第6節 調査官たち
時刻は十五時になろうとしていた。
十時から始まった賢人会議は、本来なら十二時前には終了し、その後全賢者と調査官で昼食会が催される予定だった。しかし、予想以上に会議が白熱したために昼食会を挟むことなく会議は続けられ、結局十四時過ぎまで議論が戦わされることとなった。
こうなってしまえば、昼食会は中止だ。
各賢者とその調査官達は、各々の控え室で休憩を取ることとなり、食事も部屋に運ばれた。
「うまそうだなぁ。だが、こんな時間から食べたら、晩飯が食べられなくなるな。晩餐会は一応、開催される予定なんだよな、シモーネさん?」
ロックが配膳中のシモーネに声をかけた。
「はい、中止のお話は出ておりません。ご昼食、少な目にしておきますか?」
シモーネは皿を置く手を止めて、控えめに微笑みかける。
「いや、せっかくなので頂こう。参加者は分かるかな?」
「今のところ、光の賢者様と四賢者様のご参加は伺っております。他の賢者様方も、いつも参加されている方は概ね参加されるだろうと上は申しておりました。しかし、調査官の方は参加を見送る方が多いようで……」
「え、そうなのか? 何でだよ」
ダンテの質問に、シモーネは気まずそうに視線を落とす。
「僕達が軽視されてるってことだよ」
代わりに答えたのはドミニクだった。
「は--!? どういうことだよ!?」
「そのままの意味だよ……やっぱり、僕達じゃ力不足って思われたんだろうね。歓迎されてないってことだよ」
「ふざけんなよ! 幼稚なマネしやがって! こっちこそ願い下げだ!」
頭に血が上ったダンテは感情のまま、拳をテーブルにガンッと叩きつけた。
「きゃっ!」
驚いたシモーネは小さな悲鳴を上げる。ダンテの前のテーブルに並べられた平皿はひっくり返り、スープが手にかかった。
「アチッ!」
「バカか、お前は。すまない、シモーネさん。こいつはたまに感情のコントロールができないんだ」
「うるせぇよ!」
「すぐ、タオルお持ちしますね!」
シモーネの対応は素早かった。洗面台へ走っていったかと思うと、持ってきた濡れタオルを火傷したダンテの手に押し当て、自分は布巾でテーブルを拭こうとする。
「あ、いい! 自分でやる! 俺がこぼしたんだ」
そう言うと、ダンテはシモーネから布巾を取り上げ、テーブルを拭き始める。ドミニクも「しょうがないなぁ」と言いながら、ダンテがテーブルを拭きやすいように周りの皿をどける。
「……」
「ん? どうした、シモーネさん?」
二人の行動をぼうっとした様子で見ていたシモーネは、ロックの声で我に返った。
「あ、すみません! あ、あの、何て言うか……二人とも素敵だなって思って」
「へ?」「あ?」
いきなり素敵だと言われた二人は、何のことだとシモーネの方を振り返る。
「いえ……私、賢者様方のお世話をさせて頂くの、今回が初めてではないんですけど、こんなに温かい雰囲気の方々って初めてで……」
「どの賢者の担当だったんだ?」
「四賢者様のお世話をさせて頂いたことはあります」
シモーネは遠慮がちに答える。
「あぁ、あいつらはハズレだな。温かみなんかとは無縁の奴らだからなぁ。だが、賢者としては立派にやってる」
「も、もちろん、分かってます!」
「ん? いやいや、責めたつもりは全くないんだが、色々いるってことだ。こいつらは人間性はなかなかだとは思うが、この会議場では最弱のはずだ」
「はっきり言うなよ!」
ダンテが布巾を握りしめながら怒鳴る。
「ハハ! これから強くなればいいんだ。それより--調査官は参加なしか、お前等も出ない方がいいな。今回は賢者だけの晩餐会にしよう。シモーネさん、そんな感じで上に取り計らってもらえないか?」
「分かりました」
シモーネは改めて昼食のセッティングを済ませると、丁寧に頭を下げて部屋を出ていった。
「思ってたとおりだね」
部屋の扉が閉まったのを確認し、ドミニクは小さく溜め息を吐いた。
「俺らの扱いのことかよ?」
「そう、こうなるんじゃないかとは思ってた。でも仕方ないよ、他の調査官達は今の地位を得るために血の滲むような努力をしてきてるはずなんだ。僕らみたいにいきなり調査官になったような若造と肩を並べたくないんだよ」
「器がちっせぇな」
「それを言っちゃ終わりだけどね」
ダンテの率直な感想に、ドミニクは苦笑した。