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後宮の亀仙女 -怪異解決簿-  完全記憶能力をもつ主人公が、宮廷内の謎や事件を解決します  作者: 秋名はる
第一章

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SS:遊郭の潜入調査

この後、殺人事件(ちょっと長め)を投稿予定です

合間にSS挟んでみました‼︎

ある日のこと、翠玄は摂政から呼び出されて、六部の官吏たちが働く外朝へとやってきた。


「今日は、秋の仕事始めの儀式の日なのだ」


朝廷では数千を超える官吏たちが毎日働いている。彼らは通常はそれぞれ自分の所属する部署に従事しているが、こうして年に数回集まって、行事を行うことがあった。


「今から君に頼みがある。

ここに集まっている官吏全ての顔をよく覚えてもらいたい」


「全員ですか!?」


「ああ、できるだろうか」


「_急に大胆なことをおっしゃいますね」


確かに、翠玄は一度見たものを正確に記憶する能力がある。

しかし、それはもはや人間業ではなく、翠玄にしかできない特異な能力だ。


(随分さらっと言ってくれるではないか。)


「_もちろん可能ですよ。私は一度見たものを基本的には忘れませんから」


(まったく、摂政様も人使いが荒い。)


翠玄は一瞬たじろいだが、すぐに冷静を取り戻した。


翠玄は、言われるがままに、広間に集まった官吏たちの人相を一人ずつ目に焼き付けていった。


「一通り確認しました。

ところで、この方々の顔を覚えて、一体何を行うというのです?」


「ああ、助かるよ。実は、後日今日見た者たちのことで確認したいことがあるのだ。その日が来たらまた呼び出す」


そう言って、摂政は広間を去ってしまった。


* * *


後日、翠玄は再び摂政に呼び出された。場所は宮廷の外に広がる街の一角。そこは通称花街と呼ばれて、遊郭が並ぶ繁華街だった。


「以前から、この花街で違法に風俗店に通い詰める官吏が後を絶たないのだ」


宮廷に務める官吏たちは、公序良俗の観点から風俗店の利用を禁止するという厳しい戒律があった。


「時折こうして抜き打ちで立ち入り調査を行って、官吏たちを取り締まっているのだが。


彼らの多くが変装してお忍びで町に繰り出している。身分証明書なぞをご丁寧に持ち歩く者もいないため、ほとんど効果がない。」


摂政はそう言って翠玄の方を見た。


「そこでお前の記憶力を思い出したのだ。

これから立ち入る店で、利用客達の身元を改めるから、その中に、先日覚えた官吏がいたら教えてほしい。」


「なるほど。そういうことだったのですね」


調査に入る役人は、宮廷中の全ての官吏の顔と名前を覚えているわけではない。向こうは向こうで一般人を装って白を切るだろうし。そこで、記憶力のよい翠玄が担ぎ出された、ということらしかった。


「できるか?」


「はい。やったことはありませんがおそらく可能と思いますよ」


記憶力の良い翠玄は、一度見た者の顔を忘れない。それと照合して官吏をあぶり出し、処罰するという作戦らしかった。


「よかった。では早速頼む」


そう言って、翠玄と摂政は花街へと足を踏み入れた。


* * *


赤い提灯が並ぶ仄暗い花街通り、ここは男たちの桃源郷。通りに構える数多の遊郭の小窓を覗けば、そこには艶めかしい衣装でめかし込んだ遊女たちがひしめいていた。

 霞む煙管の煙と、甘ったるい香の香りが立ち込めていて、翠玄はむせ返りそうだった。


一軒目の店に入ると、そばに控えていた役人が声を上げて、客と従業員を呼び出して整列させる。そして一人ずつ身元を改めさせると、翠玄も驚くほど、そこには数日前に見かけた官吏たちがわんさかいた。


「旦那様、この者もそうです。おそらく刑部役人かと。

それからこの者も見かけました。戸部の上座に控えていた上官と思います」


「あ、それからこの人物もですね。変装していますが間違いありません」


翠玄は、先日の行事で見かけた官吏たちを次々と指摘していった。



「この分では一日でかなりの人数を処罰することができるな。流石は翠玄だ」


摂政は満足そうだった。


「こんな感じでよろしいのでしょうか」


「上出来だ。これはある意味見せしめの役割もある。こうして抜き打ちで視察が入ることが知れれば、戒律を破る輩も減るだろう」


なるほど、全ての利用者を処罰することは確かに難しいが、一定程度でも検挙できれば抑止力になる。


「この調子で他の店も頼む。

これは短期戦なのだ。騒ぎを聞きつけて逃げ出す客もいるだろうからな」


「はい。お任せください」


翠玄達は張り切って次の店へと入っていった。


* * *


何件目かの店を改めているとき、それは起こった。翠玄が、いつものように客たちの顔を改めていると、暗がりから一人の客が密かに店の奥へと逃げていってしまったのだ。


男の横顔に見覚えのあった翠玄は、彼の後を追いかけた。


「待ちなさい、こそこそ逃げるなんて卑怯ですよ」


言いながら店の奥へと入っていくと、そこは遊郭の最深部だった。廊下に並んだ小部屋には薄い更紗が掛けられていて、その奥で営まれている淫なやり取りをひた隠していた。


追いかけた先で男を見失ってしまった。

翠玄は周りを見渡した。


「おい、そこのお前、ここで何をしている」


すると、後ろから不意に見知らぬ男に声をかけられた。


「見慣れない顔だな。なんで小娘が男の格好なんかをしているんだ?」


男が不審そうに詰め寄って来たことで気がついた。さっき男を追いかけて走っているうちに、翠玄はいつの間にか被っていた男装用の烏帽子を落としてしまった。目深に被っていた烏帽子が脱げて、翠玄の長い髪と素顔があらわになる。


(まずい、女であることがバレた。)


そう思って、翠玄が咄嗟に逃げようとしたのを、男に腕を掴まれてしまった。


「何者か知らないが、男の格好をしてこの店から逃げ出そうったってそうはいかない。

この店で働いているなら、しっかり稼いでもらわないとな」


そう言って男は翠玄の腕を引っ張って奥へと引きずっていこうとする。


「ちょっ、ちょっとやめてください。私は売り物なぞではありませんよ」


「_翠玄、何をしているんだ?」


ここでようやく、摂政様が追いついてきた。


「離せ。この娘は私が先に目をつけていた者だ」


摂政はそう言って男から翠玄を引き剥がす。


「旦那様、そいつは失礼いたしました。この小娘が逃げ出したのではないかと思いましてね。」


男はそう言って、男は引き下がった。


しかし、翠玄は再び男装を整えなければ元いた場所には戻れない。そこで、一旦空いていた小部屋の一つに身を潜めた。


「勝手に行動するな。お前に何かあったらどうする?」


部屋に入って二人きりになると、摂政はようやく翠玄を解放してくれた。


「すみません、一人見覚えのある男が潜んでいたので追いかけてしまいました。」


そう言うと、摂政はため息をついた。


「_それにしても、ここはとても興味深いところです。」


翠玄は、更紗のかかった戸の隙間から部屋の外の様子を伺う。

翠玄は、書物や職場の同僚達の噂話から、花街の様子を知ることが少しだけあった。しかし、こうして実際に来てみるのは初めてのことであった。


「_あまり、女人が来るところでは無いと思うぞ。」


摂政様は、翠玄の貞操を気にしているのか、つとめてそっけなく答えた。


「せっかくなので、目に焼き付けさせてください。

 このような場所へ来る機会はあまりないので。」


翠玄は、書物の知識はあるものの、それを実際に見たり体験したりと言った実体験が乏しい。目新しいものを目にして、つい好奇心に駆られてしまっていた。


「よいから。まったく、このような場におまえを連れてくるのではなかった。」


「良いではないですか。」


「聞き分けのないやつだな。

_それとも何か、ここでお前が私と一晩の相手をしてくれるとでもいうのか。」


「えっ?」


冗談かなにか、摂政様はそう言って軽々と翠玄のことを抱きか抱えると、褥の上に押し付けられてしまった。


突然組み伏せられて身動きが取れなくなり、翠玄は混乱してしまった。


「_私が、ここで摂政様のお相手をするということですか?」


「ああ、ここはそういうところだ。」


頭上の摂政様は、なんだか真剣そうな顔でこちらを見下ろしている。


「_それは、出来かねます。」


(やり方がわからないので_。)


翠玄は白状した。さっきも言った通り、翠玄には知識はあるが実戦経験はない。書物にあることを実践するにはまだ経験が足りなかった。


「だろう、お前にはまだ早い。背伸びするのはやめておけ。そういうことは、その時が来たらいずれわかることだ。」


摂政様は頷くと、ようやく翠玄を解放する。


「とはいえ、これは私の責任でもあるな。

仮にも後宮に使えるお前を、このような場所に連れ出てしまった。次はないな。」


翠玄は素直に頷いた。確かに、このような場所は書物で知る程度で十分なのかも知れない。

摂政に促されて、翠玄は花街を後にした。この調査での成果は十分だった。


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