第六話 翠玄の過去
翠玄には生まれつき常人にはない特異な才能があった。それは、一度見たものを何でも記憶してしまうというもの。
その日に見聞きしたもの、光景を細部まで見たまま完璧に記憶することが可能だった。
それらは翠玄の脳内で広大な書庫のように日々積み重なっている。彼女はその記憶内の書庫の蔵書を手に取るようにして、過去に彼女が何を見聞きしたかを、鮮明に記憶に呼び起こすことができた。
彼女はこの脅威的な記憶力を生かして勉学の才能にも秀でていた。幼い頃は持て囃されて、将来を期待された時もあったものだが_。
しかし、所詮は長年男性優位な政治体制が敷かれている秦国。彼女はあくまでも身分の低い下働きの下女として宮中に入り、その特異な才能は長く日の目を見ないまま月日が過ぎた。
_ある時それは起こった。
昨年の新年の昼、宮中では毎年陛下の御前に見えて、新年の祝賀会が開かれた。国内外から来賓の客たちが押し寄せて、御前にまみえて寿ぎを申し上げる宮廷の慶事。
そのさなかに、ある事件が起こった。
宴で催されるはずだった踊り子の演舞。そのうち一人の衣装が突然なくなるという事件が起きたのだ。
準備や飾り付けをしていたものたちが必死になって探したが、結局どこにも見つからなかった。
この舞踊に使われる衣装は、神事に奉納するための神聖なのもで、珍しい宝玉や金銀がふんだんにあしらわれている。
警備のものは窃盗事件だと断定した。
しかし、会場は千人をこす来賓のほか、来賓をもてなす侍女たち、その他警備の衛士などがごった返している。そう簡単に不審な人物を特定することはできなかった。
結局、演舞は衣装を盗まれた踊り子を抜いた状態で披露さた。
しかし宴会の後で、ある下働きの一人が警備に声をかけてきたという。
その者いわく、
「盗まれた踊り子の衣装を身につけて、密かに会場を後にして行ったものがいる。」と。
当時、宴には近隣各国からの来客があり、その数は数千にも及ぶ。どうやってその不審人物を見つけたのかと問えば、その娘はこういった。
「あの場にいた全ての人物の顔貌や服装は全て覚えている。
かのものは、会場に入った時と、後にした時で服装が少しだけ変わっていた。あれは踊りの子衣装に間違いはない。」
にわかには信じがたいことだった。
しかし翌日、念のため役人がその人物を探し出して持ち物を改めると、確かに所持品のなかに踊り子の衣装と、宝玉や金銀の装飾が見つかった。
その人物は、隣国からの豪商の一人であった。
宴には、必要以上の手荷物を持ち込むことはできない。そのため商人の男は、密かに踊り子の楽屋を訪れて衣装を盗み出すと、衣装を自分の衣服の中に着込んで隠したのだ。
男性用の漢服の内側に重ね着をしてしまえば、外目には目立ちにくい。しかし、下女は男の服装のわずかな変化に気がついた。
このとき、役人に商人のことを告げたのが、外でもない翠玄であった。




