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無気力の秋

作者: aaa


 縁側でお茶を飲み、猫と戯れる。隠居生活を満喫し老衰で死んで逝く人生設計だった筈が、自分が想像していたよりも随分と早い――華の高校生。青春真っ只中で、「織田秋馬おだしゅうま」は短い人生の幕を下ろす。

 人の生は案外簡単に終わるのだと、改めて理解し実感した。


 そんな俺の第二の人生は、前の人生の延長の様なモノ。止まっていた時が動き出しただけで、何か特別に変わった事をするわけでもない。いつも通りのくだらない日常が過ぎていくだけ。

 興味が無いモノ以外には無気力が標準装備の俺にとったら、この何も無い日々が幸せであり、変化こそ己の敵として嫌っていた。



「……失敗しちゃったかも。あの場であの台詞のチョイスはミスったかな」

「――ふーん。別に、何でもいいじゃん」


(ヤル気スイッチ欲しい。つーか、だる)


 何故か転生した場所が乙女ゲーの世界だった。しかも、友人が手がけた物語と似ている事に気づいたのは、舞台となるこの「天塔学園あまとうがくえん」略して、「天学」に入学してからだ。

 ついでに言えば、自分が死んで転生した事実に気づいたのもこの時。「俺TUEEE」とか自分の能力面でチートが出来る訳でもない。ただ、この世界の中心が何か知っているだけ。

 人によっては、物語の展開を知っているだけでもチートになりえるだろう。しかし、男の俺からしたら女性向けの恋シミュの知識を持っていた所で、使い道など無きに等しい。

 

「えー、でもね……。なんかね」

「めんど」


 人気の無い静かな空間。青々としたもみじの木々に囲まれ、隠される様にして真っ白なベンチがポツリと置かれている。

 上を向けば、青空が広がる。眩しげに照らす太陽は、程よく木の葉が陰を作ってくれて丁度良い。そんな絶好の昼寝スポットを俺は独り占めしている……筈だった。


「え? 今、めんどくさいって言った?」

「はいはい。言ってないから、被害妄想乙――そんな事よりさ、キノコ生やさないでくんない。このベンチ俺の寝床なんだからさ」


 俺の隣に図々しく座り、鬱々とキノコを栽培してる少女。彼女こそが、デロ甘青春をテーマにした乙女ゲーの主人公であり、「美甘心愛みかもここあ」だ。

 甘ったるい名前通りのココア色の髪をした可愛い女の子。男受けの良い加護欲が沸く容姿をしている。性格も表向き良く、全フラグを回収してしまう勢い。逆ハーフラグへ一直線の猛者だ。


「そんな事よばわりとか、ひっどーい! 心愛、泣きそう……」

「あっそ、勝手に泣けば。俺にアホ面向けなきゃ気にしないから」

「OK! キノコいっぱい生やしとくねー!」

「……アンタの思考回路、壊れてるんじゃない」


 何故か、攻略対象達へのフラグ建設の愚痴が俺へと零される。

 偶にメタ発言的なモノを口走っているが、彼女は全く気にしていない。これに関しては、対応している俺が無関心な事も関係しているかもしれないが、それ以前に彼女自身の性格が一番大きいのでは無いかと思われる。仮に何かあったとしても、持ち前のポジティブさで、問題なく斜め上へ突き進んでいくだろう。

 以前、「攻略難しいんだけどぉ」とか「私が中心なのー」とか叫んでいて、あまりにうるさいから「頭がメルヘンなわけ?」と彼女に問えば、「そうよ、私は電波少女よ!」とドヤ顔で自己申告された。やっぱりイタイ子だと再認識した俺は、ソッとしておこうと心に決めた。それ以降は、「頭がお花畑で微笑ましいね」と毎回流している。

 少しばかし向こう見ずなのは否めないが、中々に面白い子だと思う。


「もー! 相変わらず無関心すぎ。なんで心愛の話聞いてくれないのよ、こっちは真剣なのに……」

「だから、聞いてんじゃん」


(つーか、アンタも俺とかわんないと思うけど)


 話を聞いてないのはお互い様だと言ってやろうかと思ったが、既に隣から負のオーラが感じられ、奇行に走る彼女に口を閉じる。

 瞳孔を開かせて獣の様な唸り声を上げ頭を掻き毟った後、膝を抱えてブツブツと呟いている彼女を横目に、俺は空を見上げたままボーっとしていた。


(あー、何だっけ)


 正直、彼女が転生者だろうとそうでなかろうとどうでも良い。俺自身もソレをバラす気は無いし、面倒事を持ち込まなければ問題無い。とは言え、既に面倒事になっている事実は否めないが、コレに関しては仕方無い。妥協できる範囲内だ。


「あ、思い出した。鬼婆だ」

「ねー、一応聞いとくけど。何で、心愛を見ながら頷いてるのかなぁ?」

「別に。見て、そのままんまの意味なんじゃん」

「んー? やっだー、こわーい。心愛が可愛すぎて、嫉妬で鬼婆の様な形相した厚化粧ギャル(生霊)が憑いて視えてるですってぇー?」

「……あー、たぶんソレ。目の前に、ココア色の髪の人型が視えてる。特にその人、頭が逝っちゃってるみたいだから、早く祓った方がいいよ」


(あ、般若みたいになった)


 完全に自分の事を言って貶していると気づいたのか、自然と歪んでいく表情。クルクルと変わる様は見ていて面白い。もし彼女が就職先に困ることがあったら、売れるかは分からないが芸人さんになれば良いんじゃないかと、どうでも良い事が頭を過ぎる。とりあえず、進路相談をされた時には、さり気なくソレを進めてあげようと思う。


 彼女の表の性格は攻略対象の為に故意的に作られたモノなので、天然媒体の主人公(本物)と比べるとやはりズレが生じる。しかしながら、素に近い状態の彼女の愚痴を聞いていると、裏もそんなに変わらないんじゃないかと思った。何となく彼女の場合は、裏も表も根っこの部分は一緒な気がした。

 八方美人で逆ハー狙いのブリっ子ちゃんな彼女は、同性から遠巻きに見られている。「ビッチ」とか「尻軽女」だとか陰で囁かれているが、俺からしたら「だから何?」と思ってしまう。彼女の積極性と行動力で成し遂げた実績には、努力と苦労があり、頭と体を働かせてる訳だ。口だけ動かして僻む者達より上だと俺は思う。


(まぁ、俺にだけは自重してくれると助かるけど)


「ほんとさ、持ち前の空気読みスキル発揮してくんない」

「目に見えないモノを読むとか、心愛ってばどんな超人なのって感じぃ。てゆぅかー、KYの塊が強みな天然ちゃんには、そんなスキル無いんですぅ」

「あっそ」

「あー! 今ぜったい、コイツうぜーって思ったでしょ!」


 どう見たって、こうやってキャンキャン吠える彼女に負の気持ちをぶつけるより、好きな相手に想いをぶつけた方が効率的だ。しかしながら、女性と言う生き物は同性の方へと思考が行きがちの為、これは仕方ない事なのかもしれない。

 俺としては、さっさと告白して玉砕。現実を見る眼を養って、攻略キャラである彼らを恋愛対象から外してしまうのをオススメする。ゲームの仕様なのかは知らないが、現実だと思うと性格に癖があり過ぎて攻略(存在)がダルい事この上ない。絶対に、イケメンじゃなかったら許されない存在だ。


「あー、思ってない思ってない」

「うそっ! 絶対思ってたもん!」

「そもそもアンタの場合、今に始まった事じゃないし。ウザイが通常装備じゃん」


 全くもって嬉しくないが、傍から見れば彼女と俺は、仲良く痴話喧嘩している様に見えるのだろう。

 と言うか、実際にとある人物に指摘されており、有り難くもご忠告という名の牽制を頂いている。


「ムキー!」

「うわ。口で、ムキーって言うヤツ初めて見た」

「っもぅー! だからなんで、いつも人の勘に障る様なことばっか言うのよっ!!」

「うるさ。ちょっと静かにしてくんない」


 思い出すのは、昔の事の様で少し前の事。当たり前だが、何も最初からこんな感じではなかった。とは言え、お互いの性格の相性故か、こんな関係になるまで時間はさほど掛からなかった。


 俺は、初対面の女の子に対して冷たい態度でスルーできる程ひどい奴ではない。最初の内は仕方なしにイヤホンを髪で隠し、音楽を聴きつつ適当に相槌を打ち、聞いている振りをしていた。しかし、こう何度も何度も休み時間に相談に来られると、流石に話を聞いていないのがバレる訳で。突風が吹いた瞬間、髪の毛が浮き上がりイヤホンが覗き見え、俺のバッドエンドが確定した。

 お陰様で、今ではイタイ系な彼女の取り扱い方も理解し、耐性も出来た。

 慣れた様に俺は、持参した漫画を読みながら相槌を打つ。途中途中で、話を聞いてないだろと怒られるが、無視だ。自分の時間が邪魔されて、既にヤル気ゲージはマイナス値へ達している。心がお茶碗並みに広い寛大な俺でも、コレ以上譲歩するつもりは無い。

 彼女も俺の対応を心得たのか、仕方ないとばかしにそのまま話し続ける。偶に、頬を膨らまして拗ねるが。


 そんな口を開けば毒ばかりで気の利かない俺相手に、彼女はめげもせず関わろうとする。


「アンタってマゾなわけ?」

「はぁ? なに言ってるの、そんな訳ないでしょ。まじで心愛、意味わかんなーい」

「あー、ごめん。単に友達が居ないだけか」

「……ちょっと、流石に心の優しい心愛ちゃんもプンプンなんだけどぉ?」


 米神をピクピクさせながらも、どうにか笑顔を取り繕う様に笑いがこみ上げる。しかし、此処で笑うと面倒そうなので必死に深呼吸して抑える。少し肩が揺れているのは見逃して欲しい。


「ねぇ、気のせいかなぁ。なんか肩揺れてない? ねぇ、ねぇ何で?」

「コレ、武者震いだから」

「うん、それなら下を見てないで、心愛の顔を見て言って欲しいかなぁ?」

「何言ってんの。ソレなら、今も見てんじゃん」

「……っちょっとー! ソレどういう意味? 心愛の顔が、地面みたいに地味で暗くて薄汚い平面顔っていいたい訳ぇ!?」


(そこまで言ってないから)


 相変わらず、被害妄想が激しくて困る。

 きっと彼女は、織田秋馬(俺)という存在が主人公の精神面担当の裏サポートキャラで、公式設定された休憩セーブポイントだから来ているのだろう。ゲームだと俺と今日の出来事を話す事でセーブされ、ヤル気の無い応援と励ましを受ける仕様だ。現実だとセーブなんて存在しない為、意味は無さそうだが。

 攻略対象がデロ甘になるまでは苦境な道が続く。罵倒や冷めた態度など様々な要因で、主人公(又はプレイヤー)は挫折しそうになる。そこを精神回復させる役割を俺は担っている……筈なのだが。正直、俺が逆に彼女の精神へと負担を掛けている気がしなくもない。本当にご苦労な事だと思う。



 友人の遊び心で組み込まれた「織田秋馬」は、容姿も性格も含め前世の俺のままだ。

 ゲームの内容を聞いていただけで、実際にプレイした訳では無い。その為、不確定要素も多い。しかし、転生していようと無気力で変わらない日常を歩み続ける俺の行動は、物語に支障をきたす事は無い。シナリオ通りの展開へと進んでいく。


(――つーか、話が勝手に進みすぎて俺との距離がすごいんだけど。マジ、理解してても体がついて行かない系だし。マラソンだったら、参加の前に棄権してるレベルだわ)




 ぼんやりとヤル気の無い思考が頭を巡る。


 気づけば、彼女が隣に居た。

 いつも通り裏庭の隠れたスペースにあるベンチで、お決まりと化した今日の出来事を流し聞く。



「――ごめんね、愚痴ばっか言っちゃって……」

「はぁ、別に。アンタのソレはいつもの事でしょ」


 喋り終われば、最後は笑顔で帰って行くポジティブだけが取り柄の様な彼女が、今日は何故だか可笑しかった。

 悪いと思い謝るも、彼女はキノコを繁殖させる手を休めない。寧ろ、先程より増殖している。一向に晴れない表情と重苦しい空気。ふわりと巻き上がる胞子。帰る気配の無いその様子に、精神的ダメージが今回は大きかったのだろうと予測する。

 あまりに鬱陶しくて、溜息が出る。くしゃみも出そうになるも、どうにか抑える。

 読み途中の漫画を閉じて立ち上がる。いきなり立ち上がった俺に彼女は何だとばかしに、のっそりと顔を向けた。

 ジメジメしたアホ面に、手にしていた漫画で軽く叩いて「ばーか」と笑って言ってやれば、痛いと手を額にやった彼女の顔はみるみるうちに眉が吊り上る。怒り顔へと変化していった。


(あはっ、顔が真っ赤だ。でもアホはアホだな)


「やっぱりアンタには、そのアホ面の方が似合ってる」


 これ以上この場に居ると面倒なので、喚き散らしている彼女を放置し静かな場所を探しさっさと移動する。


 そろそろ俺の立ち位置が怪しくなってくる。

 入れ違いの様なタイミングの良さで彼女の下へと現れた人物を後ろに、俺は真っ青な綺麗な空を仰ぎ目を細めた。


「――くしゅっ」


(だりー、クシャミ止まんねぇ)



~~~


 どこかの空き教室で昼寝をしようと、人気の無い廊下を彷徨う。窓へと視線を移せば、前方から「カシャ」っとシャッター音の様なモノが微かに聞こえた。そちらへと顔を向ければ、笑顔いっぱいでスキップしながら駆け寄るクラスメイトの姿があった。


 気の知れた仲だからか、出会いがしら独り言の様に呟いた言葉からは、不満がこぼれる。


「環境が変わるって言うのは、疲れるから嫌だ。無駄に適応力が問われる」

「んー、でもでもー。シュウマイっちは、雲みたいに流れてるイメージだよねー」


 やんわりと受け流す。独特ののんびりとしたテンポで返ってきた言葉に小さく苦笑する。


「なにそれ、お前のこと? シュガーの方が自由にフラフラ浮いてるイメージあるんだけど」

「うはっ。なら二人仲良く適応能力ばっちりんこで問題なっしんぐー」

「……はぁ」

「なに、どうしたのシュウマイっち。考え事ー? てきなー」

「別に。シュガーがうぜーって思っただけ」


 「シュウマイっち」とは、一応俺のあだ名らしい。いつの間にか当たり前の様に隣を歩く奴は、「ひどーい」と泣き真似をするもカメラを構えたまま視線を俺から離さない。見た目が可愛い系でも無い男子高校生のソレに、今までの鬱々とした気がそがれる。その代わり、殺意の様なモノが僅かに湧き上がるのは許して欲しい。

 他人の気だるげな表情を見て「しゃったーちゃーんす」と気の抜けた声で写真を勝手に撮るこの男こそが、俺の対の様な存在。情報担当の表のサポートキャラである「佐藤さとう」だ。主人公以外にも放送委員長兼新聞部部長として学園では情報通として有名。俺を含め皆からは、あだ名である「シュガー」と呼ばれ親しまれている。


「そろそろ、肖像権で訴えていい?」

「え、だめだめ。やめてよー、新聞部として大目にみてー」

「なら、ネガ寄こせ」

「いや、それじゃ撮った意味なからもっとだめー」


(つーか、今日は昼寝できないフラグだな。だる)



 やはりと言うか、シュガーとの不毛なやり取りのお陰で予鈴が鳴り、大事な昼休みも終わりを告げる。

 移動教室も無く、自分のクラスで淡々と授業がこなされていく。

 気づけば、夕暮れ時。帰りのホームルームの時間になっていた。


「はい、今日も皆さんお疲れ様でした。気をつけて帰って下さいね」


 担任の冴えない優男、「丸谷まるたに」。通称マルちゃんが小学生に言い聞かす様に優しく笑い、「特に佐藤君と織田君」と念を押される。どうやら、先程からカメラのレンズを磨くシュガーと上の空状態の俺が目に入ったらしい。

 クラスの皆から、窓際の後ろに座る俺とその前のシュガーへと視線が向けられる。頬杖を付きながら、仕方なく軽く手を上げて了解の意を示す。俺からは見えないが、いつものゆるいテンションで「りょうかいでーす」と言う声が前の方から聞こえる。カメラをいったん机の上に置いた音もしたから、きっと敬礼でもしているんだろう。

 正直、このやり取りは何度目か分からない。注意も含めて恒例と化しており、自由人のシュガーと無気力な俺。直す気の無い人間と直す気があっても面倒だからしない人間である俺等からは、当たり前だが改善の兆しが全くもって見られない。そして、担任のマルちゃんも注意はするが、挨拶の様なモノ。彼自身からも強制力は感じ無い。

 割とこのテンプレが好きらしく、飽きもせずクラスの皆からは野次やら笑いやらで温かく見守られていた。



~~~


 窓の外を見れば、葉の色が紅葉し綺麗に映る。

 月日が過ぎるのは早い。あれから数ヶ月が経った。


 どうやら彼女は、逆ハールートをコンプしたらしい。

 らしいと言うのも、シュガー情報で、俺はここ最近あのベンチで彼女の裏サポートをしていないせいでもある。シナリオ的には、エンディングが近くなるとセーブを出来なくなる仕様だった気がするから問題ないだろう。

 変に勘違いをされて、主人公包囲網をしている彼ら(攻略対象)との衝突に巻き込まれたくない。そう考えたが吉日、俺は自分の委員会室に引き篭もって悠々と過ごしていた。シュガーから、それとなく彼女が俺と会えなくて寂しそうだと言われた気がしなくも無いが、面倒なので聞こえない振りをした。


(攻略終わったんなら、愚痴なんて無いだろ。用済みっつーことで)


「あー、でもやっぱさ、もみじベッドで寝れないとか惜しい事したかもな」


 長い間お世話になった昼寝スポットには愛着がある。四季の中でも秋の季節が一番好きだ。あの特等席で、もみじが紅葉するのを楽しみにしていた。


 不貞腐れる様にして体を沈め、目を閉じる。

 室内の中で一際目立つ立派な革張りの委員長席で寝ていれば、前方から声が掛かる。


「――なに、天城さん」


 ゆっくりと瞼を開けて、聞きなれた声に返す。

「天城もなか(てんじょう)」、大和撫子を代表したかの様な黒髪ロングのお嬢様だ。足が不自由な事もあり、車椅子に乗る彼女は儚い印象を持たせる。ちなみに、主人公のライバルキャラでもある。

 「おはようございます」と柔らかな音色が目覚めには、とても心地よい。もしこれが汚い男の声だったら、寝汚い俺は顔面パンチか無視ぐらいしていたかもしれない。

 体を少し起こすと、何かがズレ落ちた感覚がして下へと目線を向ける。どうやら、寝ている間に来た彼女がブランケットを掛けてくれたらしい。花柄の上品なソレに彼女のモノだとひと目で分かった。


「コレ、ありがと。お陰で良く寝れた」

「どういたしまして。お役に立てた様でなによりですわ」


 お礼を言って彼女に返せば、嬉しそう微笑んだ。俺はソレが少し眩しく見えて、自然と目が細まるのが分かる。




「あー、だる」


 彼女と居ると調子が狂う。誤魔化す様に口癖となった言葉が口をついて出た。

 普段から大して考えないで生きている筈なのに、思考する事が億劫になる時がある。なにもかも投げ出したくなって、不安になる。

 決まってそんな事を思うのは、彼女の優しさに触れる時。


 欠伸をして背もたれに寄りかかる俺に、世話焼きな彼女は「もう。寝ちゃダメですわ」と、いつの間に用意していたのか温かい濡れタオルで顔を優しく拭いてくれる。その際、女子の平均身長であろうと男の俺からしたら小さい彼女は、一生懸命に背伸びをして腕を伸ばす。体を前へと乗り出し過ぎて、今にも車椅子から崩れ落ちそうだ。少しばかし冷や冷やするも彼女の表情を見てしまうと、止めにくい。


(まぁ、落ちる前に捕まえれば良いだけだしな。どうにかなるか)


 そして思う。傍から見て、否どう見ても終わっている。今の自分が、とてつもなくダメ人間の塊の様な気がする。大変、心苦しい。しかしながら、善意でやってくれている訳でコレを無為にするのも悪い。等々、色々思案した結果、此処は有り難く受け取るべきじゃないかと判断した。言い訳がまししいが、決して俺は楽な方へと逃げた訳でも、クズ人間な訳でもない。


「すげー極楽」

「なんだか、じじ臭いですわよ」

「あー、大丈夫。俺は祖父をリスペクトしてるから」


(ニート。つーか、介護とか小さい子の世話されてるみたいだな)


 温かいタオルがなんとも言えない心地よさで、このまま寝てしまいたくなる程。

 クスクスと笑う彼女に「ありがと」と言って、高さ的にも丁度良かったので彼女の頭をひと撫でする。眠すぎて、瞼が閉じかかった俺には見えないが、頭の上に置いた手から一瞬ビクっとして固まったのが分かり笑った。いったいどんな表情をしているのやら。気になりはするが、あまりにも眠すぎて彼女が何か言っていた様な気がしたが、再度眠りの世界へと旅立った。



 部活や委員会の活動終了時刻を知らせる予鈴が鳴る。

 仕方なしに、背伸びをして目を覚ます。夕日も沈み、薄暗さが窓越しからうかがえた。

 返したはずのブランケットは再び俺のもとにあり、苦笑する。後ろ手で頭をかき、立ち上がる。持ち主の彼女を探そうと辺りを見渡せば、すぐに見つかった。

 どうやら、自分の席で書類整理した後に寝てしまったらしい。机の両端に処理済の用紙が山積みになっていた。


(アンタさ、バカなわけ。自分が風邪引いたら意味無いだろ)


 溜息を一つ吐き、彼女のもとにブランケットを返し下校時間だから起きろと促す。


 目をパチパチと瞬きさせた後、呆けた表情のまま動かない。目は虚ろで、今にも瞼が閉じそうだ。

 彼女の寝起きは、お世辞にも良いとは言えない。


「ねぇ、起きてくんない。もうチャイム鳴ったんだけど」

「――んぅ……わかってます、わ。それに、もう起きてま……」


 いまだに、むにゃむにゃと唸ってる彼女に懐かしさを覚える。しっかり者の普段とは違う子供のソレに笑いつつ、軽く頭を叩き再度声を掛ける。

 しかし、あまり変化が見られない。もう少し時間が掛かりそうだと判断し、隣の席に座り頬杖をつき彼女が目覚めるのを気長に待つ。


 完全に目を覚ました彼女は、俺を視界に入れた瞬間目が大きく開いたかと思えば、急に慌てだし忙しない。傍から見れば面白い以外無いので笑えば、彼女は恥ずかしそうに寝顔を見られたと小さく怒る。


「ふはっ。ごめん、ごめん」

「もう、反省してませんでしょ」


 可愛らしく怒る姿に、更に笑いが起きる。今日の彼女はやけに子供らしい。

 とは言え、あまり笑いすぎると本格的に臍を曲げそうなので、頭を軽く撫でて誤魔化した。

 何とか大人しくなった彼女を連れて、委員会室から出て鍵を閉め職員室へ向かう。


 気づけば、予鈴が鳴ってから時間が大分経っていた様で、辺りはすっかり暗い。

 蛍光灯の光に照らされ、閑散とした廊下を歩く。職員室の表札が目に入り、扉の前でゆっくりと立ち止まる。車椅子を押す手をそっと放し、扉へと手を掛ける。

 彼女にはこの場で待ってもらい、さっさと鍵を返そうと、顧問でもある担任のマルちゃんを探す。

 挨拶をして中へと入れば、教職員の姿がちらほらと見える。途中、派手なスーツがフラっと視界の端を横切るも、そんなモノは見ていないとばかしに記憶から排除する。



「よう、織田。無視はいけないんじゃないか? まぁ、コッチ来いよ」


(――だよな、知ってた。アレだけ熱視線送られたらね)


 どうやら、今日の俺はツイてないらしい。今現在、俺の目には鬱陶しい人物がしっかりと映っている。近距離で、無駄に色気を溢れさせて、存在を魅せつけていた。陰では、「ホスト教師」と言う名称で認識されており、個性豊かな攻略対象の一人。「棣棠ていとう」に肩を組まれ、「もしかして、コレか?」と小指をたてられる。そして、出入り口付近で待つ彼女にチラっと目線を送られる。そんな彼のノリに、体が拒絶反応を起こす。

「はいはい、色ボケありがとうございます。とりあえずソレ、彼女に失礼なんで」と、小さく呟いて肩に乗った手を振り払う。同時に、鳥肌が立っていた腕を素早く、且つ肌が赤くなるほど強くさする。


「寒気が止まらないんだけど。マジ、存在が悪寒」

「――なっ、……ちょっと、先生とお話ししようじゃないか。イイよな、シュウマくぅーん?」


 聞こえる様に少し大きな声で、態と言ってやれば案の定、反応した。

「良いかな?」では無く、「イイよな」の肯定形で言われて「良いワケねぇだろ、どアホ」と返してやろうと思ったし、「俺の名前を気安く呼ぶな、気色悪い」と毒を吐きそうになる。ホスト教師が、ニヤケ面をアホ面にして突っかかって来そうな所で、マルちゃんがタイミングよく来てくれた。そのお陰でなんとか事なきを得たが、本当に攻略対象者達とは相性が最悪だ。



「はい、コレ――じゃあね、マルちゃん」

「はい。わかりました、気をつけて帰って下さいね」

「――おい、俺は無視か」


 何か聞こえた気はするが、俺はマルちゃんに鍵を渡して目的は達成した。今の俺には、さっさと帰る以外に選択肢は無い。ホスト教師のお陰で、時間を数分程ロスした。と言うか、もの凄く損をした気分がしたので無視した。


(つーか、待たせてるの悪いし)


 「失礼しました」と、軽く頭を下げて踝を返す。


「ごめん、待たせた」

「いいえ、そんな事ありませんわ」


 彼女に謝り、職員室の扉を閉めようと手を掛ければ、向こう側でニヤニヤと笑いウインクを飛ばすホスト教師と、ソレに対してマルちゃんが彼の頭を辞書で叩くのが見えた。とりあえず「ばーか」と口パクで言って扉を閉めた。


(辞書で遠慮なく叩くとか、マルちゃん鬼畜だな)


 小さく笑った俺は、隣に居る彼女へと目線を下げる。

 どうやら、相手も俺を見ていたらしく、楽しそうに微笑む彼女と視線が合う。


「――それじゃ、行こうか」

「はい、そうですわね」


 学園の敷地内とは言え、暗い中を一人で帰すのは気が引ける。俺も、そこまで薄情ではない。お嬢様の彼女は迎えが来る為、門まで送って行く。

 とりとめの無い会話をしている内に、目的地に辿り着いた。何時から待機していたのか、門の外にはリムジンが横付けされており、彼女に気づいた運転手が降りて車内へとエスコートする。

 その様子をボーっと見ていれば、車の窓が開き彼女が顔を覗かせる。


「今日はご迷惑をお掛けしちゃって、ごめんなさい」

「別に。つーか、ソコはありがとって言っとけば良いんじゃん」


 眉を下げて申し訳なさそうに笑う彼女に溜息が出そうになって、投げやりな感じに小さく呟けば、くすっと笑った後、いつもの柔らかな笑みをのせてお礼を言われた。


(あー、ホント。冗談通じないっつーか、苦手だわ)


 なにも、お礼の言葉が欲しくて言った訳ではない為、こうやって改めて言われると反応に困る。と言うか、校門まで一緒に帰っただけで、お礼を言われるような事はしていない。寧ろ、二度寝した俺がそもそもの原因の様な気がする。

 後ろ手で頭をかきつつ、律儀な彼女に苦笑して結局溜息が零れた。

 その後は二、三言交わして、笑顔で手を振る彼女に軽く手を上げて別れる。彼女の乗った車を見送れば、俺の前へと先程とは違うリムジンが一台止まる。

 

「坊ちゃま、お疲れ様で御座います。――さぁ、お乗り下さいませ」

「ああ。いつも悪いな」


 幼い時からの俺専用の運転手。相変わらず容姿が変わらない。年齢不詳の物腰の柔らかい彼に促され、車内へと入り座る。

 窓の外の見慣れた町並みを眺め、ひとつ息を吐く。背もたれに寄りかかり目を瞑る。


(マジ、わかんねぇ)


 主人公のライバルキャラであり、生徒会長の許嫁。面倒な立場の彼女とは、実は昔ながらの付き合いで、生徒会長と会計を含み幼馴染関係だ。

 とは言っても、そんな関係を大事にしていたのも昔の事。今では、同じ学園に通う唯の同級生。


 彼女の好きな生徒会長は、今や主人公の逆ハー要員の一員として堕ちている。

 シナリオとしては、彼女は泣いていた。最後には、自分から会長を振る展開になっていたはずだ。しかしながら、そんな素振りは今の所、うかがえない。単に俺が気づいていないだけかもしれないが。


(まぁ、泣かれてもだるいから良いけど。うつ展開とか、マジないし)


 逆ハーレムだろうと、自分に害が無いハッピーエンドなら万々歳だ。

 声の無い呻きを心の中でこぼした後、目を開ければ、バックミラー越しに心配そう此方をうかがう彼と目が合う。常に無表情なのに、雰囲気から分かるソレに気が抜けていくのが分かる。

 ふっと笑い、大丈夫だと手を振る。

 流石に、自分勝手に悩んで憂鬱とする俺が事故の原因にはなりたくない。


(今は考えるだけ無駄か。つーか、だる過ぎるから今後もパス)



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