第二十二話 村の温泉旅館
この日はもう日が落ちかけていたので、翠玄達はもう一拍だけこの村に滞在することになった。
村人たちは、無事に事件を解決してくれたお礼にと、翠玄たちをこの村が誇る有名な温泉宿へ案内してくれた。
もともと火山地帯であったこの村には、古くから温泉が湧き出している。中でもこの地域一体は、秦国有数の温泉地として有名だった。
温泉は、火山活動により地下水が温められて生成される。地下鉱脈の溶け出したこれらの温泉は、関節痛や疲労回復など、様々な薬効が期待されていた。
村人たちの好意もあり、翠玄もその温泉を堪能させていただくことになった。
翠玄たちが宿泊したのは、村の郊外に作られた石造りの大きな露天風呂が自慢の宿だった。湯はこの地域独特の白濁したぬめりのある湯質だった。地中深くの鉱物成分が溶け出しているため、肌を撫でるとすべすべとしていて、心地よい。
(このところ気を使うことばかりだったから……染みるわ)
翠玄は湯船に浸かりながらホッとため息を付いた。
秦国では、日常的に湯に浸かる習慣はあまりない。湯浴みといえば、桶にお湯を張って体を拭う程度。こうしてゆっくりと広いお湯に浸かることは稀だった。
(摂政様には無理難題ばかり押し付けられるので玉に瑕だが。
こうして秦国の秘湯に浸かることができたのだから、悪くないかもしれない)
翠玄はしばらく温泉を堪能した後、体も温まってほくほくになりながら湯船から上がった。
* * *
脱衣所で衣服を着替えていると、ふと、背後から物音がした。
「わっ、摂政様!」
振り向くと、目の前にいたのは摂政様で、着替えかけていた翠玄とばったりと遭遇してしまう。お互いびっくりして、各々物陰に隠れた。
「すまない、誰もいないかと思った」
物陰から摂政様の慌てた声がした。この旅館は湯船が一箇所しかないので、当然男女共用だ。
翠玄は慌てて衣服を着直して表に出てきた。
「危ないところでした……」
「すまないな」
「_いえいえ」
畏まって、そろそろと湯船を去っていこうとした翠玄を、再び摂政様が呼び止めた。
「その……見るつもりはなかったのだが、目に入ってしまって」
摂政様は少し躊躇いながら呼びかける。
「君の背中の上のあたり、不思議なアザがあるのだな」
「_ああ、これですか」
翠玄は気がついて、おろしていた髪をたくし上げてそれを見せる。
翠玄の背中のうなじのちょっと下あたり。そこにはまるで亀の甲羅のような、格子目状のアザに似た不思議な模様が皮膚についていた。
「これは生まれつきのものなのです。元々は皮膚が弱かったために、皮膚が腫れてしまったようなのです。それがこうして痕になって残ってしまって。」
「何か意味のある入れ墨かと思ったよ。まるで亀の甲羅のように見えたものだから」
秦国では、まじないなどの一環で入れ墨を彫ることがある。それ自体に悪い意味はなく、縁起の良い模様を彫ることが一般的だった。
「いえ、そんな深い意味のあるものではありませんよ」
これは単に生まれつきあるものだった。目立たない場所ではあるし、放っておいている。
「悪い意味で捉えないでくれ。その珍しくて、とても美しいと思っただけだ」
確かに、そのアザは単なる皮膚炎の名残と言うには、少し整いすぎているようにも見える。
彼の言っていることは嘘ではないのだろう。しかし物好きもいるものだ、と翠玄は気にも留めなかった。




