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2 逃亡失敗

「嗚呼、これが異世界の人間なのか?」

「召喚に成功したんだ!これは最高の器になるはず!」

「早く拘束しろ!異世界の生き物だ、妙な力を持っているかもしれない。」


掠れる目を開けると目の前には日本人の顔っぽくない顔だちの男たち。手前の人間たちは黒や紫のローブを着て手には何か本のようなものを持っている。少し離れた所には白衣を着た研究者のような男女が忙しそうに走り回っている。そして私を円で囲むように五メートルおきに銀髪の人が倒れていた。

死体なんて見たことない。それでもわかった。この人たちはもう生きていない…。



「どこ、ここ…?」

「ほら、おい立て!」

「え、ちょっと触らないでっ!」

「早く縛れ!!暴れたら面倒だっ」

「離してっ!あんたたち何!?」

「黙れっ騒ぐな!」

「いっ…!」



よく状況も分からないまま男たちに囲まれる。腰には銃のようなものをつけている。おかしい…!何なんだこれ…異世界ってなんの話だ、器って?


抵抗すると一人の男に殴られた。激しい痛みに目がチカチカする。ある程度喧嘩慣れはしているつもりだったけど、大の男に本気で殴られたのは初めてだった。口の中が切れたらしく鉄の味が広がる。くらくらとしているうちに縛りあげられた。



「おい、本気で殴るなよ。初めて召喚に成功した異世界人だぞ。たった一人の大事な被験体だ。壊れたらどうする。」

「全くだ。こいつの実験が成功したら至高の『アメミト』ができるはず。政府にも負けない軍事力になる。」



聞いたことのある単語が耳に入った。


『アメミト』確かエジプトで書かれた『死者の書』に書かれていたキメラの名前。悪人の心臓を食べ、死者の魂を永遠に消滅させる。そんな感じだった。


だけど多分そんな知識は私には必要ない。


今の状況は全く分からない。それでも分かることは一つある。


私はこれから人体実験の被験体になること。政府の転覆に使われること。


そして私は人間ではいられないこと。


首の後ろに手刀をいれられ、私は幽かな希望と共に意識を手放した。



もはや自分の名前すら覚えていないのに、このときのことだけは鮮明に覚えている。


*****



「……?」


重い瞼を開けると黄色っぽい電灯がゆらゆらと揺れている。


背中には柔らかい感触。体には布団が掛けられていた。


ここは、室内?

そもそも今まで私は何を…


「…っ!!」


一気に記憶が流れ込む。


怒声、足音、荒い息、疼く傷、叫び声、鉄臭さ、一面の赤。腹の傷が僅かに痛む。


…確か私はD区の広場にいたはず。しかしここはどう考えても室内。


奴隷商に捕まったかと思ったが、両手両足に枷はない。


ではすでに貴族へ売られた後かとも考えるが、どう贔屓目に見ても室内の様子は豊かな暮らしをしている人間の部屋ではない。


窓の外を見るとうす暗い。どうやらここはまだ地下街らしい。


なんにせよ、逃げた方が良さそうだ。


だるく重い体に鞭打ち身体を起こす。ベットから降りると床がキシリ、となった。



「目が覚めたか。」

「っ!!」



部屋の入口にはいつの間にか一人の若い男が立っていた。気付かないというのは不味い。あの男が強いのか、私の身体が弱っているのか。


癖っ毛の金髪に紫の目。背格好は180前後その体は服の上からでも分かるほど鍛えられている。


この狭い部屋でやりあって勝てるか…?


逃げるためには部屋の入口を塞ぐあの男を何とかしなければならない。今あの男は丸腰、いける。


軽く床を蹴り、少しだけ右腕を硬化させ跳びかかる。



ガキィッ!!



「っ!」

「おいおい、いきなり物騒だな…せっかく助けてやったのに、よぉ!」

「ガッ……!」


先ほどまで丸腰だった男は横に立てかけてあったらしい両刃の剣をもっていて、それで私の右腕を受け止めた。そして受け止めたまま私の鳩尾を硬いブーツの先で蹴り付けた。意識が飛びかけるのを必死につなぐ。


私はまともに受け身も取れず無様に床に転がり、結局もとの部屋の奥に逆戻りとなった。


「まぁ、座れ。危害を加えるつもりは大してない。」



男は部屋の隅の椅子に腰掛け、ベットに座るように促した。


大してない、というのは少し他意を感じさせるものがあるが、先ほどのやり取りから少なくともこの男と話さなければ部屋からでることは叶わないだろう。渋々とベットに腰掛ける。痛んだスプリングがギシリと鳴いた。


「まあ、いろいろ聞きたいことはなると思うが自分でも分かるように、今お前の喉は潰されていて声はでない。喉を刃物で切られていたが死ぬことは無いだろう。一応傷は縫っておいた。他の場所も含めてな。」


自然と指が喉に触れる。傷は大きく横に6cm位だが男の言ったように綺麗に縫われていた。よくよく見てみれば撃たれた腹や傷だらけだった手足には包帯が丁寧に巻かれている。


「俺への質問はその喉が治ってからにしろ。一応言っておくが、俺は奴隷商じゃない。」

「……?」


奴隷商でないなら何故私を保護したのであろうか。チンピラや極道には見えない。男の容姿にしても女には苦労したことのなさそうな顔だ。


だが何の理由もなく怪我した相手を保護してやるような甘い人間は地下街にいない。そんなことをしていればあっという間に他人に付け込まれる。


「どうして俺が助けたのか分からないっていう顔だな…。可哀そうだったから、なんてふざけたことは言わねぇ。俺はお前に興味がある、だからここへ連れてきた。話が聞きたかっただけだ。お前の、というより『アメミト』のな。」

「…!」

「おい、暴れんなよ。どうせ今の身体で外に出て行っても、すぐ奴隷商のやつらに捕まるのがオチだ。あいつらは喉から手が出るほどお前らを欲しがってんだ。」

「~~~っ!!」


『アメミト』という言葉を聞きすぐに逃げようと決め立ち上がりかけたところを、私より先に立ち上がった男が私の喉を情け容赦なく掴んだ。傷の塞がり切らない喉に激痛が走り、声にならない悲鳴を上げる。大して危害を加える気はない、というのは本当にそのままの意味らしい。抗議を込めて睨みつけるも本人はどこ吹く風。


「どうなっても良いなら出て行っても止めねぇ。だがそこまで頭が足りねぇ訳じゃねぇだろ。」

「……。」


男の言うとおり、今この痛む身体で外に出ていけばどうなるかは日を見るより明らか。

それにこの男には私に対する興味はあっても敵意は無いようだ。


「…どうする?出ていくか、ここに留まるか。悪い話じゃないはずだ。出ていくなら横に、残るなら縦に首を振れ。」


もはや今の私に残された選択肢は一つだけ。


「…。」


私はコクリと一つ頷いた。


「ふっ、だろうな。」


すっと男の右腕が私の方へ伸ばされた。


「っ!」


殴られる、そう思ったがこの至近距離では防御が間に合わない。反射で首が縮まり、目を瞑った。



しかし、いつまで経っても痛みは訪れない。

恐々目を開けると少し困ったような顔をした男が居た。伸ばされた手は宙をさまよっている。


「…?」


その手はしばし泳いだ末にそっと私の頭の上にのせられた。


「だから、お前をどうこうしようっていう気はねぇよ。びくびくすんな。信じろよ。」


そのままわしゃわしゃと掻き撫でられた。


「まぁ声が出るようになったらお前から聞きたいことがいろいろあるが、今は身体治すことだけ考えてろ。」


でも極力この部屋からは出るなよ。それだけいうと男は部屋から出て行った。


どうやら私は労せずしばらくの屋根を手に入れたらしい。


あの男が何を考えているのか、真意は何なのかまでは分からないが取りあえずはここにいることにしよう。

だけどあの男が私に危害を加えようという気が少しでも起こったらすぐにあいつは殺そう。どうせここにいるのもあいつと関わるのも傷が治るまでの話だ。今の傷の様子を見る限り、早く見積もってせいぜい二週間程度。それまでは世話になろう。



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