第三十九話 賭博場
翠玄はそう言って賭場へと繰り出した。
秦国には一般的な賭け事の遊戯がいくつか存在する。有名なものは「紙牌」と呼ばれる、伝統的な遊戯用の札を用いたものである。
札には「文銭・索子・万字・十字」の四種類の記号があり、さらに数字が連なる合計四十枚の札を用いて賭けを行う。
特に有名なのが「扑克」と呼ばれるゲームであった。
ルールは簡単。これら四種類の札を用いて、各人がひとりずつ札の交換を行い、できるだけ高い役を先に揃えた方が勝ちというものだ。
賭場にやってきた翠玄が遊戯への参加を告げると、場を取り持っていた男が不審そうに翠玄を見やった。
「お嬢ちゃん、やり方も知らなそうな世間知らずなお前に賭けなんかできるのか」
「無論です。問題ありません。やり方は書庫で予習済みですので」
不躾にそう言うと、翠玄は机の端に腰掛けた。
翠玄は、当然ながら礼部の書庫で扑克のやり方について習得済みだった。
仕方なく、場を仕切っていた男が翠玄にも紙牌を配ろうとした。
「ただちょっと待ってください。
実は私は紙牌の実物を見るのが初めてなのです。一度、全ての紙牌を確認させてもらえませんか」
言われて、男は訝しみながらもカードを翠玄に渡して寄越した。
翠玄は紙牌を受け取ると、順番に一枚ずつ裏返して、注意深く絵柄とその裏面を確認していく。
「ありがとうございます。これで準備は完了しました」
やがて全ての札を確認し終わると、翠玄は札を男に返して席についた。
「早速始めましょうか」
翠玄にはある秘策があった_。
* * *
合図とともに、男が参加者に一人につき五枚ずつカードを配る。
参加者は自分の手札を確認すると、手札から不要な札を場に伏せて出し、代わりに捨てた枚数分だけ山札から取る。
これを何度か繰り返し、手持ちのカードから最も高い役を揃えた段階で挙手にて名乗りを上げる。名乗り出た人の役が他の全員が持っている役よりも高いものだった場合、掛け金を総取りできるというルールだった。
翠玄は他の参加者に倣って、一枚ずつカードを入れ替えていく。
札の裏の傷から、翠玄には相手の手札が何であるか、山札にある札が何であるかが正確にわかる。この情報をもとに、相手や自分の手札を見ながら駆け引きを進めることで、安定して勝ちを取りに行くことができた。
「はい、役が揃いました」
すると、数ターンもしないうちに、翠玄が声を上げる。
「お嬢ちゃん、早いな。どれどれ見せてみろ」
そう言って、全員がカードを広げれば、確かに翠玄の手札には同じ絵柄の札が二種類二枚ずつ揃っている。
「見事だな。この勝負はお嬢ちゃんの勝ちだ。では次のゲーム、今度は掛け金をさらに上げて再挑戦だ」
二試合目は掛け金が前回の倍になってスタートした。しかしここでも翠玄は一番に役を揃えてしまう。
「また私の勝ちです」
「大したものだな。何かイカサマをしているんじゃないだろうな」
そう言ったものの、一見素人そうな翠玄のことを本気で疑う者はまだいなかった。
「そんなことないじゃないですか。たまたまですよ」
謙遜して見せれば、誰もそれ以上は詮索してこなかった。
翠玄は内心で冷笑した。
一見、素人に見える翠玄にはある秘策があった。
最初にカードを人大理見せてもらったとき、翠玄はカードの裏側に少しずつ傷や擦り切れた箇所があることに気がついていた。
紙牌は紙製ではなく、木を削って札のように切り出し、面に絵柄を塗って作られる。
そこで翠玄は四〇枚全てのカードの裏面の状態と、その絵柄を記憶した。
翠玄には、札に描かれた僅かな傷から、その札の絵柄が何であるかを判別することが出来た。これを利用して、翠玄は相手の手札が何であるのか、山札にある札が何だったのかを正確に把握することができる。
この情報をもとに、相手や自分の手札を見ながら掛け引きを進めることで、安定して勝ちを取りに行くことが出来たのだった。
「さてさて、まだまだこれからですよ。どんどん行きましょう」
翠玄が凄んで見せれば、小娘相手に怯むなんてことはできない。後に引けなくなった男や他の参加者が次々に名乗りを上げて、さらに掛け金が増えていく。次第にゲームは盛り上がっていった。
「ふう、ざっとこんなものでしょうか」
気がつけば翠玄はあっという間に、銀百枚という大金を巻き上げていた。
「まったく、今日は店じまいだ。あまりにもお嬢ちゃんにしてやられたからな」
そう言って、男は一文無しになったような顔をして見せる。
(よし、これで雀玲を取り返せるわ)
翠玄は勢い込んでテーブルを後にしたが、その後を不審な男たちが数人追いかけていたことに、彼女は気がつかなかった。
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人気のない廊下を一人で渡って、急いで雀玲の囚われている奥の部屋へ向かっていた時、翠玄は背後から何者かが接近してくる気配に気がついた。
少しずつ距離が縮まっていることに気がついた翠玄は、踵を返して廊下の角を回って別の通路へと入っていく。すると男たちも、不自然に翠玄と同じ道を追い始めた。
(つけられている……?)
翠玄は感づいた。しかし道はこれ一本しかなく、後戻りはできない。助けを呼ぼうにも、廊下には翠玄たち以外に他の客たちの姿はなかった。
翠玄は、今度は廊下の曲がり角を曲がる。そして自分が相手の視界から消えた瞬間に、猛ダッシュで奥へ逃げ込んだ。
しかし向こうも素人ではない。翠玄の動きを察知して後を追いかけてくる。今度は尾行しているのを隠そうともせずに、翠玄に猛スピードで迫ってきた。
(まずい、捕まる……)
背後に男たちの足音が迫る中、必死の思いで廊下を駆けていると、不意に視界いっぱいに別の人影が飛び込んできた。




