親の愛情は深いもの? ~ドメスティックバイオレンス~
午前2時すぎ
窓から見える夜空は、やや曇ってはいるが満月に近い綺麗な空だった。
両親はもちろん就寝している頃で、たまに外を走る車の音が聞こえるくらい。
「さて、これで材料も環境も整ったわけだが……」
小心者の俺はここまできて少し戸惑いを感じた。
何かに取り憑かれたり……呪われたりなんかしないよな……
とゆーか俺は一体何をやっているんだ……
だがしかし!!
今の現状、これからの未来で自分の置かれている状況を考えたらどうでもよく思えた。
もうどうでもいい! 新しい世界に突入だー!!
切り替えの早い俺はさっそく儀式にとりかかった。
「太古より眠りし魔術士の力を今ここに開放し、我に召喚の魔術使用を命ずる」
ステッキを振りかざし、もう気分はゲームの中の魔法使いだった。
本に記載してあったとおりの言葉、工程をこなし儀式は終了。
やり尽くした感があり、気持ちが少しだけ満たされた。
「ふうっ……なかなか楽しかった。僅かだけど現実逃避できたよ……」
俺はベッドにゴロンと転がり
「まぁ期待してたわけではないけど、こう何も起きないってのも寂しいもんだなぁ……。
電気が消えるとか物が落ちるとか、そんなポルターガイストも起こらないなんてなぁ……」
その時だった。
室内の証明が一度だけ瞬いた。
「ファッ!!」
俺の情けない声が漏れた。
「な……なんだよ……びっくりするじゃねーか……」
落雷があったわけでもないのに一体なんだったんだ……
やばい……ドキドキが止まらなくなってきやがった。
俺は慌てて上半身を起こし……まさかと思いながら先ほどの儀式のセットに目を向けた。
すると……
閉めきっている部屋なのに何故かロウソクの炎が激しく揺らめいていた。
そしてヴードゥー・ドールの代わりに使用したくまちゃんヌイグルミを中心に、じわじわと用意した素材が集まっていく。
みるみるうちに素材を吸収したヌイグルミは目の錯覚かと思わせるような速度で肥大化していく。
「えっ……えっ……、なんなんだよこれ……ほんとに何か召喚しちまったのか……」
俺は壁に張り付いてビクビクしまくっていた。
そういえばっ……召喚後もしもの時の為の護身用魔法陣が本に書いてあった! が無視して作っていませんでした……。
い、今からでも間に合うはず。
俺は急いで本をめくり魔法陣のページを開く。
あった!これだ!
急いで写さないと……ってプギャー!!
緊張で手が全く動かねぇぇぇ!!!!
トントンっ
「ぐふぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
何者かに肩を突かれ、俺は口から心臓が飛び出そうなくらい声を上げてしまった。
『はじめましてっ! あなたが召喚者さまですかっ?』
まるでアニメのような声に違和感を感じ、恐る恐る振り返ってみた。
するとそこには赤い髪の女の子と子犬サイズのラクダがいた。
「えっ……あっ……あのー、一体どこから……?」
するとその女の子は
「うん? わたしですかぁ? えーっと……確か……ずーっと眠っていたはずなんですけど、
あなたにに召喚されたみたいでここに参りましたーっ! これからよろしくですっ! うふふっ。」
召喚て……マジ!? この俺が?? 成功しちまったのか……!?
しかしその時、恐怖の階段の軋む音がした……
『このクソ馬鹿息子がーっ!! 夜中に何騒いどるんじゃぁぁ』
やばい……おやじが上がってくる!
この状況を見られたら間違いなく激怒するだろう。
こんな時くらい大人しく寝てればいいものを……って俺がさっきあんな大声出したから起こしちまったのか。
「あ、あのー。ごめん! ちょっとこの布団の中に隠れてて! そして絶対に声だしちゃ駄目だよ! すぐに戻ってくるから! 」
女の子はポカーンとしていたが、そう言い残して俺はおやじとのバトルに向かった。
勢い良くドアを開け、俺はすぐさまジャンピング土下座の体勢にはいる。
「お父さん! 深夜に騒いでしまってもうしわけありませんでしたぁぁぁ!!!」
結果は毎度の事で、おやじからの罵声を浴びつつフルボッコ。
俺は転がりまわるしかなかった。
だがしかし、部屋に入られることを死守できたことに関しては今回は俺の勝ちだと思っている。
ふぅ……やれやれ、相変わらず手加減を知らないおやじだな……。
俺は痛む身体を引きずりながら部屋へと戻った。
「さっきはごめんな。 もう出できても大丈夫だから」
……あれっ?
反応がない。
もしかして消えちゃったのか?
しかし布団は不自然に膨らんだままだ。
俺はゆっくりと近づき、布団をめくってみた。
「くーっ……すぴーっ……」
先ほどの少女だった。どうやら眠ってしまっているようだ。
「……寝ちまったのか?」
さっきは唐突すぎてじっくり見れなかったけど……こうしてみるとホント人間の女の子だな。
…………。
……ってちょっと待て!
生まれて初めてじゃねーか!女の子が俺の部屋にいるなんて!
しかもふと……ふと……布団の中!!
……ゴクリッ
なんなんだ……このシチュエーションはっ!?
……って馬鹿か俺はっ!
この子は何者かもわからないんだぞ!
もし変なことでもしようものなら本当に殺されちまうかもしれねぇ……。
でも……でも……この神が与えてくれた唯一のチャンスを棒に振っていいのかっ!?
これはきっと……神は俺に……行けと言っているに違いない。
緊張と高揚で俺の頭はおかしくなり始めていた。
胸の高鳴りで耳がビクビクしている。
そして俺は……
指先で女の子のホッペをつついてみた。
「……んっ、……う~んっ…… 」
うおぉぉぉぉぉっ!!なんだこのとろけるような柔らかさはっ!!!
それでいて程よい弾力もあり、果てしなくプルプルしてやがるっっっ!!
その刹那、触っていた手に激痛が走った。
「ぐふぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
なっ……なんなんだっ!一体なにが起きたっ!?
慌てて手を引くと何かが一緒になってついてきた。
「なんだコイツは……おもいっきり噛み付かれてるじゃねーか……」
俺の手には小さいラクダみたいな奴がギリギリと噛み付いていてプラプラと揺れていた。
「どちくしょう!いてーじゃねーかっ!さっさと離れろっ!! 」
俺は力ずくで腕を大きく振ると、ピヨーッと叫びながら勢い良く飛んでいき壁にドスンとぶつかった。
「ピ……ピヨだと!?」
何者なんだコイツは??見た目はラクダのくせして中身はヒヨコなのか!?
俺はハッとなり、あの音が聞こえないように心から強く願った。
……
ミシッ……
ミシッ……
『このクソ馬鹿息子がーっ!! 一度ならず二度までも騒ぎおって!!!』
ふっ……おやじもなかなかしつこい野郎だぜ。今度こそ一瞬で終わらせてやる!
俺は猛ダッシュで部屋を出て、その勢いでおやじに向かってスライディング土下座を披露した。
数分後……フラフラになった俺は部屋に戻り、意識が遠のいていくまま眠りについてしまった。