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‐後宮の亀仙女‐ 本好きの下働きが、若き攝政さまに見込まれて後宮で怪異事件解決する!  作者: 秋名はる
第一章

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第四十五話 新種の流行病 四

芙蓉妃が快方に向かわれたことで、翠玄は自分の宮へ戻ることを許された。

正直、ここ最近は緊張状態が続いていたため、肉体的にも精神的にもクタクタだった。

ヘロヘロになりながら宮の戸を叩くと、雀玲が中から飛び出してきた。


「翠玄様! 心配しましたよ! 芙蓉様の看病に当たられたと聞いて。もうよろしいのですか?」


雀玲は目に涙を浮かべて翠玄に飛びついてきた。


「ええ、芙蓉様もなんとか快方に向かわれたわ。もう心配いらないわよ」

「そうだったのですね。大任ご苦労様でした。なんだかとてもお疲れのご様子です。早く中に入って、今私がお湯と、何か召し上がれるものをお持ちしますから」


そう言って、雀玲は翠玄を奥の寝台に連れて行った。そして自分は食材や手洗い用のお湯などを用意しにドタバタと部屋を出ていった。


なんとか家に帰ってこれたわ。

確かに、なんだかとても疲れた気がする。それにすごく眠いし、体が重い。

翠玄はそのまま着替えも済ませずに、寝台に横になった後、眠りに落ちてしまった。


* * *


どのくらい時間が経っただろうか。眠りこけていた翠玄は何かの物音に目を覚ました。


「様。翠玄様。聞こえますか? しっかりしてください」


どこか遠くの方で雀玲が呼びかけているような声が聞こえる。目を開けて体を起こそうとしてみたけれど、なんだか体が思うように動かなかった。


「ど、どどどどうしましょう。翠玄様が目を開けません。宮に戻ってこられてから、気がついたら寝台の横に倒れていて、意識が戻らないんです」


雀玲はなおも取り乱して何かをまくし立てている。朦朧とした意識の中で翠玄はそれを聞き流している。


確かに、言われてみればなんだか体がとても火照っているように思えた。それに気だるくて、目も開けられない。


(これは、感染ったな。)


なんとか意識を留めながら翠玄が思いついた。芙蓉を看病するのに必死で、自分の体調の変化に気がついていなかった。確かに、疲労が蓄積していて感染しやすくなっていたのだと思う。


まずいことになった。

翠玄は、実は体があまり丈夫な方ではない。幼い頃は病気がちで、肺炎を患ったこともある。日がな一日病床に臥せっているということも珍しくなかった。年を追うごとに丈夫になってきた方ではあるが、このところ油断していた。


この流行り病は、肺や臓器に持病がある場合に特に重症化しやすいと、摂政からも言われていた。翠玄は肺炎の罹患歴がある。それにこの高熱。翠玄は今、自分でも意識を十分に保てないほどの高熱に侵されていた。芙蓉妃の症状とは明確に異なる。彼女はここまで重症化しなかった。


(_ああ、心なしか何だか息苦しい気がしてきた。

それに喉も乾いているし、何より顔が火照って苦しい。

水だ、それから解熱剤。まずはこの熱を下げないと。)


なんとか雀玲に助けを呼ぼうとしたけれど、声を発することは叶わなかった。そうしている間にも意識はどんどん遠のいていく。


必死の抵抗も虚しく、翠玄は再び意識を失ってしまった。


* * *


薄目を開けると、いつの間にか空には日が差しているようで、寝台の上から見える小窓の外には明るい日差しが差し込んでいた。


「私、助かったの」


重い体を引っ張ってみじろぎをすると、誰かが翠玄の肩を支えて、彼女の首元を抱え起こす。

薄目を開けると、視界の端に金糸色の髪が目に止まった。


「気がついたか」

声の主は翠玄に寄り添って優しく囁く。


「摂政様?」

翠玄は驚いた。なぜ彼がここにいるのだろう。


「よかった。目が覚めたようだな」


そう言って、摂政は私の口元に水差しをつけた。乾いた口に水を含むと、さっきよりも幾分か話しやすくなった。


「私、一体どうしてしまったのでしょう」


「すまない。私のせいだ。君は芙蓉妃の流行り病に感染して、丸三日間も生死の境を彷徨っていた」


「み、三日間も!?」

翠玄は文字通り飛び上がりかけたが、まだまだ体がだるく重いので、思うようには動かせない。


「雀玲が君の病状を知らせに来てくれたのだ。一時は高熱と肺炎の症状が出て、命に関わったが、なんとか峠は越えたようだな」


「そうだったのですね。心配をおかけしてすみません」


自分の体調にも気を配らなければいけないのに。これでは本末転倒だ。


「いや、謝らなければいけないのは私の方だ。君の身を危険に晒してしまった。主として失格だ」


摂政は、いつになく肩を落として落ち込んでいるように見えた。


その時、水汲みの桶を持って雀玲が戻ってきた。


「翠玄様! 気が付かれたのですか!?」

そう言って、雀玲は翠玄のもとへ駆け寄る。


「よ、よかったー! 一時はどうなるかと思ったんです

宮に戻ってきたと思ったら、倒れて意識を失ってしまわれて。その後一度も目を覚まさなくなってしまい、もうだめかと思いましたよ」


「雀玲にはよく礼を言ってくれ。ずっと付きっきりで看病をしてくれていたのだ」


隣りにいた摂政様が補足した。


「はい。翠玄様がいなくなってしまったらと思うと、心配で夜も眠れませんでしたよ。本当に目を覚ましてくれてよかった」


「ありがとう。心配をかけたわね」

「次は無理をしないでくださいよ」


二人のやり取りを見届けた後、摂政は宮を去っていった。


「三日間も飲まず食わずで寝込んでいたのですから。まずは体力を回復されることに専念してください」


雀玲は、翠玄のためにおかゆやら、果物やら、消化に良いものをたくさん用意してくれていた。


「それから、これは医官がくださった薬です」

翠玄は、雀玲から受け取って薬を服用する。


「それにしても、本当に一時はどうなるかと思いました。医官は、翠玄様の容態を見て、回復は絶望的だとおっしゃったんです」


「なんでも、この流行り病は、時折重症化すると、病原菌が肺にまで達してしまう。それで肺炎を引き起こしてしまった患者は、多くの場合もう助からないんですって。薬も効かないと言っていたし、もうだめかと思いました」


「そうだったのね。」

翠玄が予測していた通り、彼女は病原菌による肺炎を患っていたようだった。


「それで、どうしようもなくなって、思い切って摂政様を訪ねていったのです。もうそれぐらいしか、私にできることはありませんでした」


雀玲は涙ぐみながら続けた。


「摂政様は、翠玄様の容態を聞いてすぐに宮まで駆けつけてくれました。そこからが、少し不思議なんですが。摂政様が翠玄様の容態を確認してしばらくそばに付き添っていたら、なんだか嘘みたいに、急に翠玄様の熱が下がって意識が戻ったのです」


「_摂政様が?」


翠玄は半信半疑で聞き返す。


「はい。あれは一体何だったのでしょう。まるで、摂政様が翠玄様の病魔を取り除いていたような。そんなふうにさえ見えてしまいましたよ」


「不思議なこともあるものね」


「はい。やはり宮廷内で稀人と呼ばれているように、摂政様には人にはない何か不思議な力が備わっているのでしょうか」


「さあね。私は、呪いや神通力といったものには懐疑的だけれど」


「そうですね。でも、なにはともあれ翠玄様が回復されて本当に良かったです」


雀玲がほっと胸を撫で下ろしているのを見て、私も嬉しくなった。


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