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契り

作者: 星椋歩

その子を最初に見つけたのは半年ほど前、場所は近所の粗大ゴミ捨て場だった。

雨に打たれてボロボロな姿になっていたのを見捨てておくことができず、気付いたら自分の家に連れ帰っていた。

その時のいきさつはこうだ。

その日は大雨。さしている傘もほとんど用をなさないほどの豪雨だった。帰ったら真っ先にシャワーだな、僕はそんな事を思いながら大学からの家路を急いでいた。すると。


「こっちよ……こっち」


誰かのささやき声が聞こえたような気がした。僕は思わず立ち止まる。

今にして考えれば、ざあざあと激しい音を立てる雨音の中で消え入るようなささやき声が聞こえるなんて不可思議極まりないのだが、あの時の僕はまるで魔法にでもかかったかのように突然の呼びかけに心魅かれ、きょろきょろと辺りを見回して声の主を探ったのだった。


そうして僕は、彼女を見つけた。

彼女は透明な瞳で僕の方をじっと見つめていた。そんな彼女と目があった瞬間、僕の心臓はどきりと激しく高鳴った。

それは、人形だった。女の子の顔をしていて、ストレートのおかっぱ頭。日本人形のようにも見えるけれど、目が大きくて少し現代的な顔立ちにも見える、不思議な魅力を湛えた人形だ。人形は無表情に作られているのに、僕には少し微笑んでいるように感じられた。

様々な粗大ごみが積まれる中、それらの間から首だけちょこんと出ていた人形。僕はどうしても彼女を助け出したくなった。豪雨の中だというのにちっとも気にならず、僕は傘を地面に置くと粗大ごみをかき分け始めた。しかし、うず高く積まれた木や金属の塊、家具に電化製品、何だかよく判らないあれやこれやががっちりとお互いにしがみ付き、薄暗くなり始めた周囲がさらに僕の救出作業を妨害する。僕は苛立った。


「くそっ、蹴とばしてやろうか……」


だが、慌てて冷静さを取り戻す。そんなことをしたら、彼女を虜にする牢獄はすべてを飲み込みながらガラガラと崩れ落ち、彼女は永遠に僕の視界から消え去るだろう。

どうするか。僕はもう一度彼女の顔を見た。


「助けてください」


そう言っているような気がした、次の瞬間。僕は無意識に彼女の首を引っぱっていた。乱暴にはしていない。ほんの少し力を入れただけだった、そのはずだが。

彼女の首は、すぽんと抜けてしまった。


「ありゃ……」


僕は思わずつぶやき、自分の手の中に残った首だけになった人形の顔をまじまじと見つめた。相変わらず僕に微笑みかける彼女が可哀想でたまらず、僕は激しくうろたえた。

本当に、僕は彼女に酷い事をしてしまったような気がしたのだ。そして。


彼女の首は僕の部屋に来た。あの後僕がどうしたのかはっきりとは覚えていないのだが、彼女は僕のカバンの中に入っていたのだ。おそらく動揺した僕が彼女をカバンに突っ込んだのだろう。


「ねえ、どうしようかな」


僕はテーブルの上に彼女の首を乗せ、語りかけた。

彼女は答えた。


「あなたの御好きに」


首だけというのはあんまりだ。胴体を与えてあげる必要がある。僕はどんな体が彼女に似合うのか、彼女の顔を見ながら考え始めた。


「いくつなのかなあ」

「さぁ……私もよく判りません」

「十代っぽく見えるなあ。顔と体のバランスも大事だから」

「バランス?」

「君の顔に似つかわしい体を見つけないと、って事」


日曜日になり、僕は街へ出かけておもちゃ屋を回った。人形売り場に着くと、僕は早速あらかじめ撮っておいた彼女の首の写真を様々な人形と見比べてみた。子供が遊ぶような人形では体が小さすぎるし華奢すぎる。彼女の首は僕のこぶし大はあるのだ。


「うーん」


いろいろ回ってみてもどうもふさわしい体が見つからない。悩みながら歩いていると、ちょうどアンティークの店の前を通りかかった。


「あ……これ、いいな」


ショーウィンドウのように飾られていたアンティークの数々。その中に、フランス人形が置いてあった。僕の家にいる彼女は典型的な日本顔だったが、彼女の体にはこのフランス人形が着ている洋服が似合う気がした。

しかし、問題が二つ。飾られているフランス人形には、もちろん首がある。いくら家にいる彼女のためだからといって、フランス人形の首を引き抜くのは忍びない。それに。


「だめだ、予算額とは桁が違うよ」


僕の財布がこの子の入手を許してくれない。僕はため息をつきながらその場を通り過ぎた。

おもちゃ屋に戻って適当に見繕おうか、そんな事を考えていた時、僕はとあるビルの入り口に人だかりができているのに気付いた。そこから出て行く人たちの手には人形が握られている。興味を持った僕がそちらの方に近づいていくと、何やら催し物をやっている様子。


「原型……師?」


そう書かれたのぼりの傍で、男性が一人、黙々と何かを作っていた。周りで見ていた人たちが感嘆の声を上げる。


「このフォルム、まさに芸術的」

「彼こそが魔術師」

「そう、萌えを現世に召喚する」


なるほど、彼はフィギュアと呼ばれる人形の胴体を細かな道具を使い作り上げている。素晴らしい技術の持ち主であることは素人の僕にもよく判った。

そうだ、この人に作ってもらったら。そんな考えが僕の頭の中をよぎった。


「あの、さっき見てたんですけど」


催し物が終わり帰ろうとする彼を呼び止め、僕は彼女の首の写真を見せた。


「作っていただけませんか。彼女の体を」


事情を説明すると、彼は何度かうなずいて、こう言った。


「判ります。その気持ち。そうですね……どんな体がいいでしょうね」


写真を見ながら考えている彼に、僕は彼女の言葉を伝えた。


「あなたの御好きに」


そして。


「僕は、あのアンティークショップにあるフランス人形みたいな服が似合うと思いますが」


僕の意見も付け加えた。


「わかりました。できたら連絡します」


~~


彼は本当に全力を尽くして彼女の体を作ってくれた。値は張ったが僕にも何とか払う事ができる金額で、むしろ彼はとても割安に作ってくれたのだと思う。

届いた体を手に取った時、彼女は絶対にこの体を気に入るだろうと確信した。


「どうだい? 新しい体の使い心地は」

「ええ、とっても素敵。ただ、ちょっと慣れるのに時間がかかると思うけれど。だって前の体と全然違う造りだもの」


僕は非常に満足して、美しく蘇った彼女を静かに棚に置いた。


~~


「前のご主人様はね」


彼女は、僕がそばにいるときはいつも嬉しそうに話しかけてくる。


「女の子だったんです。いえ、でも、年老いて亡くなられるまでずっと一緒でしたので、お婆さまと言った方がいいかしら」

「へえ」

「ご家族の方は私を気に入らなかったようで、捨てられてしまって」

「それで僕が見つけたってわけか。首だけにしちゃって、申し訳なかったなあ」

「この体、気に入っていますよ。実はね、体が変わるのって、三度目なんです」


彼女はおかしそうに笑った。


「顔もね、昔よりも現代っぽくなったってお婆さまは言われていました」


何でも、くすんで外れてかかっていた彼女の眼をそのお婆さんが付け替えたのだという。


「そっか。最初に作られた君と今の君は、もう全然違うんだね」

「そうですね。そうなりますね」


友人が部屋に来た時、彼は彼女を指さしてフィギュアと呼んだ。あながち間違ってはいない。


「どうして心を持つようになったの?」


そう彼女に訊いた事がある。彼女の答えはこうだった。

ずっと昔、強い強い思念があって、彼女は人形に宿った。それはどうしても何かを為したいという思念だったそうだ。ところが、数十年、数百年と時を経るごとに自分が何をしたかったのかすっかり忘れてしまい、今では自分を愛でてくれる人と一緒にいるだけで満足なのだという。


「おかしな話だね」


そう言うと、彼女もそうですねと笑った。

僕はそんな彼女を見ながら、伸び続ける彼女の髪の毛をきれいに切るために、女の子の髪形も勉強しなきゃと思った。


~~


僕が朝大学に行くために家を出ようとすると、彼女は決まって僕に呼びかける。


「戻って来てくれますよね。今日はいつお帰りですか?」


いつも寂しそうな声で言う。前の主人はある日突然家を出て行ったきり帰って来なかったそうだ。きっと入院でもしたんだろう。


「うん、ちゃんと帰るよ。今日は夕方かな」

「わかりました。お待ちしていますからね」


たまに約束を破ると、彼女はとても悲しげに、いかに心細かったか、寂しかったか、不安だったかを僕に滔々と語る。僕もそんな悲しげな彼女を見たくないので、なるべくしっかりと一日の予定を立てる。そんなわけで、僕の生活は以前よりずっと規則正しくなった。


「前のご主人様たちは君に優しかった?」

「いろいろでした」

「僕はどんな感じ?」

「他の方と全然違います」


そう言われて少し意外に感じた僕は、さらに彼女に訊いた。


「ん? どう違うの?」

「いえ、私の気持ちが違うんです。何でしょう、これ……あっ。思い出しました」


突然彼女の声が弾む。


「恋です。そうです。私は恋心のために宿ったんです」

「へえ」


人形に恋されて何だかおかしな気分になり、僕は彼女の顔をまじまじと見つめた。


「……あれ、僕も何か思い出したぞ」

「何ですか?」

「そうだ……君……前に会った気が……ええと」


ほんの少しだけ見えてきた記憶の糸をさらにたどるため、僕は一生懸命に彼女の顔を見つめた。


「私の顔、もうずいぶん変わっていますよ。体だって」

「いやいや、わかるよ……たぶん……」


彼女の声には聞き覚えがある。口調も、それから、性格も……。


「そうだ。思い出したよ」


僕は全てを思い出した。


「君と僕は駆け落ちしたんだ。ああ、懐かしいなあ」

「ああ、そうでしたか」

「二人で人形になって一緒にって……。約束守ってくれたんだね」

「そういえば、そんな気がします。あなたはまだ人ですね」

「あ、ごめんね。どこで間違っちゃったんだろうなあ」

「私は構いませんよ」

「いや、約束は約束だから」


そう言って僕は彼女ににっこりと笑いかけ、彼女の体を作ってくれた男性に電話をかけた。


「もしもし……はい……今度は男のフィギュアを作ってほしくて……ええ、首も体も……」


~~


友人が僕の部屋に入ってきた。どうやら僕を探しているらしい。


「何百年ぶりかしらね」

「うん。時間かかっちゃったなあ」

「でも、ようやくまた会えたわね。姿もすっかり昔と変わって、ふふっ」

「現代風、ってやつさ」


人形になった僕と彼女は、棚の上でいつでも一緒にたたずむのだった。

何というオチ

年増系ヒロインばかり書いてますが別にこだわってるわけではありません。

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