第3節 戦闘準備
「--で、こいつが『魔楽器の賢者』ラモーで、俺たちとは友好的な立場だ。それから、『水の賢者』ルソー……こいつは、中立派だな。まあ、水面下で『闇の賢者』側と繋がってないとも言い切れんが、自己中な奴だから最終的には自分たちに利益のある方に付くだろう。ちなみにこいつは--って、おい、ダンテ! 聞いてるのか」
賢者15人の似顔絵を前に熱弁を振るうロックを余所に、ダンテはあからさまにつまらなそうな表情でそれらを眺めていた。
「聞いてるよ。けどそんなこと言われてもよ、どうすりゃいいのか分かんねえよ。誰がどっち派とか、そんなこと知ったところで俺にどうしろって言うんだよ」
テーブルに並べられた15人の賢者は少し前までは雲の上の存在だった。ここ数日、ずっと今日の日のために準備を続けてきたが、未だに自分が彼らと同じ席で会議に参加するという実感が沸かない。とはいえ、後数分で会議は開始されるのだが--
「お前な……ギルドに所属してたんなら分かるだろう? 派閥がいかに大切か--『調査官』として参加する以上、お前の一挙手一投足だって、世界に影響を与えないとは限らんのだぞ」
「だから、具体的にどうしろってんだよ」
「参加者全員の動きに目を配っておけ。本当なら他の調査官の奴らについてもレクチャーしてやりたいところだが俺もよく知らないんだ。なんせ、俺だって『賢者』としては初参加だ」
「『賢者』としては?」
「前賢者--俺の父の『調査官』としてなら参加したことがある。だがそれも50年以上前の話だ」
「随分前だな……ほとんど初参加じゃねぇか」
「あぁ、だが『賢者』達には個別に会う機会もあったし、バークリー校長からも色々聞いている。要注意人物は--やはり『闇の賢者』ガッサンディだな」
「ガッサンディ……」
ノースアカデミーの現校長で、99歳という高齢ながら未だに現役の魔法律家として活躍し、大陸北部の広大な地域を統治している。その広さは、中央アカデミーが治める地域の約5倍にもなる。とは言え、気候の厳しい地域が多く、作物の生産量は中央とさほど変わらない。領地の広さは特に自慢になるものではなかった。
ノースの最大の強み--それは、数年前から氷河地帯で発掘されている氷付けの『キカイ』だった。『キカイ』とは、古代のヒトが造ったとされる魔法律を利用した装置のことだ。高度な技術が使われており、未だにその構造は完璧には解明されていない。ノースは近年『キカイ』の研究に膨大な予算をつぎ込んでおり、新たな『キカイ』の開発にも力を注いでいるとのことだった。しかし、その研究がどこまで進んでいるのか、開発の真の目的が何なのか--賢人会議の席でも明らかにされてはおらず、各賢者はガッサンディの動きには特に注視しているのだった。
「そういやドミニクの奴、おせぇな」
ドミニクは部屋で少し休憩した後、自分の古巣であるノースアカデミーの控え室へ挨拶に行ってくると出て行ったのだった。
「リンチに合ってないといいがな」
「じゃあ何で『調査官』にしたんだよ……」
元ノースの研究員がよりにもよって、対立派閥である『光の賢者』側--『時空の賢者』の『調査官』になっている。それだけでも向こうとしては面白くないだろう。
「ドミニクは信頼できるし優秀だからだ。それに、そのことについては『調査官』を打診した段階でドミニクと話し合っている。ドルバックも交えてな。そしてガッサンディの奴にも連絡して了承を得ている。その辺りは抜かりない」
「へぇ……」
自分の知らない間に水面下でそんなやり取りをしていたとは--ダンテは内心で密かに舌を巻いた。
「あまり俺を舐めるなよ」
「舐めてねぇよ……」
尊敬していたことを思い出した、とは色んな意味で口に出せなかった。
ガチャ--
「ただいま」
噂の人物が控え室に戻ってきた--特に外傷はないようだ。
「遅かったな。何か言われたか?」
ロックはそれでもやはり少し心配だったようだ。
「いえ、自分のことについては。ただ、やはりロック先生のことが気になるようで……」
「探ってきたか?」
「はい……」
今回の賢人会議の議題の1つ『賢者の承認』は、これまでの『賢者の承認』とは大きく違う点があった。それはセシル・ロックが『力の承継』を受けていないということだ。
「ちゃんと会議上で『賢者の力』を示すと言ってあるのにな……後数分も待てんか」
「それだけセンセーショナルなことですからね……それに、賢者になる方法が他にもあるとなれば、今後物質界のバランスが崩れかねません。それを警戒しているのが強く伝わってきました」
「賢者になるのは大変だぞ?」
ロックは無邪気な顔で笑った。
「ええ、そう言っておきましたよ」
ドミニクも少し困ったような笑顔を見せた。
コンコン--
「皆さん、お迎えに上がりました」
返事の後、姿を見せたのはシモーネだった。いよいよ会議の時間だ。
「よし! 行くぞ! 準備はいいな!」
「あぁ」「はい!」
戦いの開始だ--