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11 溝鼠の世界

歩くハクさんの後ろをフィオ、私の順で続く。閑散としているB区の外れから中心地に向かうにつれて賑わいが出てくる。フィオははぐれないようにハクさんのコートのはしを掴んでいた。


人通りが増えるとともに見店の黄色い明かりも増していく。その様子は向こうの世界の祭りの露店に少し似ていた。しかしこの地下街の闇市の光はここの住人の陰を色濃くさせているだけだった。



「フィオ、あまりキョロキョロしない方が良い、ハクさんとはぐれてしまうよ。」

「あ、うん、ごめんなさい。ここでは何が売られてるの?」



背の低いフィオでは人波の僅かな間からしか店先を見ることができない。ハクさんは少しだけ後ろの私達の方に視線を遣ると、片手でフィオの頭を鷲掴み前に固定した。



「わわ、ハクさん?いきなりどうしたの?」

「…見て気分の良いもんじゃねぇ。フィオはあんま見んな。」



ハクさんの声に釣られるようにして露店へ目を走らせる。見える商品はやはり普通の市場や露店とは似ても似つかねものだった。


剣や槍、鎖に盾、一般的な食料品も置かれているが、大半は闇市特有な商品だ。そして一際目を引く商品、店の前に裸にされ立たされている奴隷たち。皆一様に死んだような目をしている。ただ彼等は私から見て、どこかちぐはぐなようであった。並べられた商品には全く共通点が見られないのだ。強いて挙げるなら皆傷だらけであることだろう。


ばれないようにそっとフィオと店の間に身体を入れ彼女の視界を遮ろうとした。しかし、


「クレハ姉、あの店って…。」

「見たくないなら見なくても良いよ。君が世界を知っていく時間はまだまだ長い。今は目を逸らしても許される。」



見るなとは言わない。彼女が知りたいと願うのなら、彼女には知る権利があるのだから。今は大人の庇護下にある彼女はこの汚く醜い現実を無理して見る必要はまだ、ない。いずれ知らなくてはならない時が来るが、それは今ではない。



「見たいとは思わない、けど私は知りたい。その、上手くは言えないけど、私は今のあの人たちになるところだった。たまたまハクさんとクレハ姉に助けて貰ったからこうして自由でいられる。でもあの人たちのことは私にとって他人事じゃない。だから私は知りたい。もう取り繕われたキレイな世界なんていらないから、私は表も裏も全部知りたい。私達の生きるこの世界を知りたい。」



たどたどしい口調でそう言うフィオには、もう傲慢で高飛車であった貴族の娘の姿は見当たらなかった。



「ふっ随分成長したみてぇじゃねぇか。たまたま助けられたってことを理解出来てんなら、貴族の娘にしては上出来だ。お前が知りたいと決めたなら、それで良い。わからねえことがあれば俺に聞け。別に遠目で店を見る分にゃ構わねぇが立ち止まるな。それと俺とクレハからは離れるな。良いな。」


「はい。」


「まあなんにせよ、溝鼠の世界へようこそ、お嬢さん。」



少々おどけた風にハクさんはニヤリと笑いそう言ったが、ようこそなどと歓迎するような場所では間違ってもないだろう。ただ溝鼠の世界、というのは全く言い得て妙だといえよう。


貴族や政府の支配、太陽の下から逃れ、地下に世界を作り上げた無法者共。正に溝鼠による溝鼠のための溝鼠の街だ。まあ少なくともここに住む溝鼠達は自分達のことを溝鼠だなんて思っちゃいない。政府や貴族に愛想を撒き尻尾を振るわせる狗に比べれば上等だと心得ている。


もっとも溝鼠の世界だとは言っても溝鼠じゃ生きていけない。鼠なんていようものなら速攻野犬に食われてしまう。


ある意味、ここに住む溝鼠は誰もが全てを食らう獅子になることを願う者なのだろう。




フィオを気にしてかハクさんは少しだけ歩みを緩めた。そのおかげで先程の奴隷を売っていた店をよく見ることができた。



「あの、私からの質問なんですけど良いですか?」

「何だ?」

「ここの辺りの店でも奴隷を売ってますけど、もっと奥の中心地には奴隷市がありますよね?そことここは何が違うんですか?」



そう、どこの地下街にも中央に奴隷市が存在する。そこにはそれなりに大きな会場があり、奴隷たちが競りにかけられている。主な奴隷商人はそこで商品を出しているはず。



「中央の奴隷市を利用してる商人はプロの奴らだ。そっちが扱ってる奴隷の方が質が良いし傷が少ねぇ。主な客は貴族や金持ちの商人だ。そいつらは奴隷を高く買う。大方の目的はペットか寝子だな。比べてこっちの店の方は普段違う稼ぎを得ている者、素人の奴らが拐ってきた人間を勝手に売ってるから質が悪いし傷も多い。だがこちらの方が格段に安く奴隷を買うことができる。客のほとんどが地下街の住人で買った奴隷は基本的に使い捨てだ。多分研究者の奴らもこっちで被検体を仕入れてる。まあ大雑把に言っちまうと市場が公式、露店は非公式って感じだな。ちなみに市場の方の客だが最近じゃあ政府の奴らが狗を送り込んできてるってぇ噂だ。」



改めて奴隷たちの顔を見る。最初に感じた違和感の正体に気が付いた。誰も誰かから売られるような年の者には見えず、尚且つ顔つきを見るとしばらく地下で生活していた顔ではない。あそこに並べられているのは皆地上で生活していた者達で、おそらくつい最近こちらへ降りてきてすぐにこの店の奴に捕まったのだろう。


そして最大の違和感彼らは鎖や縄で繋がれている訳でも手足に杭が打たれているわけでもない。ただ単に手足を麻縄で縛られているだけで逃げようと思えば逃げられるはず。


縄を切るための刃物なんてそこら中に落ちているし衣類くらい適当に誰かを襲えば手に入れることができるのに。



「何で逃げないんだろう…?」



フィオが私の疑問を代弁するように呟いた。



「あの奴隷たちの目ぇ見てみろ。」

「へ?」



どうやらフィオの呟きを拾ったようでハクさんはそう促した。



「みんな死にそうな目してる…?」

「まあ正解だな。みんな諦めてンだよ、もう逃げられねぇってな。」

「どうして?まだ逃げようと思えば逃げられるでしょ?」

「ここで捕まった奴らのほとんどが地上から来た奴なんだろう。しかも地下街を舐めていた。泥水啜ってでも生きてやろうってくらいの覚悟も無かったんだろうよ。まぁこの状態から逃げ出せる奴なら拾ってやらないでもない。」



まあ無理だろうがなっと馬鹿にするようにハクさんは付け足した。



「今のあいつらの状況じゃあ逃げるなんて念頭にないだろう。それに逃げられるって言ってもどう考えても殺される確率のが高ぇし、それこそクレハみてぇに相手の喉元喰い千切ってでも逃げてやるって位の度胸がねぇとな。」

「クレハ姉、カッコいい…!!」

「なんか私が凄い狂暴みたいな感じなんですが。」

「狂暴だろ、赤の化け猫サンはよ。」

「結構切実なお願いです。その名前を呼ばないでください…!」



なんか話が逸れていく…。



「あれ…あの子なんか変?あの奥に立ってる奴隷の子。」

「ンン?…ほぉ、珍しいな!」



フィオの見る方向を追うとまだ幼いーフィオよりすこし下くらいだろうかー一人の少年が立っていた。子供の奴隷自体はそう珍しくもない。だがその少年は明らかに他と違っていた。



「あの子の耳、猫の耳、ですか?」

「いや、あれは狐だな、多分。」

「え?ちょっと待って!猫とか狐とかそれ以前に、なんで獣耳生やした人間がいるの!?キメラ?『アメミト』?」



よくよく見てみると耳以外にも獣っぽい所がある。だらりと垂れ下がっているがフワフワの大きな尻尾があるようだしおそらく牙もあるのだろう。



「あれは人間に作られたもんじゃねぇよ。獣人だ。」

「じゅうじん?」

「人間でもエルフでもない他の種族だ。セティーナ王国にはいない種族のはずだから迷い込んだか拐われたかだな。」

「じゃあどの辺りに住んでるんですか?」

「確かどこの国の領地でもない、小せぇ里に集団で暮らしてたかな。まあそんな獣人がこんなところで売られてるのは珍しい。」



少々暗がりになっていて少年の顔色は伺えない。


絶望しているのか、泣いているのか、怯えているのかそれとも怒っているのか、私には分からなかった。



多少興味があるものの目的はそれではないので歩き続ける私達の視界から奴隷たちは消えていった。

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