第二十三話 珍しい包子
ある日のこと、お使いから戻った雀玲がこんなことを言い出した。
「今しがた、翠玄様の午後のお茶の用意をしに、昔働いていた炊事場に伺っていたのですが……そこで見知らぬ侍女がこんなことを言っているのを耳にしたのです」
それは昼間の出来事だった。
調理担当の一人のところに現れたその侍女は、いきなりこんなことを言い出した。
「あの、前にこの炊事場で調理係をしていた者をご存じないでしょうか。その調理係が昔、私の主にある変わった包子を作ってくれたそうなのです」
包子とは、秦国で最も一般的な家庭料理の一つである。小麦粉を練った生地に、甘辛く調理した肉や野菜などの餡を包んで蒸した料理のことである。主食として食べる他、手軽におやつにもなる。
「通常、包子に使われる餡は甘辛く煮た肉や野菜が一般的です。しかしその調理係が作ってくれた包子は、他にはない味をした、珍しい餡を包んで作ってくれたそうなのです」
「他にはない珍しい味?」
翠玄が口を挟んだ。
「はい。なんでもそれはちょっぴり辛くて、秦国にはない香辛料を使った独特な味がしたそうです」
「その調理係だけが知る秘伝の味だったのかしら」
「おそらくそうです」
そして調理係がそのようなものの作り方には心当たりがないことを伝えると、侍女はさらにこう言った。
「私の主は、近頃体調が優れなくて、思うように食事を摂ることができません。前の調理係が作ってくれたその包子であれば食べられそうな気がする。だからどうしてもその包子を作ってほしい、と」
言われて調理係は困ってしまったそうな。
「確かに、他人の記憶にあるだけの味を再現するなんて、至難の業よね」
「そうなんですよ。でも残念そうに調理場を去っていった侍女もまた不憫で……」
「確かにそうね」
翠玄は少し考えてから、再び口を開いた。
「以前調理場で働いていた好誼もあるし、一度調理場へ行って詳しい話を聞いてみましょうか」
翠玄は元々炊事係の下働きでありながら、料理の知識や腕はからっきしであった。なので本来この手の話題は専門外なのだが。
侍女の言うことに、少し気になることがあった。
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後日、翠玄たちが昔の炊事場を訪ねると、昔の知り合いでもある調理係は、協力を申し出たことを喜んでくれた。それで彼女は気を利かせて、以前調理場を訪ねてきた侍女を呼んできてくれていた。
侍女は名を紅葉といった。
「あなたの主が探しているという包子だけれど、もう少し詳しいことを聞かせてくれない?」
翠玄は侍女に尋ねた。
「はい。我が主は幼少期を西方で育ったのですが、その調理係も同じ西方の出身だったそうなのです。それであるとき故郷の味を再現して作って頂いたのがその包子でした。」
紅葉は更に続けた。
「料理の名前までは教わらなかったそうですが、その包子は独特な香辛料の香りがして、少し辛みのある餡でした。特徴的なのは、その包子は蒸したものをさらに衣をつけて油で揚げたそうなのです」
「独特な香辛料、油で揚げる……」
翠玄は首をかしげた。確かにそのような包子の作り方など、秦国では親しみがない。
「その主の出身は、具体的にはどちらなのかしら」
「西方の慶州でございます」
確かに、慶州は秦国の国境に接する州で、昔から隣国・印国との貿易による往来が盛んに行われている都市だった。印国は温暖な気候の国で、防腐効果や食欲増進のために食材に独特の香辛料を用いることが特徴だった。
「では使われている餡は、隣国である印国独特の香辛料を用いていた可能性が高い。ということね。」
「はい。そのようです。しかし、調理係は既に宮廷を去ってしまいましたし。
ここでは印国の調味料はなかなか手に入りませんから、それきりとなってしまいました。」
「なるほど」
翠玄は少し考えてから言った。
「実は、私が礼部の書庫で読んだ蔵書の中に、いくつか心当たりがあるのです。材料を整えるのに少し時間を要しますが、試作してみますので少しお待ちいただけますか?」
礼部の書庫に置かれている書籍の分野は幅広い。小難しい歴史書から、今回のような料理本まで多種多様だった。今回も、彼女が読んだ書籍の中に、該当する料理がいくつかあることを覚えていた。
「ほ、本当ですか。ありがとうございます。我が主もきっと喜ばれます」
侍女とは、後日材料を入手した後に、再び会う約束をして別れた。




