第1節 メルケル
4人がテレポートで現れたのは、『風の神殿』の通称『移動室』と呼ばれるテレポート専用の広間だった。『移動室』は全世界の主要部にあり、そこへの移動またはそこからの移動の際の魔力の消費を大幅に抑えてくれる。魔法律家にとっては、大変ありがたい設備だった。
「着いたな。ふう、移動室のある場所へ出かけられるのはありがたいな。最近、田舎にしか行ってなかったからなぁ」
「うるせぇよ」
直近で出かけた場所はダンテの故郷『カイラニ村』だ。全住民50人足らずの辺境の村には、当然のことながら移動室などなかった。
「お待ちしておりました。セシル・ロック様とその調査官の方ですね」
ブーツをカツカツ言わせながら近付いてきたのは、10代後半であろう落ち着いた雰囲気の女性だった。4人が来る前からこの部屋で待機していたらしい。真っ白いローブと、胸に輝く『風』をモチーフとしたバッジから、『神殿』の関係者だということが分かる。
「ああ、そうだ。私がセシル・ロック。こっちが調査官の『ドミニク・ヴァレリー』と『ダンテ・サルバトーリ』--」
2人は順に頭を下げる。
「そして、この子が今回『参考人』として参加する『ユリア・ゴルチエ』嬢だ」
「は、初めまして……」
緊張気味に挨拶をするユリアに、女性は優しげな笑顔を向ける。
「初めまして。私は、この『風の神殿』の巫女、シモーネと申します。今回、セシル・ロック様とそのお連れの方々のお世話をするように仰せつかっております。よろしくお願いいたします」
シモーネが深く頭を下げると、肩の横辺りでまとめた長い髪が柳のように前に流れた。『精霊混じり』だ--と一行は思った。
「まずはお部屋にご案内いたします。こちらへお越しください」
「ああ、ありがとう」
移動室を出た4人は、シモーネに続き白いクリスタルでできた広い渡り廊下を歩く。結界としての役割を持つホワイトクリスタルは神殿や祠に多く使用されている。大理石よりも硬いその鉱石は、5人の靴の音を廊下中に反響させていた。耳につくが、かと言って不快にさせないその音は、神殿の至る所に施された彫刻と相まって、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「おや? そこにいるのは『ドミニク・ヴァレリー』氏ではないですか」
前から歩いてきた男性が、一行に声をかける。わざとらしい、甲高いその声は、4人を一瞬で警戒させた。
「こちらは『時空の賢者』セシル・ロック様とその『調査官』の方々です。今、お部屋にご案内している最中ですので、お話は後ほどでお願いいたします」
「久しぶりですねぇ、ドミニク・ヴァレリー」
男はシモーネを完全に無視し、ドミニクの前に歩み出た。シモーネは平静を装っていたが、イラッとしているのは明らかだった。
「メルケル教授--お久しぶりです」
ドミニクは男ににこりと笑いかけた。しかし、どこかひきつったその顔は、エステル達に向けるものとは全く違った。
「『時空の賢者』の『調査官』になったという噂は本当だったんですねぇ。きっと、大層魅力的なお仕事なんでしょうねぇ、『時空の賢者』の『調査官』--というのは」
「勉強になることが多いです」
「そうですか。あなたは優秀でしたものねぇ、私が特Aを付けた学生は、後にも先にもあなた1人でしたから」
「……恐れ入ります」
「私の元では、勉強できることなどほとんどなかったのでしょうねぇ」
「そんなことは……」
「いやいや、謙遜せずとも。あなたのことは、我々『闇の賢者』の『調査官』の間でも大きな話題になっていますよ--おっと、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。では、また後ほど。『ガッサンディ校長』も、あなたに会うのを楽しみにしていましたよ? では--」
メルケルは一通り言いたいことを言い終えると、カツカツと嫌な音を響かせながら一行の横を通り過ぎて行った。