第三十三話 殺人事件‐解決編‐
翌日、翠玄は殺人現場に、摂政と、兄の蒼玄、そして、辰羅ら関係者を呼び出した。
「翠玄、一体どうしたというのだ。皆を集めて。
もしかして、事件の犯人を見つけたのではあるまいな?」
摂政は半信半疑で問いかける。
「はい、そのとおりです。事件の謎が解けました。」
「なんだと!?」
思ってもみなかった発言に、摂政含めてその場にいた人々から驚愕の声が上がる。
「まさか、それは一体誰だというのだ。」
「はい。今回の殺人事件、犯人は辰羅様、あなたです」
翠玄は声高らかに宣言した。
「そんな、私のはずがありません。
どうしてそのようなことを仰るのですか?」
辰羅はすさかず抗議した。
「そうだぞ。彼は先日の事情調査からも犯行が不可能であると分かったばかりではないか。
何か証拠でもあるのか?」
摂政も口添える。
しかし、翠玄は平然として続けた。
「はい。あなたが犯人だと指し示す証拠はいくつかあります。それを、これから順を追って説明させていただきます。」
そう言って、翠玄は辰羅の方へ向き直る。
「まず、現場検証を行なって判明した通り、犯人は左利きです。
遺体に施された紐の結び方、被害者の傷の位置からそう判断しました。あなたは矯正されていますが、生まれつきの利き手は左手なのではありませんか?」
「...はい、そうです。」
辰羅は渋々頷いた。
「しかし、それだけでは証拠にはなりませんよ。
私には犯行時に現場に居合わせていなかった証拠があります。私に犯行は無理です。」
「それについては、これから説明させていただきます」
翠玄は続けた。
「犯行時刻とされたのは深夜十時以降。これは、戸部の同僚が証言しています。しかし、詳しく話を聞いたところ、目撃者は厳密には被害者の顔を見ていませんでした。
目撃者は、蓮照の服装をした人物が、倉庫周辺にいることを目撃しただけだったのです。」
宮廷の官吏たちは、役職や階級に応じた漢服(官吏装束)を着用する。蓮照の職業は倉庫管理であった。そして年齢が高いこともあり、その階級は九品のうちの八品。これは戸部内では比較的高く、珍しい。
「彼の官吏装束は青字に松の刺繍です。これは同じ戸部内でも彼ぐらいしか身に着けていません。なので、目撃者はその男を蓮照だと見誤ったのだと考えました。」
現場に招集された人々から再びどよめきが上がった。
「見誤った?
では、あの時刻に倉庫周辺を彷徨いていたのは一体誰なのだ?」
摂政が声をあげた。
「それこそが、今回の事件の犯人に他なりません。」
「_どういう事だ?」
摂政は首を傾げた。
「犯人は、被害者を殺害した後、被害者の衣服を脱がせて磔にした。
そして午後十時付近になると、被害者の衣服を身に着けて変装し、被害者が十時まで生きていたことを偽装したのです。」
そう言って、翠玄は辰羅の方を見やった。
「なるほど、犯行時刻が10時以降でないことが証明されれば、確かに彼にも犯行が可能ということだな。」
言われて、辰羅の顔が強張った。
「そんな、あり得ない。であれば、私以外にも犯行は可能と言う事になります。私が犯人である決め手は、左利きであるという事だけですよね?宮廷には、私以外にも左利きのものなど大勢いらでしょう。
確かに、私が殺人を犯したという、動かぬ証拠でもあるのですか?」
辰羅は必死に抗弁した。
「確かに、今挙げた二つの点のみでは、あなたを犯人だと断定することはできません。
しかし、私の見立てが正しければ、証拠はまだここにあります」
翠玄はそう言って、殺害現場に置かれていた被害者の衣服を持ってきた。
「辰羅さま、あなたは殺害当日の夜、宴会に少し遅れて参加したそうですね。
急いでいた為に、服装が少し乱れていたと、同僚からも証言がありました。」
「はい。私はその日、所用で外出していましたので、到着が遅れてしまいました。急いでい駆けつけた事で、服装も乱れたのでしょう。それが何か?」
「犯人は、被害者になりすますために、被害者の衣服を着て変装をしました。
その際に、おそらく急いで着替えたため、誤って被害者の衣服の一部を着用したまま出てきてしまったようなのです。」
翠玄はそう言って、現場に残されていた被害者の衣服を広げて見せる。
辰羅は青ざめた。
「これが、殺害現場に置いてあった被害者の衣服です。被害者の蓮照、彼はとても律儀な性格で、自分の持ち物には全て名前を書いていました。
確認したところ、この衣服にも当然蓮照の名前が入っていましたよ。一つを除いてね。」
「一つを除いて?」
すかさず摂政が声を上げる。
「残っていた衣服のうち、一つだけなぜか名前が入っていないものがありました。それが、この腰帯です。几帳面な蓮照が、腰帯にだけ名前を入れないはずがありません。」
「確かにそうだな。」
摂政様は納得した。
「官吏たちは階級の取り決め通り衣服が定められています。しかし、こうした腰帯といったものは共通で身につけるものです。なので、たとえ他人のものを身につけていたとしても、一見見分けが付きません。
おそらく犯人は、変装をして再び自分の衣服に着替える際に、慌てていて、誤って被害者の腰帯をつけて出てきてしまった。」
辰羅の額に冷や汗が伝うのを感じていた。
「この腰帯はよく見ると、他の衣服と比べて少しサイズが合っていないように見えます。
辰羅様、先程からあなたが身につけている腰帯も、なんだかサイズが合っていてぎこちないように見えますね。」
翠玄は、後退る辰羅の方へすっとにじり寄った。
「もしよろしければ、あなたが今身に付けているその腰帯を確認させてください。
その腰帯のどこかに、おそらく"蓮照"と被害者の名前が書いてあるはず。
それはあなたが殺害を行ったという動かぬ証拠となります」
「うわー!!」
突然、辰羅は鋭い叫び声を上げてその場に崩れ落ちる。すかさず、隠れていた刑部の役人や、近衛兵たちが彼を取り囲んだ。
「くそっ! 完璧に偽装したと思っていたのに。こうも見破られるとは!」
男は取り乱して、なおも暴れ回っていた。
「ああそうだよ。俺が殺した。」
男はようやく観念して犯行を認めた。そのまま警備に取り押さえられて、連行されていった。




