第6節 文才
「ユーリ君~! お手紙書いた~?」
「まだ、書いてないよ……」
風の法の授業開始前、ユーリはすでに座っていた席の後ろから大声で呼びかけられた。それにしても、『フェニックスの血』のことはユーリの口から直接聞いたわけでもないのに、よくもまあ、普通に「手紙を書け」だの言ってこれるものだ。デリケートな問題にガンガン干渉してくるエステルの神経は、ユーリにとって理解不能なものだった。しかし、だからといって不快というわけでもない。
「早く書かなきゃ! 『賢人会議』、3日後だよ!」
「それ言っていいの?」
『賢人会議』は賢者15人全員が集まって開催される、言わばこの物質界のトップ会談だ。世界を変えるだけの力を持つ15人が一所に集まるとあって、俗に言う「悪い人たち」に狙われやすい。『賢者の力』を狙う者だけでなく、彼らが普段治めている地域を鬼のいぬ間に抑えてしまおうと考える者もいる。そのため、その開催場所や開催日などは公表されていない。
「あ、しまった! 言っちゃった! でも、まあ誰も聞いてなさそうだし大丈夫だよね」
「エステルさんって緊張感ないよね……」
え~そうかな~? と言って笑うエステルは、やはり緊張感が足りなすぎる。
「明日までには書いて、ロック先生んとこ持って行くよ。ロック先生に会ったら言っといて」
「うん、分かった! あ、授業始まっちゃう! またね!」
「うん」
風の法の授業は、まだ一年生の授業ということもあって、基礎が中心だった。風の神殿の祭司と風の上級精霊を両親に持つユーリにとっては、当たり前のことばかりであまり面白くない。必修なので仕方なく受講しているだけだ。
こんなとき、いつもは図書館から借りてきた本で分からないように自習している。しかし、今日は違った。
手紙、何て書こう--
昨日、ダンテから手渡された便せんを教科書の上に広げて眺める。
当たり前だが、何も書いていないので真っ白だ。
拝啓、フェニックス様、アメリー・コレット様--ここは定型でいいか
僕の母は風の精霊『シルフ』です。父は風の神殿の祭司で、母の契約者の友人でした。僕は将来、研究者になって世界を変えるような研究をたくさんしたいと思っています。でも、僕の寿命はそのために足りません。30年では足りません。せめて--60歳位までは生きたいです。
『フェニックスのドロップ』を作りたいです。だからお願いです--フェニックスさんの血を少しだけ分けてください。
キーン、コーン、カーンコーン--
終業のベルが鳴り、学生たちが席を立ち動き始めた。
結局、あれだけの文章を書くのに一限分の時間を使ってしまった。文才ないな、とユーリは溜め息をついた。論文なら、誰よりも早く書けるのに。
「ユーリ君~! 手紙、書けた~?」
「……書けたけどさ」
背後からの緊張感のない声に、気を抜かれる。
「何で書けたの分かったの……」
「だって、後ろから見えてたもん! 手紙、書いてたでしょ? 授業、ちゃんと受けなきゃ~」
エステルはそう言いながらクスクス笑っている。その後ろで、彼女の友達のクレアも別のことがツボに入ったようでクスクス笑っていた。
「中身まで見てないよね……」
「さすがに私、そこまで無神経じゃないよ!」
「そうよね~、エステルはおばかだけど、無神経じゃないもんね」
「ちょっと、クレア!? 私、おばかでもないよ!?」
「え~?」
二人はユーリの前で楽しそうに笑い合っている。
完全に気の抜けたユーリは、もういいやとばかりに封筒に入れた手紙を突き出した。
「これ、悪いんだけど、ロック先生に渡しといてくれる? 今から研究室行くんでしょ」
「え? うん、いいけど……自分で渡さなくていいの?」
「読まないでね」
「--!? もちろんだよ!」
「ま、大したこと書いてないんだけどね。じゃあ、よろしく」
そう言うとユーリは、カバンを肩に掛け教室を出ていった。