第三話 婚姻の四色喜糖
「_まったく、旦那様も人が悪い。
こんな小娘を一人連れてきて、一体何になるというのだ」
金糸色の髪の男に言いつけられて、翠玄のお守りを任された従者は、不満げに嘆いていた。
「今回の脅迫の話だって、そこまで大げさに騒ぎ立てるほどでもないと思うがね」
従者は、今回の件が単なるいたずらではないかと半信半疑であった。
「確かに、単なるいたずらの類であればよいのですが……」
だが一連の怪事件のことを考えると、楽観視はできない。これまでの数々の怪異と、今回の脅迫文の文面から察するに、相手は芙蓉妃に対してかなり深い怨恨を抱いているはずだと感じていた。
後宮に妃として迎えられることは、大抵の子女たちにとって誇るべき、よろこばしいことである。
しかし同時に、皇帝が妃に迎えるということは、芙蓉妃は金輪際、親元を含めて他のあらゆる男性との接触を断ち、帝に一心一身を捧げるということを意味する。
(それを面白くないと思う人物がいるということなのか_。)
翠玄は会場中を一通り調べ、出入りする人々に不審な様子がないかを見て回った。
宴は今のところ滞りなく進んでいた。皇帝陛下との迎え入れの儀式も終わり、今、芙蓉妃は上座で微笑みながら、来賓たちの祝辞を受けている。
(このまま何も起こらなければよいのだが)
その時だった。
「ん……?」
会場を回って、芙蓉妃のテーブルに並んだ料理に目を向けた瞬間、翠玄は違和感を覚えた。
「どうした?」従者が尋ねる。
「芙蓉妃様のテーブルに置かれている"四色喜糖"ですが、彼女のものだけ、少しだけ種類が違うような……。」
翠玄が指さした先には、小皿の上に四種の菓子が並んでいた。この国では婚姻の際に"喜糖"と呼ばれる砂糖菓子を振る舞う習慣がある。格式高い婚姻では、氷砂糖、冬瓜飴、柑橘糖、龍眼の"四色喜糖"を備えるのが定番だった。
四種類のうち翠玄が指さした小皿には"龍眼"と呼ばれる果実が乗っている。龍眼とは、秦国定番の果物の実である。小銭ほどの大きさで、茶色の皮に覆われており、中にはみずみずしい白濁色の果実が詰まっている。だが芙蓉妃のテーブルに置かれているものは、龍眼ではなく、似た"別の何か"に見えた。
「あの果物、龍眼によく似ていますが、少し違いますね。何でしょう。」
翠玄は従者を見上げた。
「旦那様、あの果物を一つ取ってきていただけませんか」
「え、私が? そんな目立つことできるか!」
「でも、近くで見ないことにはどうにもなりません。どうしても気になるのです。なんとかお願いします」
従者は頭を掻いたが、翠玄の勢いに押されて渋々芙蓉妃の卓へと向かっていった。
しばらくして、彼は龍眼らしきものが載った小皿を手にして戻ってきた。小皿に載ったその果物を手に取り、翠玄は鼻を近づける。
甘い香り。確かに外見も龍眼にそっくりだ。だが──。
「これは……!」
翠玄の顔色が変わった。
「これは龍眼ではありません。よく似ていますが、全く別の果実です。皮や実には人を死に至らしめる程の猛毒があります。」
翠玄はあの礼部の書庫で、この果実に関する記述を読んだことがあった。
「何?それは本当か!?」
従者が信じられないという様子で目を見開く。
「ええ。一体、誰がこの果実を持ち込んだのでしょう。」
翠玄は会場を見渡した。
「少し調べたいことがあります。一緒に来てください」
翠玄は、会場の裏手に回って外に出ると今宵の宴会の調理と配膳を担当している調理場の方へやってきた。中では調理係たちが忙しなく動き回り、祝宴のためのご馳走や種類などが準備されている。ここは翠玄も炊事係としてたまに立ち入ることがある。後宮でも最も大きな調理場の一つだった。
調理場にやってくると、中でちょうど喜糖の盛り付けをしていた下働きの娘に声をかけた。
「あなたがこの喜糖の準備をした調理番ですね?
このお皿に乗っている果実、これは通常の喜糖ではありません。どうしてこれ一つだけ種類が異なるのですか。」
すると、調理係の娘はこう答えた。
「はあ、確かにこれは私が芙蓉様のために用意いたしました。
芙蓉妃は生まれつきの持病があり、特定の果物をお召し上がりになることができないと聞いています。それで彼女の分だけこのように別のものに差し替えました。」
「別のもの?」
「はい、芙蓉妃の召使を名乗るものが現れて、これを置いていったのです。
芙蓉妃の持病は存じ上げていましたので、言いつけ通り盛り付けて配膳をいたしました。」
「この果実を持ってきたものは、どんな人物だったか、覚えていませんか?」
「うーん。人相までは覚えていませんが。
今朝、祝宴の材料を準備する際に持ち込まれたものですので、果実類をここへ搬入しに来た業者の男だったような_。」
(男性_やはりそうか。)
翠玄ははっと息を飲んだ。
「そうですか。ありがとうございます。もし他に思い出したことがあれば、また教えて下さい。」
そう言うと、翠玄と従者の男は調理場を後にした。
「おそらく、今回の脅迫状を送った犯人が、あの果実を持ち込んだものと思います。
芙蓉妃に持病があることを知っていたことから、おそらく彼女の親しい間柄の人物の犯行でしょう。」
「そう考えるのが妥当であろうな。」
「問題は、果実を持ち込んだ犯人が一体どこにいるか、ですね。」
翠玄はそう言って、改めて会場内を見渡す。
「犯人は、必ずこの中に潜んでいるはずです。」
あのように大胆な脅迫状を送ってくるような輩が、あの果実を届けただけで引き下がるはずはない。犯人はこの会場内にいて、必ず芙蓉妃が陥れられる瞬間を待ち構えている。翠玄はそう確信していた。
会場内は来賓の客や、それをもてなす従者や侍女たちで溢れかえっていた。もう一度、よく目を凝らして怪しいところがないか、会場を見渡す。すると、翠玄はある奇妙な変化に気がついた。
「旦那様、私に一つ心当たりがあります。少し協力していただけないでしょうか_。」




