第三十四話 後日談
数日後、役人たちが辰羅の自宅を捜索すると、彼が犯行時に使ったとされる、血痕のついた鈍器などがみつかった。家には他にも、彼が信仰していた呪術めいた書物などが複数見つかった。
摂政と蒼玄と翠玄は、後日、辰羅の取り調べに同行することになる。
薄暗い牢屋の奥に、辰羅は囚われていた。彼は逮捕時よりも落ち着きをとりもどし、奥の椅子に静かに腰掛けている。
摂政が問うた。
「なぜ蓮照を殺した?
お前は彼に特に個人的な恨みなどはなかったはずだが」
すると辰羅はこう言った。
「これは俺個人の恨みではない。我らが信仰する神への捧げ物なのだ」
「神?」
「民の多くは新たな朝廷を望んでいる。現皇帝は罪人だ。予言に従い、あの者は滅亡する運命にある」
「予言とは、先帝が夢見枕に見たという、麒麟の予言のことですか?」
翠玄が口を挟んだ。
先帝が夢ままからに見たという予言。それによれば、近い将来に悪鬼が襲来し、災厄が蔓延る。というものだった。秦国でこの予言を知らないものなどいない
「そうだ。」
辰羅は頷いた。
「我々は麒麟児の到来など望まない。
この地は悪鬼の到来を迎え、一からやり直すべきなのだ」
翠玄はこのとき、辰羅の自宅から押収された、悪魔崇拝に関わる新興宗教の書物を持っていた。これは発見後に摂政様から翠玄に貸し与えられたものだった。
「この書物に書かれていること。
これが、あなたが殺人を犯した目的だったのですね。」
翠玄が声を上げた。
書物には、翠玄たちが今まで見たこともない、新たな宗教の教えが記されていた。それはどことなく異端的な思想を含んでいる。特徴的なのは、本では殺害された役人に施されていたような、蜘蛛の巣状の紋様を、信仰対象として崇めていたことだった。
確かに、事件調査の際に摂政様が言っていた通りだった。彼が遺体に施した模様は、礼部の書庫には未だ情報がない新興宗教のものだった。
彼らは、事件現場にクモの巣状を模した文様を掲げ、それを彼らの崇拝する鬼神に捧げる為に、あの様な奇怪な殺人事件を起こしたのだった。
「その書に記されているとおりだ。悪鬼の到来とともに、秦国は新たに生まれ変わる。
あの役人の遺体は、悪鬼への捧げ物となるだろう。そして、それを朝廷内に施すことで、悪鬼は我々の思いを叶え、必ずや現政権を崩壊させる」
摂政は表情を変えなかった。近年、朝廷内で帝に対し反旗を翻す動きが出始めているのを、摂政自身も感じ取っていた。そして今回の事件。反乱勢力は確実に勢力を伸ばしつつある。
「摂政殿下、あなたもご存知のはずです」
辰羅は摂政を見据えた。
「現帝は帝位につくべきではなかった。もっとふさわしい者がいたはずなのに。あなたはどうしてそれを放棄してしまわれたのですか?」
突然の言葉に、摂政は僅かに目を見開いた。
「私は帝の器ではない。
帝を疑うことは、すなわち私を否定することになる」
「いえ、あなたは何も分かっていない」
辰羅は冷笑した。
「しかし、いずれ思い知る時が来るでしょう。我々は、崇高な悪鬼の意志を引き継ぎ、これからも消えることはない」
そう言い残し、辰羅は衛士たちに連行されていった。
翠玄は、摂政の横顔を見た。その表情には、何か深い憂いが浮かんでいるように見えた。
* * *
辰羅の取り調べも無事終わり、翠玄たちは後宮へ帰還する途中だった。
そばには蒼玄や摂政様もおり、翠玄を見送りに来ている。
「翠玄、今回は見事であったな。
お前がその様な聡明な推理を展開するとは、兄の私も鼻が高い。」
蒼玄は、翠玄の功績を褒め称えた。
「ご謙遜を。御兄上のご協力のおかげですよ。」
翠玄は言いながら満更でもない顔をした。
しかし、直後に少しだけ表情を曇らせる。
「無事に事件は解決しましたが、なんだか宮廷内に暗雲立ち込める結果となってしまいましたね。」
翠玄が問いかけると、これには摂政様も同意した。
「また、同様の事件が起こる可能性はあるのでしょうか」
翠玄は、これが朝廷を脅かす新たな火種となることを危惧していた。
問われて摂政は眉をひそめる。
「彼の言うことが確かならば、敵の脅威はこれからも続くだろう。
しかし、それはある意味では仕方のないことだ。いつの時代もそうであるように、宮廷内には朝廷に仇なす者の存在が常にある」
「いつの世も、朝廷には常に争いごとが絶えないと申しますね」
蒼玄も同意した。
「そうだな。今回の反乱因子たちは、国に災厄を招く悪鬼を信仰し始めたということなのだろう。
国に反旗を翻すとき、そこには大義名分がいる」
「辰羅は、現皇帝が玉座にふさわしくないと主張していました。
あれは一体どういうことなのでしょうか」
翠玄は思い切って尋ねてみた。翠玄は知識を習得することには秀でていたが、現世の政治情勢や、宮廷内の内情といったことには疎かった。
「今の私に言えることはない。だが一つだけ確かなことは、現皇帝陛下は正当な継承を経て玉座についているということだ。それだけは疑いようがない」
摂政は何か知っているような素振りを見せたが、多くは語らなかった。確かに、世の中には知らなくていいこともたくさんある。
「なんにせよ、彼らの動きは次第に活発化していることはたしかだ。
我々も、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。」
そう言う摂政様はどこか遠くを見つめていた。
(これは、宮廷を巻き込んだ混乱の序章に過ぎないのかも知れない)
** *
翠玄を宮まで送り届け、そのまま蒼玄とも解散しようとしたとき、
不意に後ろから蒼玄に呼び止められた。
「摂政殿下、しばしお時間をいただいてよろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「今回の件、まさか摂政殿下自らが、我が妹を取り立てていただけたとは驚きです。
妹が事件解決に貢献できたこと、兄としても誇らしく思います。」
「ああ、翠玄には以前ある事件を解決に協力してもらった好があってな。
私も期待を置いている。」
「はい、妹から聞きました。御自ら後宮の才人に取り立てていただいたとのこと、身に余る光栄です。」
蒼玄は外面の笑みを貼り付けて言った。
「ただ。」とここで彼は本題に入る。
「このような大抜擢を賜り、兄としては少し心配している側面もあるのです。」
「妹の才は幼い頃から際立って降りました。あれは生まれつきのもので、見聞きしたものを何でも記憶してその知識として蓄えて置くことができる。これは他にはない稀な才能です。
しかし、一方で妹のその特異な能力が、彼女自身の足を救わないかと心配しているのです。」
蒼玄は、そのいかがわしげな風貌には似合わず、心から妹を心配している様子だった。
刑部の役人は、仕事柄クセの強いものが多く在籍している。罪人を捌いたり、時には心を鬼にして罪人や流人に罰を与える職務だ。生半可な覚悟では務まらない。
初対面では彼を信用ならないと思っていた摂政であったが
そんな蒼玄であっても、兄として、実の妹のことを気にかけているのだろうか。
「ああ、私もそれは重々承知している。」
確かに、摂政が翠玄に信頼を置いて、今後も彼女をを様々な事件にかかわらせることは、彼女自身の危険も伴う。それは摂政自身も危惧していたことであった。
「心配せずとも、私は自分が見込んだものを簡単に手放したりはしないつもりだ。
彼女には私の責任のもとに職務を任せている。今後もそれは変わらない」
そう言うと、蒼玄は少しだけ表情を和らげだ。
「摂政殿下より心強いお言葉を賜り、恐縮です。
出過ぎたことを申しました、お許しください。」
蒼玄は、その一見信用ならない素振りを見せておきながら、実は妹思いのあるところが垣間見れた。
殺人事件推理はあまり書いたことがなかったのですが、いかがでしたでしょうか…?ご意見ご感想ありましたら是非!
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