第2節 ドロップ
「この時間はたぶん、図書館だと思うんだけど……」
アカデミーの図書館の前に到着したエステルは、隣にいるユーリにも聞こえるように言った。
「知ってる。オレもよく見かけるし」
「ねぇ、さっきは聞きそびれちゃったけど、何の薬なの?」
エステルが先ほどの話を蒸し返すと、ユーリはまた眉間にしわを寄せた。ガラス細工のように繊細な彼の顔が今にも割れてしまいそうだった。
壊れそうな顔のまま、ユーリは小さく呟いた。
「--フェニックスのドロップ」
「え?」
「おや、珍しい組み合わせですね。お二人ともお勉強ですか?」
「あ、ケーラーさん!」
落ち着いた低音に振り向くと、そこには銀髪と赤い瞳が印象的な三十代半ばほどの男性が立っていた。まぎれもなく、現在二人が探しているホワイトドラゴンのアレクサンドル・ケーラーだった。彼もまたこの学園の学生の一人である。年齢層がまちまちなのは、中央アカデミーが完全な実力主義を取っており、受験者の年齢制限を設けていないことに由来していた。
「ケーラーさん! 私たち、ケーラーさんを探してたんですよ」
「私をですか?」
ケーラーは目を丸くすると、エステルではなくユーリの方を見た。不意に目が合ったユーリは、少し脅えたような表情をする。エステルはそれが、ケーラーの顔が怖いからだと判断した。
「何の御用ですか?」
ケーラーはにこりと微笑む。
「えっと、ユーリ君が作りたい薬があるらしくて、それで……」
「やっぱりいいよ!」
「え?」
急に大声で遮ったユーリにエステルとケーラーは体をびくりとさせる。
しかし、ユーリはその反応を目にする間もなく、二人に背を向け大股で歩き去ってしまった。取り残された二人はポカンとしてその姿を見送る。
「一体、何のお話だったのですか?」
ケーラーがエステルに向き直る。
「う~ん……すごく言いにくかったんだと思います。ユーリ君、何か薬を作りたいらしくて、でも、その材料にホワイトドラゴンの鱗がいるって」
「ええぇ!?」
「イヤですよね?」
「……剥ぐってことですよね? それは、もちろん……嫌ですけど……それよりも彼は何の薬を作りたいとおっしゃっているのですか?」
「何かのドロップ? みたいなことを言ってました」
「ドロップ?」
「はい、でも私もよく聞こえなくって。違うかもしれないです。ドロップって、薬じゃないですもんね?」
「……」
「ケーラーさん?」
口を噤み真剣な表情になったケーラーを、エステルは心配そうな顔で見つめる。
「エステルさん、ロック先生の研究室に行きましょうか」
「え? はい、ケーラーさんに会ったら、もともと行くつもりでしたけど……ケーラーさんもロック先生にご用事ですか?」
「そうですね。用事というより、確認したいことができました」
そう言うとケーラーはゆっくりと目を細めた。