第二十四話 咖喱面包
数日後、翠玄は調理係とともに食材の調達に奔走した。
食材が整うと、早速調理係に指示を出して、書物に書かれていたレシピ通りに包子を作り始める。
「まずは餡から作りましょう。最初に、人参、玉ねぎ、鶏肉などを細かく切ります。油を敷いた鍋に刻んだ玉ねぎを入れて、弱火で飴色になるまで炒めます」
翠玄の指示通りに、調理係が手際よく作業を進めていく。
「飴色になったら鶏肉や人参などの他の材料を加え、さらに水を加えてよく煮込みます。材料に火が通ったら……この香辛料を入れてください」
翠玄は数種類の香辛料を砕いて混ぜ合わせた粉状の調味料を手渡した。
「この料理には、印国原産の様々な香辛料を使用します。主なものは小茴香、香菜、姜黄の三つです。これらに辛子(からし)などの辛味を加えて味を調整します」
香辛料を加えると、餡に独特の香りが立ち込め始めた。
「確かに、秦国ではあまりない芳しい香りがいたしますね」
調理係は鼻を鳴らした。
「後はこれを煮詰めていきます。一晩置いて味を馴染ませたら、餡の完成です。
出来上がったら、最後に通常の包子の生地にこの餡を包んで蒸し上げます。
最後に、蒸し上がった包子に衣をつけてカリッと揚げれば、完成ですよ」
* * *
数日後、調理係は翠玄が指定した食材をもとに包子の試作品を完成させていた。
再び紅葉を呼び出して試作品を確認してもらう。調理場には好奇心に駆られた雀玲もついてきていた。
「これは印国で最も親しまれている家庭料理、『咖喱』を用いた包子です。慶州の地域では『咖喱面包(カレーパン)』と呼び、一般的な家庭料理として親しまれています」
咖喱とは、印国発祥の伝統料理で、様々な香辛料やハーブを組み合わせて肉や野菜などの食材を煮込んだ料理全般を指す。印国特有の独特な香辛料の配合により、他国にはない深みのある味になる。
西方の慶州ではこれにさらに独自のアレンジを加えて、包子の生地で包み上げ、油で揚げたものが親しまれていた。出来上がった試作品を、まずは調理係、雀玲、紅葉などで試食してみる。
「おお、これはとても香ばしい香りがいたしますね」
「確かに、独特の香辛料の香りと、ピリッとした辛さが癖になります。そして、油で揚げることでさらにカリッとした食感と、ジューシーさが増してとても美味しいです」
一口頬張った雀玲や紅葉が、次々と感嘆の声を上げた。
「咖喱面包は、餡を包んで蒸した後に、さらに衣をつけて揚げた料理のことを指します。揚げることでさらに香ばしさや旨味が増すのです」
翠玄は続けた。
「しかし今回はある事情を考慮して、まだ揚げていない蒸した状態のものも用意しました」
「……? それはどうしてですか?」
雀玲が口を挟んだ。
「あなたの主は、最近体調が優れないと言っていましたね。
もしやあなたは、皇后様付きの侍女ではありませんか?」
紅葉はハッと息を呑んだ。
「……確かにそうです。隠していてすみません。実は主から、今回のことを内密にしておくように言われていまして……」
「そうだったのですね」
「でも、ここまでよくしていただいた皆さんにはお伝えします」
紅葉は声を落とした。
「実は今、皇后様はご懐妊されているのです」
「……やはりそうでしたか」
雀玲や調理係は驚愕していたが、それを横目に翠玄は頷いた。先日の茶会での、翠玄の見立ては当たっていた。
「最近は食事も満足に取れない状態が続いておりました。
それで、なんとか食べられそうなものはないかと、探し歩いていたのです」
「私も、皇后様の体調については心当たりがありました」
翠玄は紅葉を見た。
「咖喱面包は、包子生地をさらに油で揚げます。香ばしさは増しますが、代わりに油分が多い。皇后様が胸焼けなどを起こさないか気になったのですが、どうでしょうか」
「わざわざお気遣いありがとうございます。でも皇后様は、昔食べたあの咖喱面包の味をご所望です。もし可能であれば、当初の調理方法通りに揚げた状態でお出しいただけませんか」
「わかりました。確かに、ご本人が食べられそうなものをお出しするのが一番ですね」
翠玄は調理係に指示をして、本来の調理方法通りに包子を揚げた。そして侍女に持たせてやった。




