第十六話 後宮茶会
「まったく、陛下も摂政殿下も一体何を考えているのかしら。
こんな下賤の娘を後宮にあげるなんて。」
”摂政殿下”という言葉に翠玄は引っかかった。梨耀妃といえば、先日密かに摂政様に恋文を渡していた張本人である。
(もしかして、梨耀妃はそれを嫉妬して、翠玄にやっかみを言ってきているのだろうか。)
「よくご存知でございますね。
摂政様といつも親しくしていらっしゃる梨耀様には、何でもお見通しでございましたか。」
"親しくしている"という言葉を聞いて、梨耀妃は少しだけ顔を引き攣らせた。
「ふん、別に特段親しいというわけではないわ。ただ風の噂で聞いただけよ」
翠玄が挑発的に言うと、梨耀妃はあからさまに動揺した。
気づけば、騒ぎを聞きつけた他の妃嬪たちも何事かと聞き耳を立てている。事を荒立てたくなかったのだろうか、梨耀は次第に大人しくなった。
「殿下があなたの見識と学才を見込んで取り立てたと言うから、どんなものかと少し興味があっただけです」
梨耀は冷たく言い捨てた。
「聞けば、この娘にかかれば、事件や怪異の話を聞いただけで真相を暴いてしまうそうではありませんか。
本当にそのようなことができるのかしら、ぜひ拝見したいものだわ。」
「梨耀様のお耳に入っているなんて恐縮です。
もし、何かございましたら何なりとお申し付けください。」
あえて自信をもってそう言ってやれば、梨耀妃は眉を吊り上げたものの、何も言わず大人しく引き下がっていった。
* * *
それからしばらくすると、皇帝陛下と皇后様がお成りになる合図がかかった。騒ぎは収まり、会場が静まり返る。やがて、主賓である皇帝陛下と皇后様がお成りになると、楽者たちが楽器を奏でて二人の登場を歓迎した。
秦国の現皇帝・賢靡はまだ即位して間もない。数年前に先帝の賢劉帝が病気で崩御されたことを受けて即位した。彼は年も若く、義弟の摂政様と比べれば幾分年上だが、未だ精悍な若者の風を漂わせていた。その隣に控えていたのが、今回の茶会の主催、皇后・凰蘭であった。
即位に伴い、賢靡帝は重臣の娘であった凰蘭を皇后として迎えた。凰蘭妃はまだあどけなさの残る年若い姫であった。格式高い家に生まれ、類稀な美貌を兼ね備えていた。草木も華やぐような可憐な美しさは、傾国の美女、桃源郷の姫ともてはやされた。重臣の娘を皇后を迎えることで、賢靡帝は自身の政権を盤石なものとした。
両陛下が席につくと、早速彼らをもてなすための演舞が始まった。
会場の中央に据えられた舞台に登場したのは、芙蓉妃であった。彼女は陛下の御前に際し、歓迎の舞を披露した。
「まあ、流石は芙蓉様。いつもにも増して、演舞に磨きがかかっておりますわね。」
「芙蓉様の舞の評判はかねがね伺っていましが、これほどとは。
まるで天女が舞い降りたかのようですわ。」
近くの席に座っていた妃嬪たちが話しているのが耳に入った。
噂に聞けば、芙蓉妃はまだ後宮に入って間もないというのに、すでに何度か皇帝陛下のお渡りがあったと聞く。
賢靡帝にはまだ御子がいない。彼が即位して間もない当初は、後宮の華やぎぶりは凄まじかったそうだ。
後宮には千人を越す妃嬪たちが全国各地から集められた。毎夜朝方になるまで豪華な宴会が催されていたが、しかしその甲斐もなく、未だ御子を授かるまでには至っていない。
そんなことを考えているうちに、芙蓉妃の舞が終了した。芙蓉妃は、うやうやしく両陛下に向かってお辞儀をする。しかし、いつもなら暖かく受け止めるはずの皇后様が、なんだか今日はそっけなく様子がおかしい。
翠玄は訝しんで、更に皇后の様子を注意深く観察した。
うつむきがちで、なんだかいつもより体調が優れないように見える。以前よりも少し痩せたようで、やつれてだるそうにしていた。
顔色の悪さ、時折見せる吐き気を堪えるような仕草、そして祝宴に出された食事にほとんど手をつけない様子──。
(もしかして…)
外見から思い当たる症状が一つだけあった。
(皇后様は御子を身ごもられているのでは……)
翠玄の胸に、不吉な予感が過ぎった。
後宮において、皇后の懐妊は最大の慶事であると同時に、最大の火種でもある。
もし翠玄の推測が正しければ──この後宮に、新たな嵐が巻き起こることになるだろう。




