってオリジナリティを出すのも手かもしれないと・・・」

「やめとけ。捻ってもうまく好みにヒットするかわからないぞ。」

 女のプレゼントは難しい。それは骨身に染みている。ヘタな物をあげて思いきり引かれたことは、意外とトラウマ級だ。

「いやいや、俺のプレゼントセンスはスゴいよ?」

 ウザいドヤ顔で自慢してくる。思わずトモローは顔をしかめたが、確かに叶多はプレゼント選びが得意だった。

 叶多のカノジョはどんな好みなのだろう。

 先日見せてもらった困った笑顔のカノジョを思い出す。

 こんなに幸せそうに色々考えている叶多を傷付けるようなことがあったら、それが誰であっても許さない。

 トモローは密かに拳を握った。

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