クラインの壷
しとしとと降り出した雨は僕の黒髪を漆黒へと変化を齎す。
僕は分厚い雲に覆われ、日光が殆どささない天を欝陶しげに軽く睨み、小さく溜息をついた、
そして、近くにあったトンネルへ走りだし、
「姿を消した」
これは、僕が体験した少し不思議な出来事の話…
僕が飛び込んだトンネルは既に閉鎖されており、幽霊が出る、という噂さえある古ぼけたトンネルである。
トンネルの内部は黴のような臭いが漂い、雨の匂いと混ざり、独特な匂いが漂っていた。
あまり長くは居たくないな…
それが正直な感想だった。
トンネルの近くには店はおろか民家さえも見えない。
僕はトンネルで雨宿りするしか手は無かった。
……雨は一切止む気配無くしとしとと降りしきる。
僕は…そのうち…睡魔に襲われ…トンネルの壁に寄り掛かり…眠ってしまった。
……
目が覚めたとき、僕は知らない場所にいた。
どこかの廊下であろうか?
壁は薄汚れ、薄く、錆び付いた鋼鉄の扉が左右に並んでいる。
前は勿論、後ろにも…
低い天井には裸電球が一定感覚で幾重にも連なり、ぼんやりとした光を放っていた。
正直不気味、としか言いようが無い。
この変化に僕の頭はついていかなかったのだろう、僕は何も考えずに近くにあった扉の取っ手を掴んだ。
扉はギィーーっと重々しい大きな音を放ちながら開いた。
「う、うわぁー!」
扉の中の小部屋と廊下の中に僕の叫び声が響いた。
そこにあったのは……遺体、それも腐りかかり、肉の間から骨が見え、腐敗臭がぷーんと鼻につく…明らかに人だった、遺体だった…他には何も無い…
「うっ…」
僕は吐き気を我慢しながら小部屋を急いで飛び出した。
そしてそのまま廊下を一直線に走り出した。
だだだっ、っと靴音が廊下の中に響く。
それは反響し、前後左右から縦横無尽に僕の耳を大音量で直撃する。前後左右から…?
……漸く僕の頭が正常に働き始めた。
走っても走っても一向に終わらない扉たち。
終わらない扉が僕の不安を煽る。
少しずつゆっくりなっていく歩調、すると前方から、うっすらと開いた扉が見えた。
カツン、カツン、カツン…
ゆっくり歩くようになった足に引き付けられ、僕はその扉の近くへと吸い寄せられた。
そして、恐る恐るその扉の中を覗いた。
「!」
そこには先ほどと同じような遺体が鎮座していた。
…いや、同じような、ではない…
同じ、だ…
間違いなく先ほどの遺体と同じ、そして、僕の足元に転がった財布がそれを決定づけていた。
ゆっくりと遺体を見ないように下に落ちている財布を拾い、扉を閉める。
扉はギィーーと、大きな鳴き声を放つ。
間違いなく僕の財布、まだ生暖かい。
恐らく先ほど走りだした際に落としたのだろう…
…何故?、疑問が頭の中を駆け回る。
僕は真っ直ぐ走っていたはずだ。
消して廊下は曲がってはいなかった。
「有り得ない…」
僕は小さく呟き、走りだした。
先ほどの扉の前に財布を置いたまま。
……
結果は同じだった。
暫く走ったら、財布が落ちた扉があった。
恐る恐る扉を開けると、また遺体が鎮座している。
「……!」
僕は声が出なかった。
メビウスの輪…或いはクラインの壷…
この単語が頭に浮かんだ。
「うぐぅ……うぇ…」
僕は吐き気を堪え切れず壁に向かい嘔吐した。
「はぁ……」
僕は多少落ち着き、ここに閉じ込められている、という現実を理解した。
ギィーー…バタン
ギィーー…バタン
と次々と扉の鳴き声が響き渡る。
最初は恐る恐る扉を開けていた僕も、他の小部屋からは何も見つからなかったので、次第に大胆に扉を開けていった。
そうして僕は絶望した。
次の扉の前には、僕の財布と、嘔吐物があった。
そうして、僕の意識は、薄くなっていった。
「はっ!」
僕の意識が覚醒する。
そして、周りを見渡し、またも絶望する。
相変わらず周りは黴臭さと薄汚れた廊下が広がっている。
僕は瞳に涙を浮かべながらも、気力を振り絞り歩き出した。
カツン…カツン…カツン…、と靴音が廊下に響く、が一つ違和感を感じる。
僕の靴音の間に別の靴音が聞こえる、気がするのだ。
試しに一度止まってみると、
カッ…カッ…
と、小さな靴音が聞こえるでは無いか。
僕は急いで大声を上げた。
「誰かいるんですか!?」
返答が無い、もう一度叫ぶ、しかし返答は無い。
遂に僕は幻聴が聞こえたのだろうか。
…悩んでいる暇は無い。
僕は走り出した。
聞こえる足音が段々大きくなる。
「あっ…」
遂に前に少女が見えた。
「ちょっと…」
と、僕は話すが彼女は聞こえなかったように歩き続ける。
まだ遠いから聞こえないのだろうか?
僕はまだ走り続けた。
漸く彼女の姿がはっきりとしてきた。
年は11、2だろうか、あまり高くない身長に銀色の肩までかかる長髪に白いワンピース、このような場所に不釣り合いである。少女は僕が近付いたのに気付いたのだろう、彼女は軽く僕の方を振り向いた。
彼女の顔は無表情なような…それでいて悲しそうな顔をしてまた、歩き出した。
僕は暫くぼうっとしていたが彼女が見えなくなりそうになると慌てて追い掛けた。
ギィーー、と前方から扉が鳴く。
僕は扉まで走っていくと思わず
「えっ…」
っと呟いた。
そこはかなり旧式だがエレベーターとなっていた。
縦に円筒状になった空間、廊下の壁と同じような錆び付いた壁、ボタンは無い。
そこに彼女は佇んでいる。
ギィーー、と再び扉が鳴き僕を拒絶しようとする。
しかし僕は、吸い込まれるように中へと入っていった。
エレベーターが
ガタン、ガタン、ガタン
と規則的な音を発しながら上がる。
狭い空間の中、彼女はずっと少し俯いていた、僕がなにかを話し掛けれる雰囲気ではなかった。
沈黙が続く、僕から話し掛けれるわけもなく、彼女が話し掛けるわけもなく…
エレベーターはどれだけ上がっていってるのだろうか、とても長く感じる…
ガタン、と一際大きな音を放ちエレベーターは停止した。
扉が再度鳴く…
少女はいつの間にかいなかった。
少女が居ない…?
僕はエレベーターを飛び出した。
「うわっ!」
そこは、まるで銭湯の煙突の上のようだった。
足場は狭く、すこしでもバランスを崩せば落っこちそうであり、周りは霧であった。
霧の中、うっすらと町並みのようなものが見えた、気がした。
…なんなんだ…
僕の呟きは風と霧の中に消えていった。
ガタン、ガタン、ガタン
またもエレベーターが規則的な音を放つ。
僕はその中にいた。
更なる絶望に苛まれながら…
エレベーターから降りても、少女の姿は見えなかった。
僕は、当ても無く、ふらふらと、歩き回っていた。ふらふらと歩き回っていると、再び少女の姿を見掛けた。
僕は急いで少女を追い掛けるも彼女の姿は、とある扉と扉の間で忽然と消えてしまった。
僕は恐る恐る扉の間を探ってみる。
そこは古ぼけた木造の建物の小部屋…
…僕はこの場所を知っている……?
ここは…小学校の…放送室……?
なぜここに…?
小学校は既に閉鎖され、取り壊しが決まっていたはずだ…
なぜだ…
僕がそんな疑問を頭にするよりも、前に少女の姿が現れた。
そして、小部屋の先にあった木製の扉の中に消えていった。
扉を開けると、そこには白骨化した遺体、少女はその中に消えていった。
そして、僕の意識は、再度、消えていった…
僕が再び気が付いたのはトンネルの中だった。
空には虹がかかっていた。
後日、僕は小学校で遺体を見付けた。
小学校が無くなる一週間前だった。
ほぼ全ての皆様初めまして、風唄と申します。今回の小説ですが、私が見た夢を小説っぽく纏めてみました。夢なので私にもいまいち分かりかねる部分があるのですが…何卒ご容赦のほどをよろしくお願いいたします




