第四十三話 新種の流行病 二
翠玄が提案した通り、数日後には王都から疫病に苦しんでいる村々に食料の配給が行われた。寒さの厳しい北の蘇州の村人達は喜んだ。
しかし、感染病は依然として猛威を振るい、流行が収まる兆しが見えない。王都から派遣された役人の中にも多数の感染者を出しているようだった。
「翠玄、大変だ。ついに王都の周辺でも、例のあの病の感染者が出始めたぞ」
「ええっ?」
あれから、外の噂が以前よりも入りづらくなっていた。翠玄も心配し始めていたところだった。
「騒ぎになるのを避けるために、今はまだ情報は伏せてある。しかし、今この瞬間にも感染者はどんどん増加していて、いつ民が気づき始めるともわからない」
事態は緊迫した状況だった。
「北の蘇州は、ここからかなり距離があります。もうそんなに病が進行していたのですか」
「ああ、おそらくだが、病原菌を持ち込んだのは蘇州に派遣されていた役人のようだ。帰郷するまでは症状がなかったため、そのまま王都に帰還したが、こっちに戻ってきてから症状が出始めたらしい」
「なるほど、感染して病原菌を保有した状態でも、すぐに症状が出るわけではないのか」
「取り急ぎ、該当する患者は隔離してある。看病に当たる役人たちも、限られた区画内から外出しないように制限をかけているが」
「そうですね。まずは、これ以上外に広がるのを防ぐことが先決です。周辺の町やこの宮廷内にまで進行してしまったら、取り返しが付きません」
* * *
しかし、事態は翠玄たちが危惧していた方向へ進み始める。
その一週間後には、王都周辺の街でも感染者がポツポツ出始めた。それを皮切りに、この病は大流行した。宮廷内にも病魔が忍び寄ってきた。
この日、翠玄は摂政から呼びつけられて、芙蓉妃の住まう陽春宮へと向かっていた。
「芙蓉様、翠玄様がお越しになりました」
侍女たちに室内へと案内され、宮の奥にある芙蓉妃の私室へと入る。そこには朗らかに微笑む芙蓉妃がいた。
季節は冬の終わり。私室から見える中庭の景色は、以前に翠玄がこの宮を訪れたときよりも少し寂しく感じる。植林されていた草木は葉を落として、今は枝ばかりになっている。それでも、針葉樹の深い緑や、この時期でも楽しめる柚子や寒椿などが美しく彩りを添えていた。
「翠玄、よく来てくれたわね」
芙蓉妃はそう言って、翠玄に向かいの長椅子に腰掛けるよう勧める。
摂政から聞いた噂通り、このときの芙蓉妃はすでにお腹のあたりが大分ふくよかになっていた。
「このような大変な事態なのに、呼び出してしまいごめんなさいね」
「とんでもありません。本日はいかがされましたか」
「実は、昨今流行り病が流行していることを聞きました。すでに聞いていると思うけれど、私のお腹の中には、陛下のお子がいます。それで、陛下や摂政様からも提案があって、しばらくは外部の人との接触を断って過ごすように言われたの」
「でも万が一のことがあるから、翠玄をそばにおいて相談に乗ってもらったらどうかって」
「私が、ですか」
医師や専門の役人などではなくてよいのだろうか。
「あなたには、以前から何度も助けていただいたでしょう。お腹の子のこともあるし、しばらくそばにいてくれるととても嬉しいわ」
確かに、芙蓉妃は陛下のお子を身ごもっている。通常の場合、妊娠中の女性が感染症やその他の病に感染することは、母体だけではなく、お腹の子の命も危険に晒すことになる。
摂政はわざわざ私を呼びつけて対応を依頼してきたということなのか。先日の皇后の一件もあり、宮廷内は神経質になっている。この上、芙蓉様の身にまで危険が及べば、ひとたまりもない。
「わかりました。私も専門医ではないため具体的な医療の処置などはできかねます。しかし、自分が蓄積した知見を生かして、いくつか対策を講じるようにいたしましょう」
扶養妃には、以前から好意に接していただいている好もある。
彼女の力になりたいという思いもあり、翠玄は芙蓉妃からの申し出を承諾した。
その日から、翠玄は陽春宮に泊まり込みで芙蓉妃の対応に当たることにした。
流行している感染症は、感染力が非常に強いものだった。現在はまだ、王都近郊やこの故宮での感染者数はほとんどいない。しかし、一度病原菌が持ち込まれれば、瞬く間に感染が広がってしまうことは、先の蘇州やその他の地域での状況から容易に想像できた。
そこで、翠玄や他の侍女たちもまた、できる限り外部との接触を控えて、隔離して宮の中で過ごすことを徹底した。
雀玲を一人宮に置いてけぼりにしてしまったことが気がかりだけれど、有事なので仕方がない。




