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3 闇医者

「………。」


ここに来て約三日目。相変わらず私はここに留まっている。あの男の言ったように、これまで私に手を出してきたことはない。まだ三日目なので何とも言えないけれど。


ただ少なくともあの男は奴隷商ではないことが分かった。


奴らは決して単独行動をとらない。あの商売は少人数でやっていけるものでは無いのだ。


何かしら商品になりそうなものを捕まえたとしても1人や2人じゃ話にならない。最低でも20人は必要だ。男や女子供に『アメミト』様々な商品を用意しなくてはならない。故に奴隷商には、捕まえる者、見張る者、競りをかける者、世話をする者など多くの人間がいるのだ。


しかしあの男からはそんなに大人数の匂いはしない。何より外に出ている時間よりも家の中にいる時間の方が長いのだ。時たま返り血を浴びて帰ってくることもあるが、別段それは気に留めることではないだろう。



D区に位置するこの家には頻繁に、とまでは言えないが、一日に二、三人の地下街の住人が訪れる。そのほとんどが怪我を負っている。どうやらこの家の主は地下街における医者のような存在らしい。下手に銃創や刀傷を地上の医者に診てもらおうとするならば、うっかり警羅隊に連絡されかねない。ここD区も含め、地下に住む人間はすねに傷があり、叩けば埃やら何やら不味いものがわんさと出るような経歴の者がほとんど。地上で捕まるくらいなら、多少足もとを見られた治療費だとしても地下街の闇医者に診てもらう方が圧倒的に都合が良いのだ。


そしてここに来る者は皆ここの闇医者のことを『ハク様』と呼んでいる。あの男の名前はハクというらしい。ただ『ハク様』と呼ばれているが、その様には敬意というより恐怖が滲んでいた。


しかしその腕は確かなようで、客は絶えない。私の怪我も想像よりも早く治りつつある。『アメミト』としての治癒能力を差し引いたうえでも。喉の傷はまだ時間がかかりそうだが、腹の銃創からはもう血が滲まない程度だ。



「ハク様!こいつを治してやってください!新しく仕入れた商品なのですが、自分で喉をナイフで突いたんで、ガハァッ!!」


玄関から聞こえてくる男の声にビクリと肩が跳ねた。…商品、つまり今回の客は奴隷商人。どうやら他の奴隷商から卸した奴隷が自殺しようとしたらしい。元一般人なら自殺したくなるのもも当然だろう。地下で生きることを決めた人間は、それこそ泥水を啜ってでも生きようとするのがほとんどだ。身体を売ることになろうとも、奴隷に身を窶しようとも。しかし一般人でしかも突然売られたらまずここでは生きていけはしない。

だが私がこの安全な家の中で過ごして三日。気がつかないうちに随分この状況に甘えていたらしい私は、奴隷商というだけで戦々恐々とするようになってしまった。ここにいることがばれれば捕まってしまう。


これは不味い、非常に。傷が治ればここから出なければならないのに、早いうちに出て行かなければ劣悪な地下街の生活に戻れなくなってしまう。安全の保障された快適な檻の中で過ごした飼い猫は、外に出ればあっという間に食い物にされてしまう。


「うるせぇ騒ぐな。奥にも怪我人が居るんだよ。騒ぐなら出て行け。」


大声で騒ぎたてたのが気に食わなかったらしく、ガタン!と男が蹴り飛ばされたらしい音がした。ここの闇医者はひどく足癖が悪い。一度あのブーツで蹴られた私としては、奴隷商とはいえ可哀そうに思えた。


「ぐっ…お、お願いします。このままじゃ大赤字に…痛っ!」

「俺の前でその汚ぇ商売の話をするな、不快だ。…明日引き取りに来い。死にはしないだろう。20万

だ。」

「あ、ありがとうございます。失礼しますっ。」


バタン、音を立てて扉が閉められた。もう玄関に奴隷商の気配はない。


半開きにしておいたこの部屋のドアをギィっとゆっくり開け、そろりと処置室を覗いた。


簡素なベットに横たわっているのは、10歳前後の少女。そのブラウンの髪は随分と適当に切られているが、その髪にはつやがあり白い肌もほとんど傷がない。僅かにある傷は新しいもの、おそらく奴隷商のもとに来てからつけられた傷だろう。子供は高く売れる。奴隷としても、モルモットとしても。


見る限り、まず間違いなく貴族の娘。大方立ち行かなくなった家のかたに売られることになったのであろう。今まで甘やかされてぬくぬくと育ってきた娘では奴隷商からは逃げられない。何より本人も今の自分の状況を受け入れられないままに違いない。


現実逃避の末の自決、といったところだろうか。


勝手に考察を繰り広げていると、治療をしていたハクさんと目が合う。


「来い。暇だろ。手伝え。」

「……。」


彼の言うことは全く事実なので頷き駆け寄る。相手にも目的があるとはいえ、今はここに住まわせてもらっているうえに食べさせてもらっているのだ。働かざるもの食うべからず、の精神が根付いている日本人としては、できる限り手伝っておきたい。流石に何もせずに今の環境を享受できる程面の顔は厚くない。


少女を見ると麻酔をするまでもなく気を失っていた。


熱消毒の済んだ針と糸を手渡し、縫い終ったあとに必要なアルコールやガーゼ、包帯の準備をする。


ちらりとハクさんの手元を覗きこむ。傷口はギザギザに切れている。どうやらこの少女が使ったナイフは随分と切れ味が悪かったらしい。しかしそのおかげで傷は深くならず出血もそこまで多くない、動脈までは届いていなかった。おそらく少女自身も深く突き刺す勇気がなかったのだろう。ただあの奴隷商の男が大慌てでここへ来たので、突き刺した時は派手に血が流れていたに違いない。


数年この世界で過ごして分かったのだがこの世界には輸血という概念は無いらしい。だから出血が多すぎる場合はまず助からない。一般的に自分の身体に他人の血液を入れるなんてありえないことのそうだ。血を失っても造血丸を飲ませることがせいぜいだ。


チクチクと喉が縫われていくのを無感動にみる。私の喉もこんな感じに縫われたのであろうか。


「鋏よこせ。」

「……。」


いつの間にか縫い終わり糸を結び残りを鋏で切った。ここは病院のようなところではあるが医療設備は孔だらけだ。メスはあるが、鋏はたたの鋏だし、糸も手術用の糸ではない。消毒用アルコールすら酒から蒸留して調達している。


傷の消毒をしているうちに必要な分の包帯を目測して切っておく。


ガーゼが当てられ、包帯を巻いていく。


「終った、もう良いぞ。」

「……。」


終ったといわれても別に他にやることもないので何となく少女の顔を覗きこんだ。


この少女は、目が覚めたとき自分が生きていることに絶望するのだろうか。


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