第1節 呼び出し
「エステルさん、ちょっと」
「えっ?」
時空法の授業後、教室を出ようとしたエステルは背後からの呼びかけにポカンとした表情で振り向いた。
「……そんなに意外そうな顔しなくてもいいじゃん。ちょっと、話があるんだけど。中庭まで付いてきてくんない?」
「えぇっ!?」
「……だから、何でそんな反応になるんだよ」
あからさまにムスッとした表情になったのは、エステルと同い年、最年少の十五歳という年齢で中央アカデミーに入学したユーリという少年だった。しかも、主席というオマケ付だ。エステルも優秀な学生ではあるがユーリには適わないと感じていた。もともと才能がある上に、学園中の誰よりも努力しているのがよく分かるからだ。
「あ、ごめん! ユーリ君の方から話しかけてくれることってあんまりないから! え、話って何?」
「ここじゃ言いにくいから、中庭でって言ってんだけど」
「あ、なるほど!」
ユーリは率直な物言いをする学生だった。それが周囲の誤解を招き、近寄りがたい雰囲気を出しているのだが、そんな彼とも比較的良好な関係を保っている学生もいた。その1人がエステルだった。彼女も最初はユーリに近寄りがたいイメージを抱いていたのだが、彼女の師であるロックからの「宿題」を手伝ってくれたときから、もっと仲良くなれるのではと思い始めていた。
エステルは素直に中庭に付いていった。ユーリは黙々と前に進むだけで、中庭に到着するまで一切、エステルを振り返らなかった。中庭に到着し、周囲に誰もいないことを確認すると、ユーリはおもむろに話を切り出した。
「エステルさんってさ、ケーラーさんと仲いいよね」
「へ? 仲いいけど、なんで?」
「……」
ユーリはエステルの方は見ず、無表情でその左側の地面へと視線を落としている。エステルは何か言いづらいことがあるのだろうと察したが、それが何なのか全く検討がつかなかったので、ユーリの言葉を待つしかなかった。
「ダンテから聞いたんだけどさ……ケーラーさんって、ホワイトドラゴンなんだよね」
「うんそうだけど……あ! もしかして乗せてほしいの!?」
エステルはピンときた。
「ちがうよ」
だが、ハズレだった。
「え、じゃあ何?」
「……」
ユーリはまた言い辛そうに顔を歪める。しかし、意を決して口を開いた。
「鱗--1枚もらってきてくんない?」
「うろこ?----ええぇぇ!?」
意外な依頼にエステルの声は大きく裏返った。
「ムリなこと頼んでるっていうのは分かってる。でも、オレが頼むより可能性あるからさ。エステルさんに頼んでるんだ」
「ムリムリムリッ!! 私だってムリだよ! 鱗剥がすのだって絶対、痛いよ? 嫌われるじゃん!」
「一回、聞いてみてよ」
「イヤだよ! て言うか、何でケーラーさんの鱗がほしいの?」
エステルの当然の質問にユーリは少し口ごもってから言葉を発した。
「……作りたい薬があって、それにどうしても必要なんだ」
「何の薬?」
「……」
「教えてくれないと頼めないよ。ケーラーさんだって、絶対聞くよ?」
「え、頼んでくれんの?」
ゲンキンにもユーリの顔がパッと明るくなる。
「いや……聞くだけなら聞けるかなとは思うけど……」
「マジで! 助かるよ!」
「ユーリ君も一緒に聞くんだよ」
「え……」
「当たり前じゃん! 欲しいのはユーリ君なんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、聞きに行こう!」
「え!? 今から!?」
ユーリが面食らう。
「早い方がいいんじゃないの?」
「うん、まあ……」
「じゃあ、行こう行こう!」
「マジで……」
そう言うと、エステルはユーリを引き連れて図書館の方へと向かった。