第5節 お手紙
オレ、馬鹿みたいだ--
二人と別れた後、ユーリはパンデクテンの街の小さな路地まで歩いてきていた。メインストリートから少し離れただけなのに、ここは人通りもほとんどなく静かでひっそりとしている。
ユーリは幅1メートルあるかないかの狭い空間で、真っ白い建物の壁に背中をぎゅっと押しつけていた。
こんなの……オレらしくないのに--
エステルに連れられてケーラーに会いに行った。『ドロップ』を作るための材料をもらうために--しかし、ケーラーの目を見た瞬間、彼と同じ上級精霊である母親の姿が脳裏に浮かんだ。
気にしてないから--
「そう思ってたはずなんだけどな……」
いつから『気にして』いたのだろうか。少なくとも、もっと小さい頃は『死』を意識することはなかった。30年って結構長いじゃん、全然いろいろできるじゃん、って5年位前はほんとに思ってたはずなのに、5年経って--いや、アカデミーに入って感じた。研究者として、30年でできることなんてすごく限られてる--
「帰ろっかな……」
まだ夕方だ。今から寮に帰ったとして、同室のダンテはまだ戻っていないはずだ。最近は『時空の賢者』ロックの『調査官』として、近々開催される『賢人会議』の準備に忙しく、帰りは10時過ぎになることも珍しくはない。
『フェニックスの血』のことを頼んだ手前、ダンテと顔を合わせるのは気が引けた。しかも今頃は自身の言動を不審に思ったエステルとケーラーがロックの元へ相談に行き、そこにいるはずのダンテも先ほどの奇妙な行動について話を聞いているはずだ。
早く帰って、ダンテと会う前に就寝し、今日という日を自分の中でリセットしたい--
結局、街をあてもなくブラブラし、ユーリが寮に戻ったのは8時過ぎだった。
「遅かったじゃねぇか」
当てが外れた。
「何だ、ダンテもう帰ってたの。今日早いじゃん」
何でもない風に自分の机まで行き、カバンをトンと置いた。なぜだかいつもより大きな音がした気がする。
「お前はこんな遅くまで何してたんだよ」
「は? 何だっていいでしょ。オレだって遅くなる日くらいあるよ。てか、まだ8時じゃん」
「何カリカリしてんだよ」
「別にしてないよ」
そう言ったものの、その口調にトゲがあることは自分でも分かった--イヤになる。
「--ロックがよ、聞いてやるってさ。『フェニックスの血』のこと」
「へぇ」
「へぇじゃねぇだろ。お前のために動いてくれるっつてんだ」
「うん」
「それからよ、ケーラーも鱗やってもいいって言ってたぞ。まあ、よかったじゃねぇか。後、何だ? 『三日月草』がいんのか? それは自分で何とかしろよ」
「……」
「んだよ、それも人頼みかよ? それくらい自分で取りに--」
「ダンテはさ」
「あ?」
「ダンテは……やっぱいいよ」
「何だよ、途中まで言って気になるじゃねぇか」
「ダンテは……何歳まで生きたいの」
「……」
「……だからいいって言ったのに、おやすみ」
そう言って、二段ベッドの上に登ろうとする。
「あ、ちょっと待てよ!」
「何?」
バッと後ろを振り向くと、ダンテが何かを突き出してきた。
「これ書いとけって、エステルが」
「は? 何?」
近付いて見てみると、便せんと封筒のようだった。
「フェニックスとアメリーに気持ちを伝えろってさ。全くよ……こんなんで『フェニックスの血』が手に入るんなら、これまでの血生臭い歴史はなんだったんだって話だよな。まぁ、ロックも賛成してたし、一応書いとけ」
「……」
ユーリは無言でそれを受け取ると、ゆっくりとした動作で自分の机にしまった。