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滑って転んで突き刺して  作者: とえ
第1章

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1・僕は死んでしまったらしい




「えと、すみません、質問していいですか」


「はい、どうぞ」


 目の前にいる事務員のような男性は、

見た目の印象通り事務的に答えた。


「先程僕は死んだ、と説明があったのですが、

 ちょっとまだ実感がなくて、その後の説明も

 いまいち頭に入ってなくてですね」


「別に問題ありません。前世の事や

 ここでのやり取りを覚えている人など、

 ごく稀ですから」


 事務員はこちらを見ることも無く淡々と応えた。


「なお、私の事も覚える必要はありません。

 私は単なる"手続きをする者という概念"でしか

 ありません。貴方の目に私がどう映っているか

 分かりかねますが、その姿は貴方の記憶が漠然と

 作り出した、役割に対するイメージにすぎません」


 事務員は僕と向かい合って座っており、

机でなにか書類の様なものを記入し続けている。

辺りは暗闇なのに、何故か自分と彼の姿は

はっきりと見えた。


「なんかもう、色々とよく分からないです」


 彼のペンが止まった。無気力な目がこちらを

向いた。


「失礼。少し噛み砕いて説明しましょう」


 几帳面そうな角型の眼鏡を外し、レンズを

拭きながら感情の読めない口調で事務員は言った。


「貴方が仰ったように、貴方は先程

 亡くなりました。ご愁傷さまです」


「え、あ、はい」


 大学入試に落ちて落ち込んでいた午後、

雨で濡れた路面で滑って頭を打ったところ

までは覚えている。……え。ひょっとして僕は

それで死んだのか?


「貴方は怪我をし病院に運ばれた後、程なくして

 亡くなったようですね」


「な、なるほど……」


 家族は、来たんだろうか。あまり想像ができない。

僕が怪我をしたと知って、そして、死んだと知って、

どんな顔をしたのだろうか。最後の最後まで迷惑を

かけてしまったようだ。


「コホン。続けますね。……全ての生命は例外なく

 その一生を終えるとここを通り次の生命として

 転生します。私を含め膨大な数の"手続きする

 概念達"……貴方の記憶の中で近いものがあると

 すれば、閻魔大王などでしょうか。その大量の

 閻魔が生命の配分、つまりどこにどう配置するか

 を管理しています。死んだ者は、常に増えていく

 平行世界のその何処かで別の生命として生まれ

 変わります」


 平行世界? いや確かに聞いたことはある。

概念的にもなんとなくはわかる。ただ、

現実味がなくてどうにも頭が理解を拒否している。

僕の疑問符に満ちた顔を見て察したのか、

彼は表情も変えずに続けた。


「貴方の生きた世界……説明が厄介なので

 かなり端折って説明しますが、あれはひとつの

 "可能性の世界"でしかないのです。細かな

 事で歴史はどう進歩しどう変化するか、常に

 分岐を繰り返しています。その結果、独自の

 文化が育まれます。機械や電算の発達した世界、

 魔術や呪術が発達した世界、蒸気機関主体の世界、

 何も発達せず滅びを待つだけの世界、様々なものが

 存在します。……ロープを想像してください。

 世界の全てが1本のロープだとして、先端から後端

 にかけて時間が流れている。ロープは細い繊維が

 沢山絡んでできていますよね。その1本が貴方の

 居た"可能性の次元"である、とお考え下さい」


「なるほど……とりあえず把握しました」


 どうやら自分の思っていたものと

そう大きな違いは無いらしい。


「次の行先は、器に空きのある世界から

 ランダムに決定されます。転生時、生命は

 何かしらの才能を与えられた後、空の器である

 産まれてくる肉体に封入されて、生物として

 生きていくことになります」


「肉体は産まれる時に初めて命を得るんですね」


「左様でございます」


 ……ん? 少し気になった。先程の話を聞く限り、

僕にも生前なにかしら才能があったということ

だろうか。自分では特にこれといった特徴のない

人間だとばかり思っていたのだが。


「あの、……僕の元々の才能って……?」


 事務員は眼鏡をかけ直すと、書類の束を

ペラペラとめくり言った。


「そうですね……比較的犬には好かれる

 才能があったようですよ」


「あー、それは気づきませんね……普通すぎる」


「お気になさらず。もう過去の話です」


 それは果たして才能と呼べる程のものだった

のだろうか。そんな疑問と共に、才能とはなかなか

自分では気づけないモノなのだと知った。


「貴方が次に行く世界は、先ほど例に出した

 魔術の類が一般化した世界ですね。文明水準は

 あなたが居た世界程高くはないようです」


 また現実味がない。魔術なんて言われても

ゲームや漫画でしか見たことない。もっとも、

自分の想像する魔術と似たようなものなのかは

謎なのだが。


「次の世界での才能は、教えて貰えないのでしょうか」


「ええ。明かしたところで、次に行けば

 全て忘れますし」


 それはそうか。でもここでひとつ別の疑問が

わいた。


「あの、自分で質問してて言うのもなんですが、

 なんでこんな丁寧に説明してくれたんですか?

 全部忘れるということは、実は説明の必要なんて

 無いのでは……」


「そうですね。そのような義務や規定はありません」


 微かに彼の顔がほころんだ気がする。


「ただの気まぐれですよ」


 やっぱり気のせいかもしれない。次の瞬間には

もう元の無気力で生気のない表情に戻っていた。


「それでは、行ってらっしゃいませ」


 急に背中側から強い力で引っ張られた。

事務員さんはまだ目の前にいる。それとは別の、

見えない力に抗うすべもなく、体が後方へ引き

摺られる。視界が霞む。彼の顔も、姿も、机も、

白く滲んでいく。


「あのっ……! 僕は次に、何をすれば……!」


 わかっている。他人に訊くことではない。

自分の生き方は自分で決めるしかない事くらい

分かってはいる。わかっているのに、無意識に

口走ってしまった。言葉の最後を飲み込み、断つ。

それが精一杯だった。


「……すみません、なんでもないです」


 ほぼ見えなくなった彼の口元が僅かに動き言った。


「幸運を」


 視界が全て白に染まり、そこで意識が途絶えた。


・

・

・


 次に意識を取り戻した時は、うってかわって

真っ暗だった。そして、苦しい。

呼吸が苦しい。全身が圧迫されている。

力が入らない。僕はまたそのまま死ぬのではないか。


 そんな事が頭によぎった瞬間、大量の空気が

肺を満たした。目の前は明るくなったものの

何も見えはしない。聞こえる音はこもっていて、

距離感の分からないところで赤子の泣き声がする。


「**************」


 ぼんやりとなにか聞こえるが、何を言っているか

全く分からない。


「********」


 会話と混じって泣き声が徐々に大きくなっていく。

それが僕自身から出ている音だと気づいたのは、

もう少し経ってからだった。


(……事務員さん。どうやら僕、

 バッチリ全部覚えてるみたいです)

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