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‐後宮の亀仙女‐ "完全記憶力"を持つ下働きが、若き攝政さまに見込まれて後宮で怪異事件解決する!  作者: 秋名はる
第一章

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第二十一話 竪穴に潜む魔物(硫化水素中毒)2

翠玄は、芥胡の前に進み出てこう言った。


「中に何があるのかわかりませんが、入った者が皆戻らないのは尋常ではありません。魔物が潜んでいるという噂もありますが、妖魔以外にも自然界に人体に危険を及ぼすものはたくさん存在します」


「ほう、たとえばそれは何だ」


横から、摂政様が声を上げた。


「その辺りは古くから地震が頻発する地域だと伺いました。今回のこの地震も、被害はこの村の周辺に限定して発生しているようです」


翠玄は背後の山を指さした。


「おそらく、地震の原因は後ろにある山……この山の火山活動により発生したものなのでは?」


言われてみれば、地震による影響だろうか。背後にそびえる山の頂上から灰色の煙が立ち込めていた。



「はい、そのとおりでございます」


長老が頷いた。


「この山は昔から火山活動が活発で、私が住んでいる間にも、今までに複数回、噴火の兆候や地震などが発生しました」


「なるほど。であればこのあたり一帯は、火山により瘴気が発生している可能性があります」


翠玄は真剣な表情で続けた。


「地震によって陥没が発生したのであれば、中には有毒な火山の瘴気が流れ込んでいるのかもしれません」



「なるほど。中は魔物ではなく有害な瘴気が溜まっていて、中に降りていった村人たちはその瘴気に冒されてしまったということだな」


摂政様が頷いた。


「おそらく。ただ、本当にそうなのかは確かめる必要があります」


「ーー外部から確かめる方法があるのか」


「はい。少し時間はかかりますが、私が推測した通りであれば、確かめる方法はあります」


翠玄は芥胡を見た。


「芥胡様、これから言うものを用意していただくことはできますか」



翠玄は、芥胡に託けてある物を用意させた。


* * *


しばらくして芥胡が持ってきたものは、銅板と銀の貨幣であった。


「ここで発生している可能性のある瘴気……それはおそらく、それは硫化水素(りゅうかすいそ)と思われます」


翠玄は説明した。


火山活動などが発生する地域では、火山の特有の成分により有毒なガスが生じる場合がある。これらは人体に影響があり、吸引すると一呼吸で死に至るケースもある危険なものだった。


「そして、硫化水素は銅や銀などの特定の金属と反応して、硫化物を作り黒く変色させる作用があるのです。この性質を利用すれば、竪穴の中にある気体の有無を確認できます」


翠玄は芥胡が用意した金属類を、紐にくくりつける。そして、穴の外からそれを垂らして竪穴の中に沈めた。


「これで半日もすれば、反応があるはずです。今日はもう夕暮れですし、明日の朝にでも取り出して確かめてみましょう」



* * *



翌朝、再び竪穴の方へやってくると、翠玄は昨日仕掛けた銅板の紐を引き上げた。


「反応がありました。やはり、この洞窟内で発生している瘴気は硫化水素で間違いないようです」



翠玄が手繰り寄せた糸の先には、銅板と銀貨が括りつけられていた。そのどちらも黒く変色している。硫化水素の成分が金属を腐食させたためだった。



「それから、現場に立ち込めているこの独特の臭気。これも硫化水素発生地によく見られる特徴の一つです」


翠玄や周囲にいた人々は、このあたりに漂う特殊な匂いに気づいていた。それはまるで卵が腐ったかのような腐卵臭、つまり硫黄の匂いだった。



「まるで卵が腐ったような匂い……これは腐卵臭(ふらんしゅう)といって、主には硫黄(いおう)の匂いです。硫黄は火山地帯や温泉地などで発生することが多いですが、硫化水素もこれと同じ臭気を発生させます」


「確かに、このあたりは特に硫黄の臭気が強いな」


摂政様が言った。


「中に降りていった人たちは、残念ながらこの瘴気により中で死亡している可能性が高いです」



「ーーとなると問題は、中にいる人をどうやって助け出すかだな」


そばでやり取りを聞いていた芥胡が腕を組んだ。


「お前の言うことが確かなのであれば、中に充満している瘴気は、一呼吸で命を失ってしまうほど危険なものなのだろう。我々が救助に入ったら、忽ち自分たちも命を落としてしまうのではないか?」


「以前の練炭の時のように、換気をすることで瘴気が薄まる可能性はないのだろうか」


摂政様が言うと、翠玄は腕を組んで再び考え込む。


「いいえ、それは難しいです。この種の有毒な瘴気は、我々が呼吸している大気よりも重いという性質を持ちます。よって上に空いた穴から換気しようとしてもうまくいきません。それに、瘴気が陥没した穴の底から発生しているのであれば、簡単に取り除くのは難しいかと」


「うむ、なんとかならないものか」


摂政様は唸った。


「一番確実なのは、空気呼吸器……つまり外の空気を何らかの形で、穴の底に降りていく者に供給できるような装置を装備することなのですが」


翠玄は少し考えてから続けた。


「たとえば、何か筒のようなものを口に括りつけて、常に外の空気を取り入れられる状態で降りていくのです。そうすれば中の瘴気を吸引することなく済みます」



言われて芥胡や他の兵士たちはあれこれと考え始めた。そして熟考した後、ある方法を思いついた。


それは、竹筒を用いた空気呼吸器であった。竹の先端に油紙を巻き付けて、兵士の顔に固定する。それを陥没した穴に差し込んで、そこから新鮮な空気を供給するものだった。


暗い竪穴の中に何人かの兵士が降りてみると、そこには確かに魔物の潜んでいる様子はなく、先に降りた村人たちが洞窟の底に倒れて、ひっそりと息を引き取っていた。


***



「やはり、おまえの見立ては正しかったようだな」


摂政様が言った。


「これは魔物の仕業ではなく、火山が作り出したとされる瘴気によるものだった」


「そのようですね。気が付かずに降りていってしまった方々は残念でした」


翠玄は無念そうに遺体を見下ろす。


「こうした毒の瘴気は、火山以外にも発生することがあるので注意が必要です」


翠玄は村人たちに向かって言った。


「多いのは、汚泥の貯まる洞穴や、し尿などを溜め込む下水など。長期間使用していない井戸の内部などでも発生する可能性があります。発生源にはむやみに近寄らないことが重要です」


「今回の教訓を受けて、早速朝廷内でも、地方を管理する役人に情報展開するとともに、注意を促すようにしよう」


そばで聞いていた摂政が頷いた。



* * *



「翠玄、今回もお手柄だったな」


遺体の回収が終わった後、摂政様が翠玄のもとへ寄ってきてねぎらってくれた。


「ありがとうございます。ただ、今回は私も、実際に魔物と相まみえることができるのでは、と期待していただけに、残念でしたね」


翠玄は今回の事件を通して、魔物の存在をついに目の当たりにできると期待していた。しかし、結局は自然現象の範囲だったので、翠玄は少しだけ落胆していた。


「そう言うな。人知を超えたものの存在というのは、所詮人間とは相容れないものなのだ。世の中には知らないほうが良いこともあるものだ」


摂政様はなぜだか少し感慨深げに言った。


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