第7節 出発
「よ~し! ドミニク! ダンテ! 忘れ物はないな! 資料持ったか?」
「はい、大丈夫です」
「昨日も確認しただろ。何度もしつこいんだよ」
ダンテは面倒くさそうに首を鳴らす。
「お前は、その師匠に対する言葉遣いを何とかしろ。アカデミーでは大目に見てやっているが、『賢人会議』でそんな口叩くな。俺だけでなくお前が恥をかく。まぁ、行ったら分かるだろうが……」
「はいはい、分かりましたよ」
「分かってなさそうだな」
「ロック先生、ダンテは緊張してるだけですよ」
「お前はうるせーんだよ、ドミニク」
セシル・ロックの研究室では、部屋の主の他に彼の直属の弟子である『調査官』のドミニク・ヴァレリーとダンテ・サルヴァトーリが控えていた。二人とも、いかにも学生といった普段の服装とは異なり、調査官らしい正装をしている。フロックコート風の大げさなマントは、まだまだ魔法律家としては未熟な二人の格を少しは上げてくれたようだ。百戦錬磨の他の賢者や調査官と比べても見劣りはしないだろう。あくまで見かけだけだが。
「いいか、二人とも。これから会うことになる『賢者』は俺やバークリー校長のようなフレンドリーな雰囲気の奴ばかりではない。いや……むしろ、一癖も二癖もある奴ばかりだ。『調査官』もそうだ。テレサ先生やドルバックの奴で慣れていたら痛い目に遭う。『光の賢者バークリー』とその調査官以外は全員、敵だと思え。分かったな」
「一体、どんな奴らなんだよ」
「僕は何となく分かる気がします。警戒することには慣れていますので大丈夫です」
眉間に皺を寄せて怪訝な表情をするダンテを余所に、ドミニクの方は至って冷静だった。
「ドミニク、お前は『闇の賢者ガッサンディ』とは面識があるんだったな?」
「はい、ノースアカデミーに所属していましたので。ガッサンディ校長だけでなく『調査官』の方々とも。向こうでは『調査官』の先生の助手も務めていましたので、このような形で再会するのは抵抗がないわけではないのですが」
「抵抗ありまくりじゃねぇのか?」
「僕は『闇の賢者』もその『調査官』も尊敬に値する人物だと思えなかったからこそ、ここにいるんだ」
「……お前、結構はっきり言うな」
いつもは温厚なドミニクが顔色一つ変えずに言い放ったのを見て、ダンテは少し寒気がした。一体、『賢人会議』とはどのような集まりなのだろうか。参加前から不安しか出てこない。
「まあ、今回は俺の『時空の賢者の承認』と、『オーディンの出現』の2件が議題に上がっているだけだから紛糾することはないと思うが、くれぐれも目立つマネをして目を付けられるな。後々、面倒だ」
「分かりました」
「分かった」
ガチャ--
「あの、失礼します……」
「お、ユリアさん。時間通りだな。さすがだ!」
「あ、いえ……」
扉の向こうで頬を染めているのは、オーディンとその契約者であるジェイと生活を共にしていたユリア・ゴルチエという少女だった。今回、議題に上がっている『オーディンの出現』の件で参考人として『賢人会議』に参加することになっている。
「すまないな……本当はあなたのような子どもが参加するようなところではないのだが。今回は事態が事態だけに話を聞かない訳にはいかない。嫌な思いもするだろうが、ガマンしてくれ」
「は、はい!」
「おい、ロック、始まる前からそんなプレッシャーかけてどうすんだよ」
緊張で顔が強ばったユリアにダンテが心配そうな目を向ける。
「……本当にお前は分かってないな。これでも足りないくらいだ。ユリアさん、帰ってきたらパフェでもケーキでも何でもご馳走しよう。ダンテがな」
「ハァ!? 何でオレが!?」
「お前もきっとパフェが食べたくなるだろう」
「ならねぇよ!」
「ロック先生、そろそろ時間です」
「ん、そうだな。今回の開催場所は……『風の神殿』か。全く、ギリギリにならないと教えてもらえないというのは不便だな。じゃあ、行くぞ? 準備はいいな?」
全員がロックの方を向き、静かに頷く。
「では--テレポート(時空法七百九条)!」
眩い光が研究室全体を包み、その場にいた4人は姿を消した。