第4節 賢者の承認
--錚々(そうそう)たるメンバーだ
会議場の円卓を囲む出席者を前に、ドミニクは早くも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
『時空の賢者』陣営のすぐ右隣のスペースには『光の賢者』--つまり、エステルの祖父で中央アカデミーの校長ニコラス・バークリーとその調査官エルンスト・ドルバックらが控えている。アカデミーで人気の陽気な校長も、ところ変われば厳格な賢者に早変わりだ。『調査官』達の纏う空気も教室にいるときとは全く違う。
その隣には『魔銃器の賢者』ルイ・エルベシウスらが並ぶ。彼は半年ほど前に『力の承継』を受けたばかりの若手の『賢者』だった。前回の賢者の承認は彼のために行われた。飄々とした雰囲気のいかにも今時の若者といった風貌だが、どこか達観したようなその目は彼が徒者ではないことを物語っている。
続いて、『火の賢者』ヒューム、『水の賢者』ルソー、『風の賢者』ベルナンド、『土の賢者』ディドロの四大精霊と同属性の--いわゆる四賢者らが並んだ後、議長席には今回担当の『霧の賢者』ボルテールが腰を下ろしている。
そして丁度『時空の賢者』陣営の真正面からは、『闇の賢者』ガッサンディらが冷たい視線を投げ掛けてきていた。まさか、真正面の席になるとは--ドミニクは改めて事前に挨拶に行っておいてよかったと思った。
『闇』陣営に続き、『魔技術の賢者』ベッカーリア、『竜巻の賢者』ハワード、『魔楽器の賢者』ラモー、『雷の賢者』麟祥、『魔道具の賢者』カント、と来た後、一周回って『時空』陣営のすぐ左隣の席には『召喚の賢者』アメリー・コレットと、その契約精霊フェニックスが悠然と腰を下ろしていた。
アメリーには調査官がいない。その代わりいつも隣にフェニックスがいた。フェニックスと共にいれば『死ぬ』ことはないので、調査官など必要ないというのが彼女らの主張ではあったが、例外を認めることに良い顔をしない者もいるのは確かだった。
(何事もなく終わってくれればいいけど--)
利害対立のある議題があるわけではないので心配はないはずだが、会議場の殺伐とした雰囲気がドミニクの不安を煽る。しかも今回の議題は新しい『賢者』のお披露目と『調査官』の紹介--自分達が注目を集めない訳がない。
「緊張しているのか」
「え……」
すぐ右隣に座っていたドルバックが小声で話しかけてきた。
彼は中央アカデミーではドミニクも受講している『召喚法』の教授だ。ミルドの民以外では不可能と考えられていた上級精霊との契約に唯一成功した実力派の研究者である--という一般的な説明以上に浅からぬ関係が二人にはあった。
「もしかして、僕のこと心配して今回テレサ先生に代わってもらったの?」
「親が子どもの心配をして何が悪い」
「……僕、もう二十五だからさ」
「私の中では五歳の子どもの頃と何ら変わっていない」
「出会った頃から成長してないんだね……僕」
呆れた表情をして見せるも、内心はちょっと嬉しい。そんなところはまだまだ子どもなんだろうな--いや、ずっと「子ども」なんだろう。
カンカン--!
「定刻になりました。これより『賢人会議』を始めます」
乾いた木槌の音と『霧の賢者』ボルテールの声が、会議場の視線を議長席に集める。
「今回の賢人会議の議題は『時空の賢者の承認』と『オーディンの出現』についてです。本日はまず前者について--セシル・ロック氏、ご説明を願います」
「はい」
ロックは落ち着いて返事をすると、すっと席を立った。
「会議前に『賢者』の方々には個別に説明に上がったので、詳述する必要はないと思いますが、ざっくりと。前『時空の賢者』である私の父、テオドール・ロックの死の直前に、大精霊から直接認められて『時空の賢者』となりました。『賢者の力』は自力で修得いたしました。『力の承継』はしておりません」
一気に説明したが、ここまではこの席上の皆が知っていること--問題は次だ。
「『賢者の力』--この場でお見せしたいと思います」
大精霊が直接ロックを『賢者』と認めたこと--信じられないような話ではあったが、これを確認する手段は、他の賢者にはあった。大精霊とコンタクトを取ることのできる精霊にメッセンジャーとなってもらい、その『ご意思』を確認すればよいのだ。ここまでは、賢者それぞれが確認済みであった。
しかし、その先は--本当にセシル・ロックが『賢者の力』を持っているのかどうかという点については、誰一人確認できていない。
「是非、お願いします」
冷ややかな声を発したのは、ガッサンディだった。その他の者も、検証を待ち望んでいたとばかりにロックを注視する。
「では、『時空の賢者の力』の内、唯一『禁忌』とされていない『ストップ』をご覧に入れます。インチキがあったと思われてはいけませんので--ガッサンディ氏」
「はい?」
いきなり名指しをされたガッサンディは訝しげな表情をする。
「何か魔法律を私に向けて発動させて頂けますか? そうですね……直進型の攻撃魔法律--」
「ダーク・フレイム(闇の法三二四条)にでも致しましょうか?」
ロックの意図を察したガッサンディは、『ストップ』しやすそうな魔法律を提案した。
「そうですね。ダーク・フレイムでお願いします」
「了解致しました。ぜひ、成功させてください」
そう言うと、ガッサンディは席を立つ。ロックの真正面の席に座っていたので、二人が円卓を挟んで対立する構図となった。妙な緊張感が走る。以前、時空法の授業で、ロックがダンテに魔銃器を撃たせたときとはまた違った緊張感だった。
まるで--この物質界を象徴しているかのようだった。
「それでは、行きますよ? ダーク・フレイム--(闇の法三二四条)」
ガッサンディは右手の人差し指を軽く立てると、躊躇なく魔法律を発動させた。
紫苑の業炎がロックに向かって突き進んでゆく。会議場の出席者は誰一人目を閉じることもなく、冷静に冷淡にその軌跡を追う。
「ストップ--(時空法一九二条)」
ロックは懐中時計の頭を押し、自分の目の前ギリギリで業炎を止めた。紫色の揺らめきが彼の前髪を掠める。
「--なるほど、あなたが『時空の賢者の力』を持っていることは、証明されたようですね」
ガッサンディがにやりと笑った。と、同時に業炎もすっと姿を消した。
「では、セシル・ロックを『時空の賢者』とすることに賛成の者は拍手を--」
議長のボルテールが、あくまで事務的に会議の指揮を執る。
パチパチパチパチ--
全員分の拍手が会議場に響きわたる。
しかし、その音には何の感情も籠もってはいなかった。